第22話

「そうでもないぞ?」


「ルシフェル?」


「俺の勘だとセラフィムは1番騎士王の近くにいて信頼を得ている。天使として動かなくても、セラフィムが俺たちに注意するように助言すれば、騎士王も従うだろう。それは困るんじゃないのか、カミュエル?」


「おまえはどっちの味方なんだ?」


 苦々しい顔のカミュエルにルシフェルはケロリと答えた。


「動きにくくなってもいいのなら止めないけど?」


 言い返せないことを言われてカミュエルも黙り込んだ。


「だってその妖精戦士。手を離したら呼ばないって言ってるから、俺たちのことも言わないだろ」


「……だれがそんなことを言いました?」


 エリルのこめかみが引きつっている。


 セラフィムは天使としては異端なので、おそらくエリルが教えないかぎり、このふたりの正体には気付けない。


 ここで言質をとられて身動きを制限されるのは避けたかった。


 妖精は竜族と同じように誓いに縛られる。


 でなければルナは今頃ここには居なかっただろう。


 睨み付けるエリルにルシフェルがニヤリと笑う。


「俺たちふたりを一度に相手にするのは、さすがのセラフィムにも骨だ。ミカエルが動けば必然的にサタン様も動く。それも都合が悪い。違うか?」


「さすがにサタンの第一の配下。頭が回りますね」


「ミカエルみたいな単細胞とは違うからな」


 ここまで言ってからルシフェルは「どうする?」とエリルに答えを迫った。


 確かに自分とセラフィムのふたりだけで、このふたりを一度に相手にするのは危険だった。


 エリルでは戦力にならないことは、先程の一幕でわかっている。


 互角にやり合えるのはセラフィムひとりで、彼にふたり同時に相手をさせるのはさすがに無謀だった。


 万が一不利を悟ったセラフィムが天界に応援を要請し、ミカエルがやってきたりしたら当然だがその動きはサタンにバレる。


 現状をサタンが知れば、最悪、騎士王の誘拐だって視野に入れるかもしれない。


 配下が裏切っているとなれば尚更。


 魔界では珍しいことではないと聞いているが、騎士王の首筋にはサタンの紋章が刻まれている。


 その相手に手を出すことは悪魔たちの間でも禁忌のはずだった。


 温厚なサタンだって怒るだろう。


 そうすると騎士王としてはまだ未熟で、おまけに今はろくに動けないカイが危険だ。


 おまけにルナの身も。


 それは……避けるべきだった。


 悔しいがルシフェルの指摘通り、ここは口を噤むべきなのだ。


「わかりました。セラフィム様がご自分で見抜くまで教えません。誓いますから離してください。騎士王が妙な誤解をするでしょう?」


「「妙な誤解?」」


 首を傾げるふたりだが、ここは素直に離してくれたので、エリルは説明しなかった。


 さっき見詰め合っているときに、カイにジロジロ見られていたことは。





 それからしばらくは平穏な日々が続いていた。


 エリルの危惧通りセラフィムはふたりの正体に気付いていない。


 そのことが逆にふたりを縛って行動に出るのを制止していた。


 行動に出て悟られたのでは意味がないので。


 エリルは「どうか気付いてください」と、何度もセラフィムことセラに、それとなく話題を振ってみたが、鈍感なところがあるセラフィムは一向に気付かない。


 それどころかルシフェルと意気投合する始末。


 これにはエリルは開いた口が塞がらなかった。


 ルシフェルは元々ミカエルとは似た者同士の親友だったので、そのミカエルに心酔するセラフィムには、彼は受け入れられやすいタイプだったということだ。


 またセラフィムが普段、天界から動くことのないガブリエルの護衛を主にこなしていて、あの対面のときを除けばルシフェルと面識がないことも気付かせるのを邪魔する。


 そのせいでふたりの正体はバレていないのだった。


 逆にカミュエルはともかくとして、ルシフェルは完璧にだれがセラフィムなのかを悟っていた。


 この辺は彼がミカエルの親友になるだけの男だったという証明だろう。


 実力差だ。


 親友と認める幼なじみのセラと意気投合した相手となると、カイに受け入れるなと言われても無理である。


 元々親無し子であり皇帝にそっくりなせいで、皇妃や皇子に睨まれていたカイによくしてくれたのはセラだけだった。


 そのせいでカイのセラに対する信頼はかなり深い。


 その彼が意気投合する相手を疑えと言っても無理がある。


