乙女ゲームの主人公でしたが、闇落ちルートに入ったようなので逃げ出して旅をします!

深紅

1話




 ある日、私は思い出した。この世界の事を…。


 この世界…私が居るは私の前の生…つまり前世と呼ばれる世界で流行っていた、ある『乙女ゲーム』の世界だと言う事に…だ。興奮気味に友達がプレイしていた。


 そして“今”の私事…オペラ・グローリーは、この世界の主人公にして聖女…

 一度死んで転生したけど、どんな世界もそんなに甘くない…って事を死んでから改めて感じるなんて思いもしなかった。辛い記憶も悲しい記憶も思い出したくない記憶も山ほどある。でも、幸せの記憶も楽しかった思い出も勿論あった。


でも、まぁ、今は、ある事情で関係なくなったのだけど…。



 今日は目覚めが良い朝…

 何処からともなく聞こえてくる小鳥たちの囀り…。そして、香しい匂いが漂ってきてお腹を刺激される。

 今日は、焼き立てのパンとスープって言ってたなぁ。あー、ヤバい。匂いでもお腹が刺激される。ああ、鳴りそう。

“ぐぎゅるるぅぅ…”

「ぁー。」

 お腹なってしまった。しかも…もうちょっと可愛い感じの“きゅるる~”って鳴って欲しかった。盛大になったから…きっと聞こえてるよなぁ。

 そう思いながら、ベットから降りて、リビングに行く。廊下を歩いてキッチンをチラリとみると同居人が温かな朝食を作る背中を確認できた。いい匂いだなぁ…とか思ってたら本日2回目のお腹の音が鳴った。

 お陰で笑いながら朝ご飯の準備してたよ同居人は…。泣く! なーんて、朝は、とてもご飯美味しかったよ! 心なしか、朝ご飯の量少し多かった。


 とか、思ってたら…。

 なーんで私は今、森に居るんだろうか…。 ねぇ、誰か教えて…。いや、うん。分かってる。分かってるだけど…。現実逃避したい。

 目の前にはどこまでも広がる緑と森…森森森! 今日の晩御飯肉が良いなぁ。屋台でお肉売ってたし…とか考えながら道を進む。

 それにしても、今日は天気もいいし、お散歩日和だなぁ…なーんにも無ければ。そう、何もなければ…。

「ちょっと! 近いのよ! アンタ!」

「あんたもね! 獣臭がケビンにうつるでしょうっ!!」

「なんッ! 何ですって!?」

 既に修羅場が…。なんで今? 私の前を歩くのは、1人の男を奪い合いをしている女2人と残った男2人の話相手になる私の相棒兼同居人の綺麗な人…名前はイオ。私の自慢の相棒! それにしても、なんだろう余った感が…い、いや、もしかしてあの人達にも恋人や家族が居るか知れないし!

「オペラ大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫!」

 優しく声を掛けて、時折私の事を見て確認している。大丈夫だよ! 体力はね! 心の中で思いながら前を見る。

 目の前では、終わらない戦いが続いている。今争う必要ある? 大丈夫だって! 男は逃げないって…多分。

「ねぇ~ぇ! 歩き疲れちゃったぁ~。休憩しよ?」

「はぁ? まだ半分も来てないのに? 何言ってんの? アンタ!」

 まだ半分も来てないのに、男に甘える様に言う褐色の女性と、怒りを露わになる女性は怒るが、その女性の耳は猫耳…? あ、あれは猫耳!? 猫耳だと!? 尻尾…しっ…ぽは! ない…? いや、ズボンか!?

