第10話

「あの方、それは素晴らしい剣を持っておいでですわ。どうやら身分ある御方のよう。この緑の森に入れたのですもの。是非おもてなし致しましょう」


「しかし他の妖精たちがなんと言うか」


「緑の妖精王のお言葉に従わない妖精なんていませんわ」


 ニッコリ微笑んで少女が告げた内容に、カイは引きつりそうになってしまった。


(緑の妖精王だったのか。ということはあの少女は緑の妖精王の王女? 妖精の中でも穏健派と言われている緑の妖精で助かったかも)


 これが炎の妖精と呼ばれている種族だったら、今頃有無を言わせず攻撃されていたかもしれない。


 妖精の中には人間をきらっている者も少なくないらしいので。


「その剣を見せてはくれまいか、人の子よ」


「はあ。構いませんけど、これはたぶんわたし以外の者には触れないと思うのですが」


 言いながらカイは聖剣を腰から外して緑の妖精王に差し出した。


 受け取ろうとして緑の妖精王は躊躇したように手を止める。


「お父さま?」


「どうやら本物か」


 妖精王の瞳がカイに向かう。


 どうやら聖剣だとわかったらしい。


 疑っていたが確信を持てなかったことに、カイが触れていた剣に自分は触れられないことから確信を得たようだ。


「作り手にすら触れさせぬ剣、か。相も変わらず気位が高い」


「作り手?」


「その剣は遥かなる昔にわたしが創った……いや。わたしの先代が……というべきか。妖精たちの始祖が鍛えた剣だ」


「まあ。ではあれがお祖父さまが鍛えたという聖剣エクスカリバー?」


 妖精の王女が驚いた声を出す。


 その目がカイに向けられた。


「その剣を所持しているということは、あなたが騎士王様ですか?」


「周囲に認められていませんので、まだそう名乗ることのできる身ではありませんが、聖剣を抜いて所持している身という意味ならそうですね」


「認められていない騎士王か。相変わらず人の子は争いが上手とみえる」


「……緑の妖精王」


 たしか妖精王には名がない。


 どの妖精王も「何々の妖精王」といったように呼ばれるのだ。


 たとえば緑を司るこの妖精王が「緑の妖精王」と呼ばれるように、炎を司る妖精なら「炎の妖精王」と呼ばれる。


 4人いる妖精王の中でも最も血筋に優れ、最も力に溢れ、そして最も穏健な妖精王がここにいる緑の妖精王だった。


 その緑の妖精王にすら眉をしかめさせる人間の醜さにカイは小さくなる。


「お気になさらないでくださいね、騎士王様」


「王女様」


「わたくしは緑の妖精王の娘でルナと申します。お父さまはただあなた様の御身を気遣われているだけで、別に怒っていらっしゃるわけではないのです」


「どうして初対面で緑の妖精王がわたしを気遣ってくださるのですか?」


「それはあなた様がわたくしの……」


 ルナがなにかを言いかけると、妖精王がそれを制した。


「ルナ」


「お父さま?」


 ふしぎそうな娘に妖精王は一言だけ言い返した。


「まだ時期ではないようだ。黙っていなさい」


「でも」


「今は騎士王であって騎士王でないような身なのだろう。それでは運命がまだ追いついてはおらぬから、事実を知るのはまだ早い。天使たちにも怒られてしまうだろう」


「大天使ミカエル様がお父さまを叱るのですか? ありえない気がいたしますが?」


「あれならやりかねないな」


 苦笑する緑の妖精王にカイも思わず頷いてしまった。


 たしかにミカエルなら偉大なる妖精たちの始祖の血を引いているという緑の妖精王が相手でも遠慮なく叱り飛ばす気はする。


「全く。ちょっと油断するとこんな悪口を言われるとはね」


 呆れたような声に上空を見れば、ミカエルが浮いていた。


 その背の白い翼をはためかせて。


「ミカエルか」


