上との差
「えー、つまり西暦におけるダンジョン探索一度目の変革。“
机に頬杖を突き、疲労から湧いた欠伸に瞳を濡らしながら教師の話に耳を傾ける。
教壇に立ちながら説明してるのは、きんきんと響く声が特徴的な小太りの男。
そこらかしこで伏せているこんなクラスでこうも真面目に授業してくれるのだから、これで容姿と声が普通であれば、間違いなく人気が出るだろうにと惜しい気持ちになってしまう。
まともに授業を受ける者などほとんど僅か。……最初はこんなに緩みきった空気ではなかった。
Cクラスに配属されたとはいえ、日の国最高峰の冒険者養成学校に入学できたのに変わりはない。
当然誰もが自らの可能性を信じており、ここからAクラスに負けないように努力しようと声高らかに叫ぶ者も少なくなかった。
だが、そんな夢見が通らないのが現実というもの。
最初の合同実習や教師の態度など、思春期の少年少女が目に見える差を見せつけられれば、折れてしまうのは仕方の無いことだ。
そうした連中は冒険科でのみ必要な科目を捨て、一般的な学生の習う基礎科目と体力作りの実技をそれなりに熟すだけになっていく。
せめて普通の高校へ移ったとしても、大学進学や就職で遅れを取らないために最低限やっておこう。
その気持ちは分からなくもない。
けれど国立のくせに馬鹿高い学費を払っておいて、結果は上を見上げるだけで終わる青春の日々。そんなのは夢の終わりとして、実に虚しく残酷なものだ。
……そう思っているからだろう。
Aクラスは愚か、Bクラスにさえ届かない凡人。同じ師の元で学んだ幼馴染にすら興味を持たれない俺が、それでもと夢を諦め切れていないのは。
「えー、今日は以上。課題は今言ったとおりなので、出したい人は出すように」
丁度板書が終わったところで、チャイムと同時に教師は授業を切り上げる。
周囲から出始めた雑談に混じることなく、疲れと痛みで凝り固まった体を伸ばしていく。
ばきばきと鳴る間接音と、軋みながら少しの気持ちよさに
また一日乗り切ったと安堵していると、後ろから二回ほど肩を叩かれた。
……そこまで交友関係の広くない俺に声を掛けるのはせいぜい数人。
その中でも、わざわざ授業終わりに話しかけてくるのは三人程度。そしてそのうち二人が休みなら、残りは一人だけだ。
「おっつかれー。いんやー、今日はいつにもましてつまんねかったなー」
「……でも寝ないんだな」
「そらぁ親に高けぇ金払ってもらってるからな。せめてまともな職に就けるくらいには頑張んねーと」
茶髪の男子──
もう帰りに支度が済んだのか。……いや、さては授業中に鞄に荷物を突っ込んでいたな。
「……んで、今日は何だ?」
「おっ、流石は相棒! 聞かなくてもわかってくれるか!」
こっちは疲労で一杯だというのに、目の前の奴は随分とまあ元気なもんだ。
この調子じゃあ次回のCクラスの実技一位は譲ることになるかもなぁと、心の中で拍手しながら内容を話せと手振りで急かす。
この疲労の中で課題もやらなきゃいけないんだ。
どうでもいい用件なら早々に断って、今日こそとっとと家に帰ってしまおう。
「実はなぁ? 見つけたんだよ。
「……前もそう言って、結局追い出されたじゃねえか」
「今度は大丈夫だって。だから頼むよぉ? ここだとお前くらいしかいねえんだ!」
両手を合わせ、感心してしまうほど綺麗に頭を下げてくる
……断ってたとしても、こいつがそこまで責めてはこないのは知っている。
けれどこのクラスで未だに冒険者を諦めていない者など、俺を除けばこいつと他の数人だけだ。
現実など十分理解しているにもかかわらず、高すぎる目標をそれでもと目指す
そんな友人の頼みを切り捨てることなど、俺といえども容易く出来るわけではない。
「……はあっ、じゃあとっとと行くぞ。今日も敗者がチキン一個な」
「──ああっ! 今日こそはお前に財布を空にしてやるからな!」
単純な奴だと呆れながらも、俺も置いていかれないようにと早足で追いかける。
周りの目など気にすることなく、ロッカーまで真っ直ぐ足を運ぶ。
お優しいことに
腰に付けた一本さえなければ、間違いなく普通の学生と何ら変わりない光景。
抜剣資格を持たないので鞘から抜くことを許されていない、宝の持ち腐れと言っても過言ではない剣。
思えばこの学校に受かり、師からこいつを貰うことがなければ、俺も普通の学生で終わっていたのだろう。
振り返って脳裏に流れるのは、今とは違い笑顔で俺に話しかける
……最初から違う夢を追っていれば、あいつは今でも一緒にいてくれたのかな。
「おい見ろよ。
ふと戻らない過去を懐かしんでいると、隣を歩く
金属同士の衝突音や、鈍く響いてくる重低音。そして天地の至るところに残る光の残滓。
俺の目では追えないほどの高速、そして結界がなければとっくに巻き添えを食らっているであろう戦闘訓練。それを行っているのは、恐らくAクラスの連中だ。
認めるのは癪だが、本物の才能持ちが繰り広げる埒外のぶつかり合い。
もし中に入れば一秒と持たずに吹き飛ばされるであろう、足を踏み入れることすら許されない場なのだ。
「……あれで一年だぜ? こうも差を見せつけられれば、いくら俺でも自身無くしちまうなぁ」
自分で指差しておいて何を言ってるんだか。
そうは思うが、それでもつい見てしまう気持ちは理解できないわけでもない。
色鮮やかな魔法、鉄をも容易く断ち切る剣技、何者にも怯まない剛胆さ。
子供の心を掴んで離さない職業第一位である冒険者。
映画や漫画のヒーローと同じくらいに夢見られる彼らに最も近いとされるのが、あの中で切磋琢磨している連中だ。
そんな彼らの一端に、そうなりたいと思っている凡人の目が吸い込まれるのは、何も可笑しいことではないはずだ。
それが例え、ああはなれないだろうとどこかで理解してようとも。……実に情けない話だ。
……きっとあの中には
俺がどれだけ足掻こうとたどり着けない世界を、彼女は突き進んでいるのだろう。
「……行こうぜ。日が暮れる」
「ああ、そうだな」
見たくないものから目を背け、
どうせいずれは見なくてはいけないのに。今折れた方がこれからのためだというのに。
それでも弱い俺は、目の前の現実に見ない振りをすることしか出来なかった。
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