「大丈夫かい? 喧嘩はいけないよ。」

 男は、自分の腕に巻き付いている褐色の女性を心配しながら、もう片方の女性にも優しく声を掛ける。声を掛けられた女性はニヤリと笑う。それを見た猫耳の女性は悔しそうに空いている手に抱き着く。

 うっわぁ。ハーレム…ハーレムじゃん。 あ、すご! あの女の人胸大きいなぁ…ああ、もう片方の人は悔しそう…まぁ、小さ…い、いや小ぶりなんだもんね…! しょうがない。は! 尻尾だ! 尻尾で応戦しろ! 何を見せられているんだ…私は。見せられてるこっちの身にもなって欲しいけど…彼女らに関係ないしなぁ。

「はぁ。」

 溜息を吐きたくなる。あ、でも…えーっと、ハレーム男…名前忘れた。こいつ、絶対にイオに気があるな!? だってさっきからチラッチラ見てるもん! まぁ、会った時からイオの事見てるなぁって思ってたけど! あんたは、2人の内のどっちか選べよ! 好みじゃないのか!? え、もしかして…そー言う? そう考えると…。

「ぅわぁ…。」

「何かありました?」

 しまった。変な考えがよぎって思わず口に出てしまった。その声が聞こえたイオが私の所まで来てくれる。あれ? 喋ってた人は? チラリと横を見ると、何故か一緒に並んで歩いていた。いや、何で?

「えー。あーうん。」

「アレですか?」

「アレって…そうだけど。」

 前方に居る3人を目線でとらえながら言う。いや、イオさんやハーレム男をアレ呼びなのはどうなんだ。私も人の事言えないけど。

「イオ。大丈夫?」

「黙秘です。」

 顔…イオさん顔が…! 顔が歪んでますよ!

 まぁ、嫌だよね。ごめんね。

 そう心の中で呟きながら横目で隣を歩くイオを見る。イオの髪は肩口で綺麗に切りそろえられている髪は漆黒の夜の様に黒い髪、瞳が全てを見透かす様な銀色だ。その上に顔のバランスがいい。良くお人形の様な神秘的でミステリアス…的な事をよく言われているがその通りだと勝手に同意してる。本人に言うと当たり前みたいな顔されるので。神経図太いなぁって思ってる。

 まぁ、イオぐらいになると小さい頃から言われてるだろうし、どのタイミングでどんな顔すればいいか分かるか。本人もわかって利用してる部分もあるし、使えるなら使う。と本人は豪語してるし…。

 服装に関しては至ってシンプルな真っ白い服だ。それでもイオ綺麗さを損なわない。足元は黒いパンツにハーフブーツを履き腰には異国の“刀”がある。

 この服は動くやすいし伸縮性が強い生地の為、かなり高い…けど、めっちゃ動きやすいから私も愛用してる。

 因みに、私は黒いワンピースは膝下で、ハーフブーツと腰には2本の短剣と太ももに太長い針を忍ばしている。まぁ、私は自分の髪の色が少し派手なので、染めてる。茶色にしてその上三つ編みだ。顔も眼鏡をかければ完璧に他人になれる! まぁ、このパティーでは、空気だけどね! 今朝、空いているパーティーが、私達と彼らだけだった。それでも連日だったから断ろうと思ったけど、ギルマスがイオに泣きついてたから。嫌々引き受けた。イオが。それにしても、チラリと横を見ると既に笑顔で談笑するイオを見ながら私も頑張らないと! っと思ってしまう。


 今回何故、私達が“森”に来たかと言うと、この町の近くに“魔物”が出現したとかで、その調査と確認で、可能ならば“討伐”を依頼されたのだ。

 訳あって冒険者になった私とイオ、まぁ、適当に小遣い稼ぎをしていたり、生活に困らない程度の冒険者ランクを上げておけばいいと思ってなったので、ランク“C”だ。

 ランクを上がれるらしいけど、なんか面倒ごとが増えるので、Cにしてる。いいよね! 中途半端だし! イオなんかは絶対に“A”以上の実力は間違いなくある! ってギルマスと受付のお姉さんが毎回熱弁して、泣きながら敗北してる。

 この町のギルドで最高ランクSで確か2人いるはず…名前忘れた。ギルドのランクはE~Bまでが一般冒険者だ。A以上はギルドマスターと国から出される試験に合格しないと慣れない。毎回怪我人が続出して、諦める人もいる狭き門だとか…。

 興味があまりないので、聞いてない。私はそこそこ稼げて生活に困らないならランクは何でもいいと思って今のランクに甘んじている! 

