第8話 戦いの犠牲

 自分のお情けでここに住まわせてもらっている身であるのにかかわらず、何も悪びれる様子もなく納電の軽減を請願してきた。そんな、あまりにも身勝手な理由で村人たちは殺された。


「な、なんて勝手な・・・そんなくだらない理由で、お前は村人たちを殺したのか!?」

「ああ・・・そうだ。そして今、最後の一人が、わが手中にある。こいつを殺せばこの緊急放流について真実を知る者はいなくなり、全てを何も知らずにやってきた君たち”切断者”の仕業という事で処理できる・・・それに、”この子達の餌”も確保したかったんでね・・・」

「餌・・・?」


 手すりの鳥もどきの嘴には、よく見るとところどころ赤黒いものが付着している。その付着物の正体が疑似網膜によって判明したときほど、メイデンが自分の分析能力の高さを呪った日はないだろう。そういえば、山の中は不気味なほど生体反応を検知する事がなかったが・・・つまりはそういう事だったのだ。


「え?何?あの3人も食ってみたいって?…すっかり人間の肉の味が気に入ったようだねぇ・・・でもあいつらは人間じゃないそうだから、あんまり美味しくないと思うよぉ?それでもいいの?・・・そうか、分かった」


 ターロとの話を終えた鳥もどきはこちらに向き直り、何やら甲高い鳴き声を出し始めた。仲間を呼ぶ気だ。待ってましたと言わんばかりに山中から様々な大きさの”仲間”がダムに集まり、すっかり上空は黒々と埋め尽くされた。今からこの残酷なくちばし共が自分たちの超硬度合成樹脂の体をついばむのだろう・・・


「都市警備隊は時には人間でないものを使役することがあるとは聞いていたかな?・・・どうやらそこまでは把握していなかったようだな・・・くくく」

「鳥ごときにひるむくらいで、銀河連邦軍はやっていけないわ」


 ジャキン!


 キュイイイイ・・・


「ほう、切断者の他にがいると聞いたが・・・まあいい、針ごとついばめば済む事だ。・・・攻撃開始」


 ビュゥゥゥン


 ビュゥゥゥン


 ビュゥゥゥン


 空を黒々と埋め尽くしていた鳥もどきたちは一斉に密使たちめがけて急降下してきた。重力に任せて固いくちばしから体に突っ込んでいき、そして素早く離脱。これをわずかな間に何回も何回も繰り返されたら並の人間では耐えられないだろう。なにぶん攻撃の感覚が短いので反撃する暇をなかなか与えてくれない。


 ブウゥン!ブウゥン!


 ザシュッ!ザシュッ!


 これを針と剣だけで捌くのは流石のメイデンやギロチンも一苦労だ。鳥にしては大きいとは言ったがそれでも人間よりは一回り小さくて素早い、その上、羽や首を切られたり刺されたりしてもまだ襲い掛かってくるほどしぶとい。対人用の全ての戦闘術が通用しないこの鳥もどきたちを倒すことはとてもではないが難しい・・・

 文字通り高みの見物を決め込んでいたターロは、ほくそ笑んだ。


「どうだね?我らが水力発電所方面部隊の力は。資材運搬、納電用バッテリーと水力発電所の管理、そしてその防衛を全て指示通りに行ってくれる便利な兵士たちだ・・・対人戦では貴様らは有利かもしれないがこちらはそうもいかないぞ・・・」

「(指揮系統を崩せればあるいは・・・!)」ジャキン!

「おおっと、こちらには人質がいることを忘れるなよ」


 恐怖で身動きが出来ない人質を間に置き、自分への攻撃の盾とするターロ。

 こいつらが妙に人情にもろいというのを逆手にとって、先に人質を取っておいたのは正解だった。おかげで今、恩知らずの村人どもから解放された喜びと切断者の退治という名誉にあともう少しで届く・・・


「(ダメ・・・坊やが邪魔で高速鉄針弾を発射できないわ・・・)」

「いてててて!いてっ!少しは加減ってものを、いてっ!」

「何をしてるのファラリス!」


 鳥もどきの攻撃を必死に振りほどきながらどうにか自分の技を放とうとするが、この技はある程度の意識集中がいる為、その隙もなく攻撃されたら何もできない。


「あーもう!うざったいったらありゃしない!!」


 バシン!と、やみくもに動かした手が偶然襲ってきた内の一匹に当たり、鳥もどきは勢いよく頭を地面に叩きつけられた衝撃でグシャ、と頭の中身をさらけ出し、そのまま動きを止めた。だがその音は肉がつぶれる音というよりは、金属の集合体がひしゃげる音に近かった。


「ん・・・?これは・・・」


 絡み合った配線、割れた基盤、安っぽい集積回路、そして・・・小さな電波受信装置。そうか、この鳥もどきは電波で動いている・・・おそらく奴が動かしているのだろう。そしてこれら複数のしもべたちを使役する為には奴の装備は貧弱だ・・・すなわちこのダムのどこかに電波の拡散装置が・・・あった。


