クノナシ合流(温度差発電)編
第14話 逃亡者クノナシ
この星の大陸の殆どは、少しの山と都(みやこ)、そして城郭都市以外には生き物の気配がない荒野で占められている。何もない荒野だが、よく耳を凝らすといろいろな音が聞こえてくる。
ビュウウウウウ・・・
砂を巻き込む風の音。
カサカサカサカサ・・・
それに飛ばされる枯草の音。
ギャァァァァァ!!!
そしてどこからか聞こえてくる悲鳴・・・悲鳴?
お助けぇぇぇぇぇ!!
見渡す限りの荒野に悲鳴が響く。誰かが都市警備隊から全速力で逃げているのだ。
「追えぇ!!絶対に逃がすな!!」
「ただでさえジークタウンがやられて電力がひっ迫しかけているというのに、堂々と納電用バッテリーを盗むだなんて・・・!」
「カーマインタウンはジークタウンのようにはいかんことを教えてやる!!」
カーマインタウン都市警備隊が浮上二輪を全速力で飛ばして追う相手は、ぼろきれを縫い合わせて作ったような服装を風になびかせながら、一目散に浮上二輪を飛ばして追っ手から逃げ切ろうと必死で荒野を突っ走る。だが追う方も結局は同じ浮上二輪なので速度はたかが知れていた。
バババババ!!
ドンッ!!
「あっ、やべっ!!」
圧縮空気式自動小銃が男の浮上二輪に命中し、バランスを崩した浮上二輪は地面に何度かガンガンとはねた後、男を振り落としてとうとう動かなくなってしまった。男は強く地面に叩きつけられたが、体には傷の一つもつかなかった。しかし何故か男は大げさに痛いふりをしている。
「いててて・・・はっ!!」
男はどうにか起き上がったものの、すでに周りを都市警備隊に囲まれている。もう逃げ場はない。男は地に頭を突いて都市警備隊に命だけは、と懇願した。
「重大な反逆行為と承知の上で、盗電行為を行ったか貴様!!」
「お・・・おねげぇしますだお代官様!!もう村は重納電でカツカツ、納電軽減請願も通らないとあれば、こうでもしなきゃやってけねぇです!!二度としません、絶対に二度としませんのでどうか、どうかお慈悲を・・・」
「問答無用!!」
「ひ、ひぃっ!!」
圧縮空気銃の照準が男の頭を捉える。男は強く目をつぶって小刻みに震えている。そして、いよいよ引き金に指が通されて、男は射殺される・・・と思った矢先。どこからか何かの装置の起動音が聞こえてくる。
キュイイイ・・・
「ん?何の音だ?」
「何かのエネルギー充填音のようだが・・・?」
「・・・はっ!!この音はまさか・・・せつだ」
ブウゥン!!
ボトッ・・・
哀れ、カーマイン都市警備隊。気づいたときには既に「彼」はもう攻撃ルーティンに入っていたのだ。目視で追いつけない速度で切られてゆく警備隊の首は、ぼとぼととどこかリズミカルに地面へとその鈍い音を響かせる。
「す・・・すげぇ・・・」
ぼろきれの男はその光景を目を細かく動かしながら見ていた。
気づけば、自分の周りを取り囲んでいた警備隊たちはもう殆ど全滅状態になっている。
そして、最後の一人が切られたとき、彼らが恐れていた者がようやくその俊敏な動きを止め、その姿を男や都市警備隊の前にさらけ出した。
「・・・」
全身に黒いバトルスーツを纏い、短髪の黒髪で傷だらけの顔をした、無表情の男。
銀河連邦から密命を受けて、仲間と共にこの星の発電ネットワークをぶった切る、切断者ギロチンその人であった。
「た・・・助かった・・・」
男はほっと胸を撫でおろす。この状況では目の前の者が敵か味方か分からないのにも関わらずだ。
「いやー、助かった!何者かは知らないけど、恩に着るぜ、ありがとうよ」
「・・・礼はいらない・・・」
「おーい!!」
遠くからわかい青年の声がしたかと思うと、ぼろきれの男と切断者のもとへ二人の人影が近づいてくる。一人は先ほどの声の主の金髪の青年で、もう一人は黒髪の長髪の女・・・ギロチンと同じく銀河連邦から派遣された密使、ファラリスとメイデンだ。
「まったく、ギロチンたらまた”お人好し”で先制攻撃しちゃったのかい?」
「・・・今回は誰も逃がさなかった」
「そういう問題ではないわ、全く・・・」
やれやれ、とでも言いたげな表情を見せたメイデンは、ぼろきれの男に向き直って大丈夫かと訪ねた。男は軽い怪我だけで済んだ、とメイデンに感謝した。
「ギロチンのおかげで命拾いしたわね。何故追いかけられてたかは知らないけど、もう都市警備隊は居ないわ。もうどこへでも行っていいわよ」
「・・・」
男はメイデンをじっと見つめていた。その目はまるで彼女と久しぶりに会ったかのような目をしていた。
「・・・どうしたの?人の顔をじっと見て。」
「・・・そっくりだ・・・」
「え?」
「あ、いや、何でもないです。ところで、あなた達もしかして・・・銀河連邦の人たちですよね?」
3人は驚愕した。これまで自分から話す以外は誰にも銀河連邦から来たとは伝えていない。だが、彼はなんと初見で銀河連邦の密使と見破ったのだ。とっさに、密使たちは彼に対して戦闘態勢を取る。
キュイイイ・・・
ジャキン!!