 …嘘。嘘つきました。ごめんなさい。

 ランクはAに上がると、今までの依頼の危険度が跳ね上がる。まず、“魔物”の討伐任務が多くなる。何それ怖いから無理! 今のままでもギリなのに! それに、魔物は夜に活動するのが多い、最悪の場合は“魔族”と呼ばれる人型に近い魔物の“上位種”に出会う事がある…そんなの聞いたら絶対に断固拒否! 嫌だ! 怖い! 人の言葉喋るし! 魔法とか桁違いだし! 出会ったら、即死レベル! だから無理! 

 まぁ、でも、魔物よりも魔族よりもさらに上…“悪魔”もいるらしい。前、冒険者の講義でランクSの人が来て話してた。イオにもなんか喋ってたけど。まぁ、いいや。気にしたら負け!

 

聞いた話だと、1つの都市が指を鳴らしただけで消したらしい。


 遠目でも見える程綺麗な黒髪。頭にはとぐろを巻いた2本のツノ。背中には4枚の大きな羽…。とか。いや、随分特徴的だね。え? 遠目でそこまで見える? とか思ってたら、その見てた人は魔法使ってたけど、次の瞬間バレて両目を潰された。…とか、怖っ! え? 怖い!? 何それ!? って思いながら私は黙った。

 もう、絶対にランクは上げないと心に誓ったあの日を忘れない! それに、盗賊も海賊も山賊もいるし、賞金首の奴を倒すのも怖いのに! 絶対に嫌だ。

 まぁ、大きい街に行けばAランクよりも上、ランクSの人もいる。もっと大きい都市…例えば、王都に行けば、SSランクがいる。SSランクは世界に7人いるらしい。その上にもいるらしいけど。もう上がる気も無いし、上がれなし多分。だから、まぁ、適当にしとけばいいか。どうせ会う事ないし。うん。

 1週間前に話を聞いて怖いなぁとか思ってたら、変な事起きてる所に駆り出された。何が調査して来てくださいね! って、入る前に、結界張られて少し泣いた。これ、怪我したら特別手当出るよね!? そう心の中で叫びながら泣く泣く探索中だ。心の中の情緒がヤバいのは黙っておこう。


「静かだね。」

「ええ。気を付けましょう。」

「りょーかい。」

 私に聞こえる様にだけ言うイオに頷きながら、警戒を怠らない。さっきから、いや。森に入ってから静かだ。イオもわかってるのか警戒してる。“何か”あるのは間違いないな。 

 でも、一昨日に薬草取りに行った時は何もなかったはずなんだけど。それに、おかしい所はなかった…。

「ねぇ〜。ケビン〜。ワタシ疲れたぁ〜。」

「そうだな。昼過ぎだし食事にしようか。それで良いですか? イオさん。」

 ハーレム男、やっと名前わかった。ケビンさんがイオに話かける。ケビンって名前だったんだ。一応私がリーダーなんだけど。まぁ、私とイオなら…イオに話かけるよね。一瞬、イオが嫌そうな顔したんだけど、見なかった事にしよう。うん。

「…はい。構いません。オペラ。お昼にしましょう。」

「んー了解〜。今日のご飯なーにぃー?」

 出来るだけ、笑顔を心掛けてイオに話かける。ケビンさんってイオの嫌いなタイプだな。

「ふふふ。今日はオペラの好きなサンドイッチにしました。紅茶もありますよ。」

 私の前に綺麗な布を引くと私の手をとり、布の上に促す。その後、何もないところに手を翳すと小さな魔法陣が現れ、その魔法陣の中に手を入れると、小さな銀の筒が出てくる。

 流石だ。無駄のない洗練された動きで物を出す。簡単にしているが、高度な技術だ。現に私は、出来ないし。

 冒険者は、魔法の店などで扱っている“鞄”を使い食糧や依頼などで倒した魔物やモンスターや素材を入れる。只、稀に“空間”から物を出し入れできる者もおり重要視される。

 後、趣味で“鞄”を作る職人もいるけど…。作れる職人もそうそう居ない。それに、冒険者に成ったら支給されるけど、直ぐ容量がいっぱいになるから難しいんだよなぁ。私も貰ったけど。1回使って直ぐに壊れたし。

