第四の録 『千智の鬱と怨霊』
ピンポンとインターホンの音が聞こえる。お客さんが来たようだ。『あぁ、高松さん。こんにちは、千智……いますか?』という美晴の声が聞こえる。『やった、本当に来てくれた』そう
ガラガラという音を立てて玄関の扉が開く、
「あぁ、高松さん。こんにちは、千智……いますか?」
そう美晴が言うと高松は
「わぁ、美晴ちゃん。本当に来てくれたんや。嬉しい。ありがとな。千智は自分の部屋にいるから。あぁ……そうやな、案内するから上がって上がって」
と言う。
テクテクと階段を上がって千智の部屋に行く。高松がコンコンとノックをし『千智、美晴ちゃんだよ』と言うと静かに扉が開いて
「入って……」
と言う沈んだ千智の声が聞こえた。
美晴が部屋に入る瞬間、高松が小声で『なんかあったら教えて』と言われた。別に小声で言う事なのかと思いながら頷き部屋の中へ入っていく。
その部屋は薄暗かった。カーテンが閉められ、夏場だというのに寒いと思ってしまうぐらい肌寒く、そして、なぜか息苦しさを感じた。
なにも息切れや動悸などがあるわけでもない。ただ、ずっとここにいると気が滅入ってしまうような。この部屋だけ少し酸素が薄いような。そんな気がした。
「美晴ちゃん……」
美晴を呼ぶ声が聞こえる。声からして千智だろう。
千智を探すとベッドの前に体育座りのような体勢で座っていた。
「わっ!千智。そこにいたの」
美晴が驚いて言う。そして立て続けに美晴が
「千智……元気……じゃないか」
と言う。
それに千智は頷き、
「美晴ちゃんは良いよね。恵まれててさ。良い大学行って、良い所に就職してさ……私なんてからっきし駄目だよ。入社後すぐに上司に怒られるし、いろんなヘマするし、もう駄目かも……本当にさ……」
その話を聞いて美晴はキュゥと心が締め付けられるのを感じた。正直言って大学に関しては千智の方が上だと思うが。そこは相手を刺激しないように触れないでおいた。
「いや……そんな事ないよ。私だってあの会社入ったばかりのころは色々な人に色々怒られたし、実は私昔の頃本気でやばいミスしちゃって会社潰しかけた事あったし……」
そんなことを言いながら美晴は思い出したくない事を思い出してしまったと思った。
「それにさ……千智。話は変わるんだけどこの部屋薄暗くない?こんな暗さだったら気持ちも暗くなるよ」
そう言って美晴はカーテンへ手を伸ばす。
すると突然、千智が顔を上げ『ダメ‼︎やめて‼︎』と叫ぶが美晴の手は止まることなくカーテンを勢いよく開けた。
そして部屋の中にサッと入って来る日の光が千智の腕に当たった瞬間――『ギャー!痛いー!』と言う千智の悲鳴が美晴の耳をつんざいた。
「えっ、あっ、ど、どうしたの千智、千智‼︎」
美晴が呼びかける。千智は『痛い痛い』と言いながら腕をさする。
美晴が『ちょっとごめんね』と言い腕を見ると――光が当たったと思われる所が赤く
『えっ……どうしよう』と思いながら美晴は部屋に入る瞬間に高松から言われた事を思い出す。『何かあったら教えてね』美晴は『なにかってこの事なのか』と思いながら部屋のドアを開け、高松を呼ぶ。
高松が来てカーテンを閉める。高松は千智の治療をしながら
「美晴ちゃん、きちんと言ってなくてごめんね」
と言う。
一応の処置を終え、千智をベッドに寝かせて、下の階で高松と話をする事になった。
「美晴ちゃん。本当にごめんね。びっくりしたでしょ」
と言う高松に対して美晴は
「いやいや、カーテンを開けたのは私ですし、私が悪いんです。こちらこそ、ごめんなさい」
と謝る。そして
「えぇっと、それで一体あれはなんなんですか?前に千智が鬱だっている事は聞いてますが、あんな症状鬱に無いですよね」
と美晴が言う。
「そうなのよ。本当に。ちょうど引きこもり始めた時からそんな感じで、最初は皮膚に発疹ができる程度だったんだけど……だんだん悪化していって、こんな感じ。こんなんじゃ部屋の外にも出れないし家の外にも出られないから困っててねぇ」
と高松が言う。それに対して美晴は
