『世界は3分をループする』

pocket12 / ポケット12

第1話 どうやら世界はループしているらしい

 様々な状況をかんがみて、どうやら今から3分後、6月13日午後1時13分を基点として世界はループしているらしいと僕は結論づけることにした。


 まったく嫌になる。


 一体いつから世界はこんな奇天烈きてれつな事態を許容するようになってしまったのだろうか。最近は世界の規律が緩んでいると感じていたが、まさかここまでとは思わなかった。この調子で行くとまもなく世界は丸ごと異世界に転移するんじゃないかと僕は思った。


 そもそもどうして僕がこんな目に遭わなければいけないのか不思議だった。一介の高校生に過ぎない僕に神様はじつに面倒な試練を与えたものである。あるいは与えるべき人を間違えたのではないだろうか。きっとそうに違いない。やはり神が全能であるというのはフェイクニュースだったようだ。


 しかしまあ、巻き込まれたことはもうしょうがない。いくら世界の不合理さを嘆いたところで結果は変わらないし、また有益な時間の使い方ではない。今は幸いそうではないが、基本的に時間は有限なモノなのだ。たとえ1秒たりとも無駄にしてはいけない。


 僕はとりあえず様々なことを考えることにした。来週に迫った中間試験について、重力が時間に与える影響について、ここから脱出するための方法などなど……。やはり多くはループのことで占められた。


 差し当たって問題なのが、ループの始点から終点までの時間がたったの3分しかないということだ。


 いったい3分で何ができるだろうと僕は考えた。短編小説を読んで意外な結末を迎えるまでにも5分は必要だし、材料をあらかじめ用意していなければ料理もできない。精々がカップラーメンを作れるくらいだ。


 しかし3分ではめんがほぐれるだけで食べる時間がないことに僕は気がついた。


 まったく滑稽こっけいな話である。何が悲しくて食べられもしないカップラーメンができるのを今か今かと待っていなければならないのだろうか。就寝前にスマホをだらだらといじるよりもひどい時間の使い方だと僕は思った。


 次に問題なのが、いま僕がいるのは学校で、5時限めの授業中だということだ。


 これが自室や繁華街の中でのことならまだ良かったが、周囲に何の店もない田舎の学校で、しかも授業中というのは、ループに巻き込まれる上で考えうる限り最悪の場所だった。不意に何か食べたいと思ってもコンビニにチョコレートを買いに行くことさえできない。


 あるいは三人寄れば文殊もんじゅの知恵ということわざがあるように、クラス皆で協力すれば何らかの解決策を導き出せるかもしれなかったが、それもアテにできそうにない。


 どうやら僕以外、教室内の誰もこの現象に気が付いていないみたいなのである。


 僕がループから戻ってくるたびに教師は同じ授業を延々えんえんと繰り返しているし、それを聞いているクラスメイトたちの誰ひとりとして異変を感じている様子は見られない。みんな黙々と板書ばんしょをノートに書き写していた。


 授業を聞く気のない不真面目な生徒たちにしても、同じ行動を取り続けている。午後1時11分13秒になると前の席の髙木くんはスラックスのポケットからスマホを取り出すし、午後1時12分52秒にはそれを注意しようとした教師があやまって教卓からチョークケースを落としていた。


 隣の席の松方まつかたくんにいたっては僕がループにとらわれて以降ずっと机に突っ伏して夢の世界に旅立っていたから、僕はもう彼の顔を思い出せないくらいだった。


 何の変化もない3分間の繰り返し。


 退屈だった。とても退屈だった。


 だから僕は様々なことを実験してみることにした。


 いちばん初めにこころみたのは、このループ世界の確実な法則ルールを確かめることだった。


 そのために僕は教室を抜け出してトイレに行くことにした。突然席を立った僕をクラスメイトたちが奇異きいの目で見ていたけれど、特に何かを言ってくるわけでもなかった。教師でさえわずかに眉をひそめただけで何も言わなかった。


 遺憾いかんなことに、僕は常日頃つねひごろから変人として通っているみたいだった。普段から気に入らない授業をサボタージュしている僕が、いまさら授業を抜け出したところで何か言われるわけもなかった。聞く耳を捨てた腐ったみかんのために授業を中断してまで怒る利己的な教師は、幸いなことにこの学校にはいなかったのである。


 トイレに着いた僕は鏡の前に立つと携帯していた剃刀かみそりひげった。生憎あいにくとシェービングクリームは持っていなかったから備品のハンドソープで代用した。頬に残った泡を流し終え、鏡に映る剃り具合に満足しているところで時間が来たらしく、教室に戻された。


 戻される感覚は、なんど体験しても不思議な心地だった。夢からめたときにも似ているが、VRゴーグルを親に外された時の方がより近いかもしれない。頬をつねり、夢でないことはもう何度も確かめた。


 それから僕は先のループで髭を剃ったことを思い出して顎に触れてみた。手にじょりじょりとした触感があった。どうやらこの3分間に起こったことはリセット、なかったことにされるらしかった。


 そうやってループごとに様々な検証を行っていき、僕はこの世界が6月13日の午後1時13分を基点として3分間、少なくとも僕が徒歩3分以内で行ける範囲にある全ての物体がループしていると確信するに至ったのである。


 検証作業が一段落いちだんらくし、再び手持ち無沙汰ぶさたになった僕は教室の中をぼんやりと眺めてみることにした。


 今は267回目のループを迎えたところだった。僕の主観時間にしてすでに13時間以上をこの時の牢獄ろうごくに閉じ込められている計算になるわけだが、あいかわらず周囲の様子に変化は見られない。


 僕の目にうつるのは、一言一句いちごんいっくおなじ授業を続ける教師に、一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくおなじように動くクラスメイトたち……。


 ふと、僕は気がついた。


 どうやら神のたわむれに巻き込まれたのは僕だけじゃなかったらしい。


 教室前方からチョークのはじける音が聞こえてきた。またループの時間がやってきたようだ。

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