 泣く泣く修理出してから直ったって喜んだら、その1週間後にぶっ壊れた。何故だ…。そのままバイバイした。悲しかったなぁ。

「今日の紅茶は、昨日町に来ていた商人から買ったんですが、ハーブティーです。」

 銀の筒を開け、小さなカップを取り出し中身をカップに注ぐ。カポカポっと小さな音とハーブのいい匂いがする。コップを受け取り一口飲むと暖かさとスッキリとした後味がとてもいい。流石イオ! 紅茶の入れ方上手いんだよな。

「ん。この紅茶は、お菓子と一緒に飲みたいな。仕事終わったら買いに行こうか。イオ。」

「そうですね。あ、最近、木苺の実で“新作“出たのを知っています?」

「へぇ? そうなの。いつの間に…。」

“木苺の実”は、町で人気のお菓子屋だ。特に“木苺”や“苺”を使ったお菓子が人気で行列が出来てる。名前の通りだと思った。“新作”かぁ、楽しみだなぁ。あればいいなぁ。最近は、中々買えないし。特に若い女性に人気で私も良く買いに行っている。

「はい。あ、こちらはタマゴサンドです。どうぞ。」

「わーい! ありがとう。イオのご飯も美味しいから好き。」

「それは嬉しいです。」

 焼き加減も丁度いいし、めっちゃ美味い! にこやかにご飯を食べていると、言い争いが聞こえた。

「ちょっと! 今日は私の番でしょう! キヨは昨日だったでしょう!」

 キヨって呼ばれてる人の耳が、めっちゃ動いてる! 猫耳…ピコピコしてる気がする! あ、でも、胸はやっぱり、少しだけ小さいなぁ。まぁ、成長するよ! がんばれ! うんうん。頷いてると、イオに頬っぺたつねられた。痛いよ。

「はぁ? そー言って昨日の晩ご飯とその後はスーザン一緒にいたじゃない!」

 次に、スーザンと呼ばれたお姉さんは褐色の肌に布の少ない服を身に纏っている。…うん。刺激的な服着てる! 腰のくびれ…あれは、ヤバい! 痛いよ。イオ、太もも抓らないで。見てただけだから!

「まあまぁ、キヨ。スーザン落ち着いて?」

 修羅場…何回あるんだ…。残りの男の人達は適当にその辺でご飯食べてるし。いつのも日常なのかなぁ。そう思ってタマゴサンドを頬ぼっているとイオがお茶を飲みながら言う。

「“アレ”どうにかならないのか? “俺”が違う奴としゃべってる時もめっちゃ視線がウゼェんだけど…。」

 少し声のボリュームを落としたイオが通常の調に戻し私に話かける。ああ、面倒になってきたんだね…。顔が凄く嫌そう。まぁ、私も“あの目”で見られるのは嫌だなぁ。

「イオが美人で綺麗で可愛いから仕方ないね。でも、よね?」

「ああ、言った。ってか、知ってる筈…。今でも視線がウゼェ。」

 顔を顰めながらイオは嫌そうに言う。確かに、視線を感じる。でも、同じギルドなんだから、知ってる筈だ。


 イオの事はギルド内でも有名な話だからだ。

 

もしかして、ガチな奴なのか? それか信じてない…とか? そうなら、苦笑いしかできない。

「…本気とか?」

「そうか、なら…。」

 イオは、良く女性なのでは? と言われるが、イオはれっきとしただ。見た目が中性的な所為で良く勘違いされやすい為、喧嘩を売られたり、噂を流されたり目を付けられる。が、それでも、今のイオ自身は何を言われても辞める気が無い。まぁ、その理由が至極簡単で単純だった。


“オペラが褒めてくれたから”