「今みたいな症状になる前に医者には診てもらいましたか?」
と言うと高松がため息をつき
「最初の頃と今みたいな症状の頃に診てもらったよ。もちろん、今の症状の時は外になんか出られないからお医者さんに来てもらってね。答えはどれも一緒、『分からない。原因不明』って感じで、皮膚科の先生とか総合病院の先生とか大学病院の先生とか、本当に色々な先生に診てもらったけど答えはどれも同じ、『分かりません』だった」
と言った。
『もう本当に、なんなのかしらねぇ。何か悪霊にでも憑いてるんじゃ』と高松が言う。美晴は『悪霊』と言う言葉を聞いた瞬間『これはもしや……人ならざる者が起こした怪異なのか……』と思った。
それから少し話をして美晴は高松の家を後にした。
「ただいま―。優馬。ご飯今作るからちょっと待ってな」
家に帰り一目散に夕御飯の支度をする。
「美晴さん……家に帰ってきて第一声がそれですか」
と優馬に言われる。美晴は『なに、それ以外になんかある』と言ってIHの電源を入れる。
ふと違和感に気づいたのはそれから少しした時だった。琥珀川がいない。
「あれ、優馬。琥珀川はどこ行ったん」
と言うと優馬は
「琥珀川さんですか?確か『伏見稲荷の稲荷達と酒飲んでくる。午後五時辺りには帰る』って言ってましたよ。だぶんもう少しで帰って来るんじゃなんでしょうか」
と言う。
『なんだ……あいつ。あいつに酒飲む友達っていたんだ』思っていると、ガラガラっと玄関が開き琥珀川が帰ってくる。
「よぉ、美晴。帰ったか」
と言って台所に一番近い座布団に座る。
そのまま琥珀川は美晴の顔を凝視し、何やら九字切りの様なものをし始める。そして美晴に向けて五芒星を宙に描き最後に『散ずる』と呟いてそのままそっぽを向いた。
夕御飯を食べ終わり、暇な時。琥珀川に今日あった事を相談してみた。
「――って事になって、なんかこれは人ならざる者が起こした事なんじゃないかなって思ってさ、一応相談してみたんだけど……どう。関係ある?」
美晴がそう言うと琥珀川は少し考えて、
「うーむ、美晴。今の時点では判断は難しいが、一般的な鬱の症状では無い事や極端に日の光、そして太陽を怖がる点や日の光に当たると爛れるなどという点では、悪霊に通ずる点があるが……」
続けて琥珀川が
「その事と何かしらの繋がりがあるかもしれんから言うが、さっきまでお前の
と言うと美晴が『神力?何それ』と言う。
そう言うと琥珀川が
「神力と言うのはだな、読んで字の如く神の力の事だ。我ら神々が人間の憑神になる時はその神の唾液と神力を主となる人間に吹き込むのが憑神契約の仕方なのだ。」
さらに琥珀川が続ける。
「そしてその神力の強さは憑神である神の力によって左右される。美晴の場合は憑神である俺が衣食住や五穀豊穣を司る稲荷神である為、神力の強さは相当だ。という事は、稲荷神の神力でさえも下げ穢す力が美晴が今日行った所にあるのだ」
と言う。
美晴はその話を頷きながら聞いて、
「じゃあ、お願い!もしこの事が悪霊うんぬんなら解決したいの、このままじゃ千智が可哀想だよ」
と言った。そして琥珀川が
「よろしい。だが解決役の規定上、千智という人が美晴に解決してほしいと願い出たという事で良いな」
そう言うと美晴が頷いた。
そしてそんな美晴を優馬がじーっと見つめていた。
それから何日か過ぎ、その日は美晴は有給を取って千智の家にいた。
今日の最大の目的は千智をどうこうでは無く神力の穢れについてだ。
美晴は午前中はずっと千智の家にいる。ずっといればその分神力が穢れてくだろうと美晴は思ったのだ。『高松にこれまでの千智の様子やどうして鬱になったかを詳しく聞く』という建前で、今美晴は千智の家にいる。
「では、高松さん。今日はありがとうございました。千智には今日どんな事を聞かれたかなんて、教えないで下さいね」
そう言って玄関のドアを閉め、振り返るとそこに
「うわ!びっくりした。白蘭、迎えに来てくれたの?」
そう言うと白蘭が
「琥珀川様の
と言った。