「セラフィムから連絡が入ったんだ。騎士王が妖精の森に入ったせいで自分は後を追えないって。妖精の森に入れるの、俺だけだからな」


「へえ。さすが大天使。それとも大天使以外の侵入を阻む緑の妖精王が凄いのかな?」


「そりゃまあ世界最大の英雄の血を引く者が、ここにいる緑の妖精王だからな。俺は単なる階級で選ばれた大天使。根本的なところで違うさ」


「階級? あっ。そっか。天使って試験制度を用いているんだ。階級は試験に受かることで上がるんだっけ。血筋じゃないんだよな、重要なのって」


 その試験にはもちろん天使としての力の強さなども含まれる。


 ミカエルは謙遜しているが、血筋ではなく実力で今の地位に上り詰めたのだから、ミカエルも十分誇れるだけの実績と実力が伴っているのだ。


「騎士王は相変わらず俺にだけは敬意を払わないな。なんで緑の妖精王や王女には敬意を払うのに俺には対等に喋るんだ? これでも大天使なんだぞ?」


「あー。それはなんとなく?」


「なんとなくねえ」


 ミカエルは苦々しげに呟いて地上に舞い降りた。


「久しいな、大天使ミカエル。そなたが大天使になって以来か」


「そうですね、緑の妖精王。不義理をして申し訳ない。そのあいだに王女も大きくなられたようで」


「そなたが動いているということは、騎士王として認められているということなのか? 先程の話では」


「妖精王もご存知のように騎士王は皇帝スタインの私生児として産まれています。そのせいで立場が確立していなくて。」


「そうだな」


「でも、それは俺たちには関係ありませんから。騎士王は騎士王。人間が認めようと認めまいと関係ない。現実に聖剣を扱えるのは騎士王のみなんだから」


 人間以外の種族にとって、世界の均衡を保つために産まれる騎士王は重要な存在。


 それはたしかにローズ皇家直系男子、つまり世継ぎにのみ受け継がれる資格のひとつではあったが、そのこと自体に意味を見出だしている者はいなかった。


 騎士王が騎士王であるという現実。


 それ以上の意味はローズ帝国皇帝という地位にはない。


 人々が皇帝という地位を重要視していようと、ミカエルたちにとって重要なのは聖剣の主である騎士王の方だった。


「相も変わらず気性が激しいようだ。大天使ミカエル。大天使という地位についてすこしは変わるかと思っていたが、買いかぶりすぎていたようだな」


 苦笑する妖精王にミカエルの顔に「この人は相変わらず苦手だなあ」と書かれている。


「心を隠すこともしない、か。そなたらしい」


 声を殺して笑われてミカエルも赤くなった。


 この妖精王はミカエルにとって天敵に近かった。


 ルシフェルとは真逆の意味で。


 ルシフェルとは相容れない仲として天敵として認識しているが、妖精王は立場的には似通っているし、決して理解できない仲ではないのだが、何故か勝てないという、そういう変な関係だった。


 負けん気の強いミカエルにとって、そのどうしても勝てないという部分が、妖精王は天敵だと思わせるのである。


「妖精王が王女を大切に育てていることは存じてましたが」


 話題をかえようとするミカエルに妖精王は穏やかに微笑んでいる。


「美しく育ちましたね」


「わたしの自慢の娘だ。どこに出しても恥ずかしくない。それだけに大切にしすぎてしまう嫌いはあるが」


「心中お察しします」


 複雑そうに言われて妖精王は苦笑い。


 そんなやり取りをカイは不思議そうに見ている。


「騎士王」


 振り向いたミカエルに名を呼ばれ、カイは呆れて彼を睨んだ。


「その騎士王って呼ぶのやめてくれよ、ミカエル」


「でも、どっちの名で呼んだらいいんだか不明だし。アンタの場合」


「カイでいいよ。ウェインなんて呼ばれても呼ばれた気がしないし。そもそもウェインは騎士王としての名前だろ? 認められていない今、そう呼ばれることには抵抗があるから」