 これは、私達が所属しているギルドでは有名な話だ。だから、所属しているなら知っていると思うんだけど、まぁ、偶に信じない人もいるけど。

「うん?」

「潰すか。」

「…ギルマスが泣くよ。」

「興味ない。」

 即答するって事は我慢の限界かな? なら私が出来ることは1つだけだ。

「手伝う。」

「…いや、いい。」

「でも…。」

 信じない人もいれば、信じてそれでも“好意”を持つ人はいるし、そー言う相手には、イオはちゃんと断ってる。

 それでも偶に、力や暴力で仕掛けてくる人には、それ相応の力でねじ伏せたりしてる。バレない様に私もしたりする。ギルマスと受付のお姉さんにバレたら怒られるけど…。それでも、誠意には誠意を暴力には暴力で返しているからなぁ。

「はぁ。」

「私が?」

「いや、今はいい。様子見る。ありがとう。」

「分かった。限界が来たら言って? いつでもできる準備をしておく。」

 私の頭を撫でながら、取り敢えず我慢するらしい。準備だけはしておこう。顔を見る限り、すごく嫌なんだろうなぁ。これ、魔物出た時大丈夫かな…はぁ。

「ん。っと、そろそろ行こうか。」

 サンドイッチを食べ終えて紅茶を飲む。んー後味スッキリで美味しいなぁ。サンドイッチや水筒の入っていた籠を出した時と同じように空間に片付ける。私も出来る様になりたい!っとイオに言ったら俺が居るんだから必要ねぇだろ? って言い笑顔で言われたので、それもそうか。と思ったけど…やっぱり私も使える様になりたい気がする。今度もう一回頼んでみようかな。そう考えながら行く準備をしていると、男の1人がこちらにやってきた。

「あ、あの。イオさん、…それとオペラさん」

「はい。何か?」

 おい! 私はついでか! 思いながら声のした方を見ると、気が弱そうな男性が居た。私よりも大きな男の人。えーっと誰だっけ? 咄嗟に、私を自分の後ろにして前にでるイオ。目線だけは目の前の人を見る。ヤバい名前が出てこない…誰だっけ? 

「どうかされましたか? ハンスさん。」

「え、っと、この先に、分かれ道があるのですが…。」

 ハンス…? ハンスさんだ! めっちゃ力強いんだったよね! ギルド腕相撲大会で1位だったって張り紙あった。 

「そうのようですね。それで?」

「ぇ、あっ! その! できれば、イオさんには、俺達と一緒にきていただきたいのですが…」

 ぎゅっと手を握って頑張って言ったんだなぁ。うんうん。

「“私には“…という事はオペラは?」

「え、と、オペラさんは、ケビン達と一緒に…」

 行ってもらいます。そう言いたかったのだろうが、その前に、イオの気配が一瞬で鋭くなる。

「却下。」

「…っ。」

「意味はわかってるんですよね?」

「イオ、私は別に。」

“大丈夫”だと言おうとするがさらに雰囲気が悪くなる。これは機嫌が悪くなるな。

 無いとは思うが、ケビンさん達が私の邪魔をしても対応できるし守る事になっても対応できる。だから私の方は問題は無い…私には。ただ、イオの問題だ。

「オペラ。今回の契約内容は?」

 イオの雰囲気が静かに重くなる。さっきの会話と笑顔で少しは回復したと思ったのにな。声だけで一瞬で周りの雰囲気も重くなった。言い争っていたケビンさん達もこちらを見ている。

「…はぁ。作戦や指示の言う事は聞く。依頼料も7:3でいい。ただし…」

 声と口調がガラリと変わる。

「“俺とオペラを離さない”だったはずだな。これを守れないなら、即降りる。」

 普通は途中で降りるのは、相当なペナルティがある。だから普通はめったなことでは降りる事は無い。今回は頼まれて仕方なく受けたからな。最悪降りてもイオにとっては痛手にはならないし、ただ雰囲気悪いなぁぐらいだし、イオが嫌なら別にいいとも思ってる。

「…はい。」

 取り付く島も隙もないの仕方ない。あー空気悪いなぁ。でも今回って、一応はギルマスからの正式な依頼なんだよ。泣きついてたらけど。まぁ、イオが怖いので黙ってる。チキンな私を許してくれ。さて、どうするか…そう思っていると、もう1人来た。

「すまん。少し良いか?」

 低い声が話が入ってきた。声のした方を見るとハンスさんと一緒に居たドワーフだ。

 ふと、彼を見て何かを忘れている様な気がする。あれ? 何だっけ? そー言えば、ギルド出る時に、武器屋のカルデさんに、頼まれた気が…んー? なんだっけ…え? 何だっけ?