 1週間が過ぎて傍にふたりがいるのに慣れる頃には、カイはルシフェルを受け入れてすっかり心を開いていた。


 エリルは最近になってから、あまりカイの傍を離れないようになった。


 彼が離れるのは唯一薬草の準備をするときだけだ。


 それ以外は絶対にカイの傍を離れない。


 これにはルナもどうしたのかと訊ねたが、エリルが理由を打ち明けることはなかった。


 いつも適当に誤魔化すばかりで。


 そんな日常が最近ちょっと肩が凝るカイだった。


 まさかそれが悪魔たちからカイを護るためのエリルの努力だなんて、カイはまるっきり気付いていない。


 そのせいで無謀な行動に出てしまっていた。


 ちょうどカイとエリルふたりだけのときに、エリルは悪魔たちが傍を離れているという理由から、切れかけた薬草の調達のためカイの傍を離れた。


 間が悪いのか、それともそれを狙っていたのか。


 ちょうどその直後にルシフェルがひとりで戻ってきたのである。


 正確には城での勤務状態が、ちょうどそういう形だっただけなのだが、これはエリルのミスだった。


 ルシフェルが戻ってくるなんて思っていなかったのだから。


 無意識にルシフェルは身を屈め、カイの項に唇を落とした。


 ゆっくり丹念に甘噛みし、情熱的なキスを繰り返す。


 カイは眉を寄せ頻りに身を震わせた。


 サタンの刻印にキスする度にビリッと電流が走る。


 それでも愛撫をやめる気にはなれなかった。


 本格的に甘噛みしてはいけない。


 それはわかっていた。


 刻印を刻むにはきつく肌を噛んで吸わないといけないのだ。


 そうすることで悪魔の刻印は刻まれる。


 サタンの契約者だから、それはしてはいけないとかろうじて自分を抑えていた。


 吐息のあがってきた唇が赤く熟れる。


 初めての口付けは不完全とはいえ、サタンと交わしている。


 サタンなら本格的な口付けを交わすことで契約も可能だが、他の悪魔ではもう契約はできない。


 可能性としては愛し愛されたら、もしかしたら深い仲になれるかもしれない。


 魂を譲り渡されることで深く繋がるかもしれない。


 なら口付けくらい大したことはないだろう。


 そう思って赤く熟れたその唇を奪った。


 悪魔の術に嵌まったカイは気付かない。


 蹂躙されるままに唇を、そして躯を許した。


 刺激され次第にカイ自身が大きくなっていく。


 それに気付いたルシフェルは下肢に掌を滑らせた。


 ゆっくりとそしてきつく扱きあげる。


 カイの呼吸が乱れ、初めて声が漏れた。


 意識があったら出さないように我慢しただろう声が。


「んっ」


 艶っぽいその声に誘われる。


 襟元を開き胸元をあらわにする。


 そうして胸の飾りを丁寧に愛撫した。


 掌で転がし時にはつねったりしながら刺激する。


 するとカイ自身がまた一段と大きくなった。


 喘ぎ声が間断なく漏れている。


 口付けでも契約できないことが、ルシフェルには救いだった。


 彼は人形には興味がなかったので。


 カイが未経験なら今頃なにをされても反応していなかっただろう。


 初めての口付けをサタンと経験済みだったことが、ルシフェルには都合がよかった。


 執拗に淫らに愛撫してカイが絶頂を迎えるときの顔をじっと眺めた。


 頬を紅潮させ何度も身を捩り、感じたときには素直に快感を訴える。


 それは思っていた以上に可愛かった。


 本人に意識がないから見せてくれる痴態だとはいえ、それは想像以上に男を誘う。


「これはサタン様が誘惑されるのも無理ないかも」


 そう呟いた瞬間に我に返った。


 これでは悪戯ですまない。


 あくまでもルシフェルはサタンの代理なのだし、今はとにかくここでやめるべきだろう。


 やめるのはとても切ないが。


「騎士王。未経験故に躯を開発されるのも素直に受け入れる、ということか。思っていた以上に……」


 可愛くて愛しい。


 その言葉をルシフェルは飲み込んだ。


 カイの不幸は意識のないときにされることかもしれない。


 それによって悪魔を本気にさせていくのだから。


「早くサタン様のものになれ。そうしたら」


 諦められるのに。


 その苦い一言をルシフェルは痛む気持ちで噛み締めていた。

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