邪神ちゃん 恨まれる 1

「くそっ! くそっ! 腹が立つ!!」

 

 学園での授業中、校舎の影で幾人かの影が蠢く。

 そのなかでも特筆して大きいのは、声の主。ザメルだった。

 

「こんな筈じゃなかったんだっ! くそっ!」

「まーた荒れてるっスねー」

「ほっとけよ、いつものだろ」

 

 学園は、自由だ。授業を受けるも否も、全て学生の主体的な行動に任されている。

 そうなれば一部、学びから遠ざかる者達もでてくる。

 それが彼らだ。


 ザメルもまた、アルカに散々にやり込められ、やる気を失ってここにいる。

 だが、彼の頭の中ではこんなことになる筈ではなかった。

 学園を優秀な成績で進み、どこか良いところの女を捕まえ、グリザリア領の私兵として悠々と田舎に凱旋する。

 そうなる筈だったのだ。


 だが、現実は甘くない。学園の授業に出ていない以上成績はボロボロ。女子にはその態度や風態から好かれるどころか避けられる始末。

 さらには田舎で散々バカにしてオモチャにしてきたアルカには惨敗する。

 彼の人生予想図にはない、転落であった。

 

「女子にも男子にも大人気の美少女に猿って呼んでもらえるだけいいんじゃないっスかね」

「だよな、俺らなんて確実に目に入ってねぇだろうし」

「あいつはムカつくんだよ! 教会の日までなんもできねぇクズだったくせに!」

 

 ザメルの腹に据えかねているところは、そこだった。

 あの日、教会の日までアルカはしゃべらず、言われたことしかろくにできないはみ出しものだったのだ。

 それを盾に何度苛めたことか。服を破ったこともあるし、川に突き落としたこともある。

 何をされても文句一ついわないオモチャ。それがザメルの中でのアルカの評価だったのだ。

 

「あいつ、いつかひん剥いて、這いつくばらせてやる……」

 

 だが、教会の日からアルカは変わった。己を邪神だと公言し、ザメルに反論するようにもなった。

 あまつさえ、ザメルが武術Ⅲをもって領主から学園に推薦された中、アルカは魔法と武術共にIなどというスキルで学園に来ている。

 その上、自分を打ちのめし、未だに猿とバカにする。ザメルにはそれがどうにも許せなかった。

 

「無理じゃないっスかね。あれ、今じゃ学年で一番強ぇって言われてるみたいっスし」

「無理だろうなぁ……。魔法まで使われたら俺ら束になっても丸焼きでおしまいじゃね」

「うっせぇな! どんな方法でもいいんだよ! 勝って這いつくばらせりゃあ!」

 

 取り巻きの二人すらも、アルカに対しては消極的だ。なにせ二人とも一度は授業でアルカの力を見ている。

 そんな中、ろくに授業もでずに修練もしていない身であれをどうにかできるとは思えないでいた。

 

「そんじゃ人質でも取りゃいいんじゃないっスか。いつもくっついてる女子がいるっしょ」

「そんでどーすんだよ。ブチ切れられたら一貫の終わりじゃん」

「カルネン、偶にはいい事いうじゃねぇか……」

 

 暗い笑みがザメルの顔に点る。アルカの力は散々思い知っているが、サラの武技の腕は然程でもない。

 魔法は厄介だが、学園内で隙をつけばどうとでもなる。それに、ザメルには最後の一手があった。

 

「こいつがありゃあ、脅しになるだろ」

 

 腰からすらりと隠していたものを引き抜く。それは一本の変哲もない短剣だ。

 学園内には本来武器の持ち込みは禁止されている。それをいつかアルカを脅そうと、こっそり荷物に忍び込ませたものだ。

 

「お、さすがザメルっスね。良いもの持ち込んでるじゃないっすか」

「お前だって持ってんだろ。あとは縄とか見つけて準備するぞ」

 

 にたにたとした粘着質の笑みが取り巻きの二人にも伝播する。

 思い描くのは、あの澄ましたアルカが泣き顔で詫びを入れる姿だ。

 それに人質がいればそれ以上もあり得る・・・・・・・・・

 

 こうしてアルカの知らぬ所で、サラの身に危険が迫っていた。

 

 

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