「なんだ?」

「こっちにも事情があるんじゃ。」

「そうか? こちらには関係ないな。話し合って決めたはずだ。」

「それはそうじゃが、今回はギルマスからの直々の依頼なんじゃ。少しぐらい融通を利かせてもいいじゃろ?」

 2人が言い争う事に雰囲気が悪くなる。空気が重い、ハンスさんの顔が真っ青だ。でも、こっちも頼まれごとがわからないから困ってる…。なんだっけ? え? 犬…え? 違う…兎か? いや、なんだっけ…。

「…はぁ。そうだな。」

「なら!」

「だが、俺とイオが別れる必要もない。俺とオペラはパーティー組んでるんだ。別れる必要はないだろ?」

「むぅ。そ、それは…」

 は! そういえば、この森に居るはずの“狼”の魔物の爪持って帰らないと行けないんだった! 忘れるところだった! カルデさんに頼まれてたんだ! 全然魔物も動物も出てこないから忘れる所だった。

「でも、お、お2人は、単独でも魔物を討伐できる実力があると聞きました! ですから、今回は回復ができるイオさんがこちらに来ていただいて、オペラさんはケビン達と一緒にいてもらえば心強いと思いまして!」

 ここぞとばかりに、ハンスさんが熱く言う。うん。凄い言い切った感があるね! って、待って今おかしい事聞いた。なんて?? 単独で魔物倒せる?? って言わなかった? 何それ聞いてない! 出来るけど…言ってないぞ? 誰から聞いたんだ? ギルマスか? あの陰険! 言いやがったな!?

「は? 別にお前らだって、魔物の討伐してんだろ? なら別に、俺とオペラが別れてお前らそれぞれに同行する必要もねぇよな?」

「そ、それは…。」

 間髪入れずに言うイオに一瞬言い淀む。ドワーフ。確か、クラウさんも顔が渋い。

「ねぇ、イオ」

「あ゛?」

 声を掛けたが、何となく私が言いたいことが分かったのか凄く嫌そうな声で反応してきた。え? 何でわかんの?

「ガラ悪いなぁ。」

「却下」

「…まだ何も言ってないんだけど?」

早い早い。何も言ってなんだけど、却下すんの早い。

「…はぁ。なんだ。」

「カルデさんから“お使い”頼まれてる。」

 もちろん“お使い”とは、さっき思い出した狼の魔物の爪である。なんかの武器にするとか…ツノじゃないんだなぁっと思いながら気軽に引き受けたけど、忘れてた…。

「…あの、クソジジィが…っち。」

「イオ。どうする?」

「分かれ道までだ。」

私に聞こえるぐらいの声で呟く声に頷く。これは、分かれ道で、離れるって事だな。まぁ、私もイオだけなら無茶出来るし、ぶっちゃけ楽。

「では、この先にある分かれ道で決めましょう。」

「…で決める。てか、めんどくさいし、俺らとお前等、ケビン…さん達で別れればいんじゃねーの?」

「うむ。」

「は、はい。」

 イオ…一応最初は猫被ってたけど、色々めんどくさくなって辞めたな…。言い切ると渋々頷く2人。声を掛けられビクっと肩が揺れるが返事を返すハンスさんにめんどくさそうに言う。

「…っは、はい。」

「それならいいですよ。では、」

「…ぁー。」

 言うこと言って気分よく出発しようと準備を始めるイオと、半分泣きそうなハンスさんの腰に手を当てて慰めるクラウさん。話は終わったと思った瞬間、空気を読まない声がした。

「えーっと、ごめんね。もしかして、オペラさんが僕たちと一緒に行ってくれるって事かな? 出来れば、イオさんがいいんだけど?」

 いや、もうコレ、読まないんじゃなくて読めないのかな? 言っている意味を理解するのに数秒罹ったし、私が思考停止している所為でイオの急降下したんだけど? なんで収めたのに…蒸し返した!?