『そう、ありがとう。白蘭』と美晴が言うと少し照れて『ありがとうございます』と白蘭が言う。『んじゃ、行こうか』と美晴が言って美晴と白蘭は歩き出した。
「んで、白蘭。なんか千智の家周辺には気になる所あったの?」
そう美晴が言うと白蘭は少し渋い顔をして
「……実は、依頼人の家周辺には無かったのですが……実はあの家からただならぬ穢れを感じるのです。これは私の自論ですが、今回の件にはその穢れが原因かと」
と言った。
えっと美晴は思う。白蘭が言ってることが本当にそうなら千智の鬱や皮膚の爛れなどは全部その穢れのせいだと言う事だ。
「えっ、白蘭。それ……本当?本当だったら結構やばくない。あとその穢れってきちんと祓ったり出来るの?」
と美晴が言う。それに対して白蘭は
「あぁ、出来るぞ。せっかくだから我らの特性について話す事にしよう」
そう言って白蘭は話を続ける。
「最初に我らにはそれぞれ何かに
と言った。
美晴は『これきちんと覚えられるかな』と思いながらこの話を聞いていた。
その日の夜、白蘭は琥珀川に今日の調査の結果を報告し、琥珀川と白蘭、そして美晴でこれからどうするかを話し合った。
「そうか……依頼人の家が穢れていると。ありがとう、白蘭。では美晴、次の土日のどこかで依頼人の家を祓う事にする。この事に参加するのは俺と美晴。そして華の3人だ」
そう言った。
こうして、次の土日の何処かで千智の家を祓う事になったのだ。
そして日曜日、遂にその日がやってきた。千智の家を祓うのだ。琥珀川は千智の家を見るなり
「これはこれは……結構時間がかかりそうだ」
と言った。
「ねぇ、琥珀川」
美晴が呼びかける。『なんだ』と言った琥珀川に対して美晴は
「琥珀川にはこの家、どう見えてるの?」
そう言った。
「どう見えてるのと言われてもなんとも言えないのだが……家全体の空気が
と言った。
「では始めるぞ。美晴、白蘭」
そう言って琥珀川は何かしらの印を組み『いでよ、悪しき怨霊よ』と叫んだ。すると目も開けられない強さの風がフッと吹いた。そして美晴が目を開けるとそこは――美晴の知らない所だった。そこは洞窟の開けた所のような場所だった。
そしてその場所は少し肌寒く感じた。そして、息が詰まった。
「おい。見ろ!こいつが元凶だ!」
琥珀川はそう言って洞窟の壁が少し
そこにいたのは
「美晴、今日にしといて良かったな。あと三日遅れてたら怨霊通り越して鬼になってたぞ」
そう琥珀川が言った。えっと美晴は思って
「鬼になってたらどうなってたの?」
と言う。琥珀川から帰って来た答えは『高月家の管轄になる』と言った。
「いや……そう言うことじゃなくて、鬼になったら千智はどうなってたのって事」
そう言うと琥珀川は
「そうだなぁ、人間としての知性、理性、感性、が全て失われ姿は人間だが中身は鬼というものになる」
そう言った。
「おい…………お前」
怨霊が口を開く。そして次に琥珀川の方を指差してこう言った。
「お前――
そう言うと琥珀川の目の色が変わる。狐色に変わったのだ。最初はゆったりと怨霊の方に近づいていた琥珀川は、だんだんと足のスピードを上げながら怨霊の方に近づいていた。
「琥珀川様!あまり感情的になるのではなりません!」
華がそう叫ぶ。だがその叫びは琥珀川には届いてなかった。そのうち琥珀川が怨霊目がけて大きく飛び、持っていた笏も剣に変え怨霊を切りつける。
「痛い……痛い……やめろ、栄明」
怨霊が言う。それからは琥珀川と怨霊の激しい攻防戦となった。闘いが長くなる程両者にも疲れが見えてきた。
「栄明……うるさい……どっか行け」
そう言って怨霊は琥珀川に向けて衝撃波の様なものを出す。それを正面から受けた琥珀川は吹き飛ばされ洞窟の壁に勢いよくあたる。
それでも立ち上がれるのは琥珀川が人間より身体が丈夫、なおかつ琥珀川自身が神であるからだろう。
だが次の瞬間――琥珀川の体が大きく揺らいだ。そしてそのまま膝から崩れ落ちる様にして倒れる。
すんでのところを美晴が支え、琥珀川の体を揺さぶる。
「琥珀川!どうしたの!ねぇ!琥珀川!」
美晴がなんど呼びかけても返事が無い。呼びかけてもぴくりとも反応しない。