「だったらカイって呼ばせてもらうけど」


 そこまで言うとミカエルはいきなりカイに拳骨を見舞った。


「痛いっ!! いきなりなにするんだ、ミカエルっ!!」


 頭を押さえて飛び上がるカイに、ミカエルは白けた目を向ける。


「勝手に妖精の森に入った罰だ。ほんとに。機会をみて騎士王として認められてから、ここに連れてくる予定だったのに台無しにしてくれて」


「そんなこと言われても……ここが妖精の森だなんて知らなかったんだ」


 カイの言い訳を聞いてミカエルは深々とため息をつく。


「これが運命ってものなのかな」


 そういうミカエルの眼がルナに向けられ、彼女は控えめに微笑んだ。


「とりあえず城に戻れ、カイ」


「えー。もうちょっと息抜きしたい」


「バカっ!! あんたがいきなりいなくなるから、スタインが心配して手がつけられないんだっ!! 城出じゃないかってっ!!」


「……いや。この歳で家出はさすがに……」


 しないと言いたいが、そうなったらいいなと期待していたのも事実だ


 家出というより家から出されることを期待していたのわ。


「そもそもそんなに焦って城から出なくても、いずれは旅することになるんだし」


「なんで?」


「……ドラゴンの方から出向いてくれると信じているほど愚か?」


 呆れ顔で言われて納得した。


 たしかに竜王に向こうからきてくれるように望んでも無理だろう。


 竜族は元々、外界との繋がりを絶っている。


 その竜王に逢うのだから、カイがいずれは城を出て旅をするというのは、ミカエルたちにしてみれば決定された事実なのだ。


 気づかなかったが。


「親孝行できる期間っていうのは限られてるんだ。旅に出てしまえば、いつ戻ってこられるかは不明だし。今は素直に構われてやれよ。スタインの奴、愛息子に逃げられてみていられないくらい取り乱してたよ。今は落ち込んでるけど」


「……もしかして皇妃さまやアンソニー殿下も、そんな皇帝陛下を知ってる?」


「我を失っているときに、そういうことを隠せるとでも?」


 おまえのせいだと暗に言われて、カイは深々とため息をついた。


 これでまた彼らの恨みを買ったな、と。


 特に子供として扱いの違いを見せられたら、アンソニーたちにしても面白くないだろうし、自分の子ではなく他の女が産んだ子を気にする夫を見たら、皇妃だって同じことを感じるだろう。


 これはそういうことを考えなかったカイのせいだ。


 皇帝に息子としてどれくらい愛されているか、わかっているつもりでわかっていなかったから。


「締めつけがきつくなるかもしれないけど甘んじて受けろよ?」


「ちょっとくらい庇ってくれても……」


「自分が蒔いた種くらい自分で刈り取れ。他人の助力をアテにするんじゃない」


「うー」


 ここまでふたりで話していると、ルナがクスクスと笑い出した。


 カイが不思議そうに振り返ると彼女が意外なことを指摘した。


「仲がよろしいんですね、騎士王様とミカエル様は」


「「……」」


 ふたりして顔を見合わせてしまう。


 出逢ってまだ3度目。


 それで仲がいいと言われても同意できない。


 それほどよく知っている間柄ではないのだが?


「ルナ」


「なんですか、お父さま?」


「彼らを送ってあげなさい」


「わかりました」


「ついでにしばらく騎士王の下で暮らすといい」


「え?」


 ルナは不思議そうな顔をしたが、カイの方は慌ててしまった。


 あの城でカイは厄介者扱いなので、客人を連れていく権利なんてないからだ。


 が、カイが言い返す前にミカエルが両手を打ち鳴らした。


「それはいい案だ。妖精たちに騎士王が置かれている立場を理解してもらう必要があるけど妖精王は無理だし」


「でも、わたくしなどにそんな大役は……」


「わたしがお供いたしましょう」


 そんな声にカイが視線を向ければ、いつのまに現れたのか、妖精王の背後に大勢の妖精たちが控えていた。


 その先頭に立っていた戦士の格好をした青年の妖精がそう言ったようである。

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