「な、何よそれ! ワタシは嫌よ! アイツ、ケビンの事狙ってるのよ!」

 ビシっと私を指さす。

「え?」

 は? え? 私!? いきなり的外れな事を言い出した。い、や、ちょ! お前ら! 何言って! ねぇ、やめてくれない!?

「そーね! ずっと、ケビンに視線送ってきてたし!」

 そう言いながらビシっと私を指差す猫耳女性。いや、ごめん! 男じゃなくてあんたは見てたけど! 今言ったら色々ヤバいから黙る。

「ごめんね。僕は君の想いは、に答えられない。」

「…は?」

 え? 何いきなり? いきなりの事で、言葉が出ない。でも、相手は、私が断られてショックだと思ったのか、会話を続ける。え? い、いや、ちょっ!?

「すまない。」

「い、いや、あの…」

 振られた…え? え? 振られた…私の思考が追いつかない…。でも、一言言える。私のタイプはお前じゃねーよ? 

「わかってる。いいよ。言わなくて。」

「え? は?」

「僕が、魅力的だから…だね。」

 言いながら私にウィンクかましてくる。え? いや、待って? どういう事!? 何でいきなり振られてるの!? ごめん! やめて!? 

「ねぇ。」

や、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい…。

「イオ…。あの」

「オペラ」

 声が聞こえた。なんて低い声…。今日聞いた中で一番低い声。私の手をゆっくり掴む。

「イ、イオ。あ、あの」

 イオから聞こえる声が、重い…すごく、重い。空気が…この森全体が、イオの声で軋んでる…。声だけで森が軋むって相当。

「うん。大丈夫」

 ああ、これは、大丈夫じゃない…時のだ。やばい。


 イオの顔が


 ゆっくりとした足取りで私の前にくる。なのに、ケビンは少しだけ嬉しそうだ。なんで、てか、あんたイオが男って事分かってるよね!?

「イオさん。僕は…」

 ケビンの声を遮る。既にイオの中ではケビンの存在は薄くなっている。多分。この仕事終わったら見る価値がないっと思って、無いものとして扱うんだろうな。 あーヤバい。これは、いろいろ私がヤバい! ああ、やっぱり、何とかした方が良かった。ケビンの声を遮る様に声を掛ける。

「イオ」

「大丈夫。オペラは“私と俺”に迷惑かけてもいいんだ。ねぇ、オペラ。」

「何」

「…ん。」

 ぎゅっと両手を握られる。優しくて暖かい。イオの両手が優しく握られる。ああ、これは反動が怖いな。にこやかに私の手を取り歩きだす。前を歩くイオを見ながら考える。機嫌どうやって…ギルマスが嫌がりそうだなぁ…あーっははは。

 仕方なく、先に進むことにした。背後で何か言ってるけど、無視しかない。後でなんか言われても後で考えるか…。私の先を歩くイオを見ながら切り替えた。


 基本イオは他人に興味はない。…と言うか、自分ですら興味がない。私に初めて出会った時も自分の以外興味なかった。まぁ、それ以上に私の状態がヤバかったから、余り覚えてないけど。

 そのぐらいイオは他人も自分にも興味がなかったし、生きるのに支障はなかったからそのままにしていた…と。それでも、イオは家族は大事にしていたから、今まで家族の恥にならない様に生きることにしていたらしい。今後もそうするつもりだと言っている。

 でも、家族はそんなイオの姿を見て苦しんだ。何とか自分の価値を見出し欲しいと思っていた。自分に興味がない…つまり、自分が傷ついても、怪我してもどうでもいいと思っている。そんな事が続くと流石に家族は不安になり過保護にもなった。そんな家族に対してイオは混乱した。何でそこまで“自分”を心配するのか? 不思議でしょうがなかったらしい。