ボウッ・・・
「ちょ、ちょっと待って!!俺は何もあなた達の敵じゃない!むしろ味方です!!ほら!これでどうです!?」
殺気を感じた男は慌てて自らのぼろきれを脱ぎ捨てて、本当の姿を密使たちに見せつけた。真っ黒なボディに白いラインが入った装い。これは確かに銀河連邦のバトルスーツであったが、ギロチンたちのそれとは違って、少し古い型の物であった。
「旧世代のバトルスーツ・・・じゃあ君は、銀河連邦軍・・・なの?」
「そうです!そうです!だから、その物騒なものをどうか下ろして・・・俺戦闘タイプじゃないから戦えないんです!!」
敵ではないことを確認した密使たちは、それぞれの武器を収めて男に非をわびた。男は同じ状況なら自分も同じことをするだろう、と密使たちを責めず、自分がこの星にいる理由をつらつらと語った。非戦闘タイプとして作られた彼はこの星の付近を宇宙船で通過中に不慮の事故に遭い、やむなく船を放棄して脱出。そしてこの星へ流れ着いたのだという。
「・・・という訳なんです。本邦に帰れなくなってからは盗電しながらどうにか飢えをしのいでいたのですが、俺としたことがうっかりへまをやらかしちゃって・・・」
「そこへ、私たちが通りかかってどうにか難を逃れた、という訳ね。でもまさか私たち以外に本邦からの来訪者がいるとは知らなかったわ。」
「何分かなり昔の事ですから、もう行方不明扱いになって登録が抹消されているんでしょう・・・それでひとつ、ご相談なのですが・・・」
何年も見知らぬ星を彷徨い続けてようやく会えた同胞に、男は自分も同行させてほしいと頼み込んだ。ギロチンやファラリスは彼を哀れに思い、この任務に同行させようと提案したが、メイデンはまだこの男を完全に信じ切れていなかった。
「どうしてさ、さっき疑似網膜で簡易走査を行ったけど、本当に武器らしきものはなかったよ。彼をこのまま置いてきぼりにするのはいくら何でも・・・」
「もちろん、それは分かっているけど・・・タイミングと言い、言動と言い・・・どうも何か胡散臭いのよね・・・」
「・・・メイデン」
ギロチンは班長に申し出た。
「・・・確かにあの男に怪しい点はあるが、俺はあの男は悪者とは思えない・・・だがもし、あの男が何か妙な動きを見せたら、俺が容赦なく切る・・・その条件でどうだ・・・?」
「ギロチンもこう言っているわけだし、メイデン、何とかならない?」
二人の班員の懇願もあって、彼女はこの男に完全には気を許せないでいたものの、自分たちの惑星安楽死任務への同行を許可することにした。男はそれを聞くと表情を明るくしてメイデンに感謝の意を表した。
「本当ですか!?・・・ありがとうございます!!」
「でも、いいこと?まだあなたを完全に信用していない以上、もし何か怪しい動きが見られたら、そこにいるギロチンとファラリスが容赦なくあなたに攻撃を加えるわ。それだけは頭に入れておいてね。」
「はい、了解です。メイデン班長。貴方たちは命の恩人です、その御恩に報いる為、粉骨砕身の気持ちで臨むところであります!」
男は背筋を伸ばして、力強く班長に敬礼を行った。やけに堅苦しいそぶりを見てメイデンはこの男に少々うさん臭さを感じていた。
「そこまで肩の力を入れなくていいわ、気楽に行きましょ。それで・・・ええと、名はなんて言ったかしら?」
「あっ、これは失礼いたしました!俺の名前はク・・・」
「ク?」
僅かな一瞬、男は口ごもった。
「クノナシ。そう、俺の名はクノナシです。これから世話になります!!」
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