『もしかして琥珀川死んじゃった?』そう美晴は思った。
「大丈夫ですよ。美晴様。琥珀川様は死んでなんかないです。気絶してるだけですよ。そもそも琥珀川様は元人間でもう死んでるんです」
そう華が言った。『ならいいや』そう思った美晴だったが、次の瞬間いっきにこの闘いが不利になったのを悟った。
「これで……邪魔は……いなくなった……」
怨霊がそう言った。
『ヤバい……どうしよう』そう美晴は思った。
前に白蘭が言っていた事を思い出す。『華は戦闘には不向き』だというとこを、そして今この戦いに誰が必要かを考えていた。
あっとひらめき美晴が叫ぶ
「添!白蘭!召雷」
と。次の瞬間、
雷の轟音と共に添と白蘭が現れる。
「美晴様。大丈夫でしたか」
添が言う。
「うん、大丈夫。それより琥珀川が……」
そう美晴が言うと添と白蘭が琥珀川の方を見るなり。
「琥珀川様……」
とショックを受ける。
美晴が添、華、白蘭を呼びかける。
「添、あなたは怨霊を切りつけて、できるだけダメージが大きくなるようにね。白蘭、白蘭の操る事ってさ……こういう怨霊とかにも対応してる?……そう、対応してるんだ。なら怨霊操って攻撃できない様にしてくれる。そして華、あなたは弱ってそして白蘭の操りで攻撃できない怨霊を祓って」
と美晴が言うと添達はこくりと頷いた。
『行くよ』と言う添の声で一斉に添達が動き出す。
白蘭は怨霊を完全というわけではないが操り、大きな攻撃をできない様にし、添は怨霊を切りつけ、華は一生懸命怨霊を祓おうと奮闘している。
「俺に……こんなのが……効くと……思うか!」
怨霊が衝撃波を出そうとしたらしいが、白蘭の操りで失敗する。
「クソッ……こんな奴らに俺が祓われるとでも……」
そう言って怨霊はなんとか白蘭の操りから逃れようとする。
ちょうどその瞬間――大きな地鳴りと共に大きな地震が大地を揺らす。
「ひっ……」
怨霊が怯える。
そしてその声は怨霊だけに聞こえていたのだ。
「
と。その恐怖に耐え兼ねたのか怨霊が天を仰いで叫ぶ。
「ひぃぃ、清流様!申し訳ございません!」
そう怨霊が言ってその怨霊はどこかに飛んでいった。
美晴達は一瞬何が起きたか分からなかった。美晴達から見れば地震に怯えて『
「えぇっと……解決ってことで良いかな?」
そう美晴が言うと添達ははっとして
「ええ、そういうことでいいのではありませんか」
とほぼ同時に添達が言う。
「あと、この洞窟ってどう出んの?」
そう美晴が言うと華が
「これは穢れで出来た異空間のようなところです。その穢れを祓えばこの空間から抜け出せますよ」
と言うと華は印を結び『祓え給え、清め給え』と言う、そして柏手を打つと目の前がはっと明るくなる。そして目を開けるとそこは千智の家の前だった。
「うぅ……」
琥珀川が唸る。一斉にして琥珀川の方に行き、呼びかける。
「琥珀川、琥珀川!」
そう美晴が呼びかけると琥珀川はゆっくりと目を開け
「美晴……添、華、白蘭……」
と言い、次にはっと飛び起きて
「怨霊はどうした、どうなった!」
と言う。
「大丈夫ですよ。琥珀川様、怨霊は逃げました。」
と白蘭が言うと琥珀川は
「逃げた?まぁ良い。とりあえず、ありがとう。添と白蘭は美晴が呼びつけたのか?……そうか、ありがとう」
と礼を言った。
二日後、千智から『鬱が治ったかもしれない』という趣旨のメールが届いた。『よかった』と美晴は思った。
その日の夜、美晴が眠っている時間帯、白蘭と琥珀川が話をしていた。
「琥珀川様……」
『なんだ』と琥珀川が言い白蘭が次に言った言葉で琥珀川は衝撃を受ける。
「実は、あの怨霊……逃げる時に
そう言った。
「なんだと!清流とな!それが本当なら……とてもまずい、今度こそこの国が、世界が終わるかもしれん。
と琥珀川が言った。
この清流という人物がどのような人物で琥珀川とどう関係があるのかは、意外に早く分かるかもしれない……
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