「(ギロチン、メイデン!・・・少しの間だけでいい、僕を援護してくれ!)」

「(ファラリス、どういうつもり!?)」

「(こいつらを無力化できる方法を思いついたんだ、本当に少しの間だけでいい!頼む・・・)」

「(・・・分かったわ、ギロチン、やるわよ!)」

「(・・・分かった)」


 無言の作戦会議は一瞬のうちに終わり、密使たちは一か所に固まった。相変わらず鳥もどきたちの猛攻が続くが、一人は腕から生やした鋼鉄針で串刺し、一人は高熱度振動剣のエネルギー波で薙ぎ払う。そして、二人が時間を稼ぐ間に、ファラリスは両手の間に熱エネルギーを集中させていた。


 超熱伝導波の仕組みを端的に表せば、いわば電子レンジのマイクロウェーブだ。それを両掌の指の間にくぐらせて、まるで毛糸のように赤外線を紡いでいく。そして、出来上がったを奴の電波拡散装置にぶっつけて、強力な電波干渉を起こしてやろうというのが、彼の作戦であった。


「できた!もういいよ皆!・・・さあ喰らってみろ、特製のノイズ玉だーっ!!」


 ビシュッ!!


 二人の援護もあって完成した、赤色電磁集積球レッドスパークはファラリスの腕から放たれ、電波拡散装置というグローブのど真ん中めがけて飛び込んだ。


 バリバリバリバリバリバリ!!


 ストライク。球はグローブに吸収され、強力なノイズとなって鳥もどきたちの電子頭脳に多大な負荷をかけた。回路が焼き切れる音があちらこちらから聞こえ、力尽きたものから順番に谷底へと落ちていく。そして、ノイズの影響を受けたのは鳥もどきだけではなかった。


「うぐおおおお!!!」


 自分の脳髄と直結している電波送信装置に逆流してきた、あり得ない量のノイズはターロを悶絶させるには十分すぎる量であった。あまりの苦痛に耐えきれず、思わず人質を手放してしまう。その一瞬の隙を切断者は見逃さなかった。


「・・・!」


 一瞬かがんだ後に勢い良く飛び上がって、一気に屋上へと急行し、人質を奪還。


「ま、待て!そうはさせ」


 ブウゥン!


 ボトッ・・・


 人質を奪い返さんと伸ばされた悪漢の腕を、すかさず切り落とす。


「がぁぁぁぁぁ!!て、手が、てがぁぁぁぁぁ!!」


 まだ頭の中を駆け巡っているノイズの衝撃と、左腕から耐えがたい激痛を伴ってどくどくと流れてくる赤黒い液体。思わず、うずくまる。立つ力は・・・ない。


「うぐぐぐ・・・」

「・・・」


 ゴッ!!


 無様な悪漢を切断者は容赦なく屋上から手すりごと蹴り落とした。管理局入口に向かって真っ逆さまに地面にたたきつけられたターロは、しばし痙攣した後にぐったりと倒れた。


「お兄さん・・・」


 切断者と共に下に降りた後、敵が動かなくなったことを確認して安堵したのか、ようやく口が開けるようになったタキ。


「・・・大丈夫か」

「うん、怖かったけど・・・平気だよ。お兄さんがきっと助けてくれるって信じてたから。」

「・・・そうか。」


 タキを奪還したギロチンは、二人と合流し、今回の功労者に礼を伝えた。


「・・・ファラリス・・・お前のおかげで勝てた。礼を言う・・・」

「ふふん、まあ、僕にかかればこのくらいどうってことないさ」

「あら、ちょっと前まであっちこっち逃げ回ってた人のセリフには思えないわね」

「むっ、別にいいじゃないか!!間違ってはいないんだから・・・ところで、どうする?これから」

「さっき衛星兵器のルートをこのダムの真上を通るように設定したわ。あと数時間もすれば破壊準備に入れるはずよ」

「それはいいんだけど・・・あの子は?」

「ああ・・・そうね・・・」


 二人は、談笑しているタキとギロチンに目をやった。満面の笑みでギロチンたちの活躍をたたえるタキと話すギロチンの顔は、とても穏やかだ。


「・・・とりあえず、里に戻りましょう。話はそれからよ」

「・・・そうだね。あの子の処遇は、ダムを破壊してからゆっくり考えよう」


 密使たちは、とりあえず軽く身支度を整えて、ダムを去ることにした。


「・・・すまない。待たせたな」

「よし、じゃあとりあえず下流の里に戻ろう。坊や、また道案内頼めるかい?」

「いいよ!お兄さんたちには何度も助けられたし、恩返ししなくちゃ!」

「えらいわね、坊やは。(・・・ギロチン。わかってるわよね。里に着いたら本当のことを包み隠さず話すのよ)」

「・・・ああ。わかっている」

「?・・・お兄さん、どうしたの?」

「・・・いや、何でもない。・・・行こう」

「うん!・・・もう少しで、パパやママに会えるんだ・・・!」


 銀河連邦の密使たちは、また一つ戦いを終えて、小さな協力者と共にダムを後にした・・・







 バキュン!!








 その直後だった。タロウが、今際の際に高水圧銃を放ち、小さな協力者の心臓を打ち抜いて息絶えたのは・・・












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る