 そんな時に、私がイオと出会った。それから自分も赤の他人に興味を持ち始めたとイオの家族が大いに喜んで、めっちゃ感謝された。


 まぁ、まさか“冒険者”に成ってるなんてねぇ。これは、私はイオの両親に怒られやしないか? とか思った時期もあるけど。普通に許してくれたので、気にしない事にした。


「はぁ。」

「どうかしたのか?」

 溜息も付きたくなるんだよな。“冒険者”は大丈夫だろうけど…“この姿”の事言ってないからなぁ。はぁ。言い訳とか理由考えといた方がいいかなぁ。もう…めんどくさいし…こじ付けとかでもありかなぁ…。

「んーんー。別に? で? どうするの?」

「あー。別に? 爪だけ取って戻ればいいんだろ?」

うん。まぁ、その爪取る狼が居なんだけど…。

「いや、ちゃんと“確認”しようよ。」

「怠い。めんどい。興味ねぇ。」

「イオってさぁ。興味ある事ある?」

 そう言えばイオが何かを収集したり、興味がある事なんかあったっけ? 部屋は、特に置いてないし。

「…ああ。」

「え…何?」

「…いや? あー。」

 え? 何で私を見るの? 何? 困惑している私を余所に真剣に考える

考えるイオ。え? 何をそんな真剣になる事ある? 興味ある事聞いただけなのに!?

「…ぅーん。ぁー」

「めっちゃ考えるじゃん。あ、ほら、最近ご飯のレパートリー増えて来てるよね!」

「ん? あ…ああ。そうだなぁ。」

「ほら! 興味あるんだよね!?」

「んー。まぁな。」

 ニコリと私を見ながら言う。え? 何その視線…? あ、待って他…ほか…あ!

「お茶! お茶も最近増えて来てるよね? 美味しいし!」

「ふっは。そーだなぁ。」

 楽しそうに私を見ながら優しく笑う。だから何で私見るの! 

「…っ! あーもぉ! イオもなんか言ってよ!」

 …なんか、なんか違う! 何で私がちょっと恥ずかしい気持ちになるんだ!? おかしいな!

「えー別に困らんだろ?」

「いや、いつも家族から手紙とか届いた時に簡潔に、一言で! 書いて終わってるじゃん! もっと書いてよ!」

「いや、別に大丈夫だろ? 一言でも。問題ないだろ。現に何も言われてないし…。」

「っう! ま、まぁ。」

 そうなのだ。月に2回程イオのご両親から手紙を貰う。イオは当たり前として、何故か私も。そこには、3枚紙にびっしりと文字が書いている。大体はお礼の手紙だ。まぁ、私の手紙はイオの最近の出来事や流行りを書いてる。ぶっちゃけほぼイオの事だ。で、肝心のイオなんだけど。マジで簡潔に一言。

「いや、“元気です。”って何? あんだけ長文貰ってるのに?」

 マジで束レベルにびっしりと書いてある。初めて見た時は呪文かよ! って思った。

「それでも、会話成立してんだし。ヘーキヘーキ」

「はぁ。もぉ…っと。お出ましだね。」

「んじゃ。いつ通りでいいんだよな?」

 目の前には大きな魔物。やっと、何かが出て来た。良かった。本気でここには何もないのかと思った。少し安心しながら魔物を見る。

鋭くとがった爪に紫がかった毛に鋭い眼光が私達を写す。これか…“魔物”…? にしても、なんか雰囲気が違う。

「イオ。なんか…」

「多分。ちげぇよ。俺らが聞いたのとは…」

「うん。ッだよ…っね!」

 突如背後から気配を感じ横に除ける…私が居た地面は深く抉られている。気配を探るが、一瞬で消える。目の前に居た魔物も消えていた…。

「あー。」

これは想像以上にめんどくさい依頼になった…。

”帰りたい”

そう心の中で思ったのは、きっと2人共同じ気持ちなんだろう。だって、同じタイミングで目が合ったんだから…。


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