交換日記で始める食育

岳谷佐保

自己紹介

「朝山さんのことが好きです。私と付き合っていただけませんか」

「え……」

31年間の人生で、初めての経験だった。

同性に、男に告白された。

「あっ、こ、ここっ交換日記から始めませんか!?」

咄嗟に口から出た返答は、情けなくも裏返っていた。


ーーーーー


『○月△日 (月) 朝山広也様

 先日は大変失礼いたしました。私からの突然の告白に、非常に驚かれたことと思います。にも関わらず、それに対して交換日記という申し出をしてくださり、誠にありがとうございました。

 一回目ということで、まずは自己紹介をさせていただきます。

 名前 原凛音(ハラ リンネ)

 誕生日 九月二十五日

 年齢 二十四歳

 性的指向 G

 出身高校 ✕✕県立✕✕✕高等学校

 出身大学 ▽▽大学

 趣味・特技 バスケットボール、硬筆

 長所 不測の事態にも焦らずに対応できること

 短所 他人との円滑なコミュニケーション

何か質問があればお答えいたしますので翌日以降の日記にご記入ください。

 最後になりますが、私の気持ちを否定しないでくださった事と、このような形でのやり取りを承認してくださった事に、重ねて感謝申し上げます。至らぬ点も多いかと存じますが、これからよろしくお願いいたします。』


 就活生のエントリーシートか?

 今日の退勤前に原くんから手渡されたA6サイズのノート、その1ページ目に書き連ねられた、ボールペン字の丁寧な文章を追う。丁寧が過ぎてなんだか面接官にでもなったような気になるけれど、大袈裟に言えば、もしかするとその表現は間違っていないのかもしれない。

 先週、人生で初めて告白された。相手は同性だった。

 相手の原くんは職場の後輩で、常に落ち着きがあってクールな印象の好青年だ。あまり感情を表に出さない部分を指して「イマドキ」と評されることもある。出会ってから丸2年ほど経つが、自分が好かれているとは気付かなかったなあと、ノートの中のアルファベット1文字を親指でなぞる。

 G。おそらくはゲイセクシャルの略としてのそれを、彼は一体どんな気持ちでここに書き、僕に見せてくれたのだろう。そう考えると、なんだか自分がとても残酷なことをしているような気がした。

 彼女がいたことはあるけれどいつも告白は僕からで、性別に関係なく、誰かに好きだと告白されたのは初めての経験だった。だから、突然の事態に受け入れ方も断り方も分からず、こんな中途半端な形になってしまった。彼の気持ちに応えられるかも分からないのに、期待ばかりさせてしまうのはきっと良くない。

 ひとまず、今日の日記はその旨を伝えよう。

 ……いや、果たしてそれは日記と呼べるのか?


ーーーーー


『○月□日 (火) 曇り

 君に習って、自己紹介から始めようと思いますが、その前に、一つ、伝えておくべきことがあります。

 それは、僕が、君の気持ちに対して、同じだけの気持ちを返せるとは限らないということです。とても無責任に、中途半端なことをして、申し訳ありません。

 もしも、君が許してくれるなら、このように、交換日記という形でですが、君のことを知り、また、僕のことを知っていただけたら、幸いです。

 では、自己紹介を始めます。

 朝山広也(アサヤマ ヒロヤ)、今年で三十一歳、誕生日は六月二十七日、趣味・特技は料理です。

 曲がりなりにも、日記ということなので、何か、今日あった出来事を、書きたいと思ったのですが、これといって思いつかないので、つまらないでしょうが、本日の夕飯の話を、書かせていただきます。

 献立は、白ご飯、鶏むね肉ともやしのしょうが焼き、焼きのり入り卵焼き、豆腐ときのこの味噌汁、それと、昨晩の残りの、ピーマンのごまあえです。

 手前味噌ですが、おいしかったです。

 不思議な関係にさせてしまいましたが、こんな内容でも大丈夫であれば、今後とも、よろしくお願いいたします。

 最後に一つ、質問です。次回からはシャープペンで書いてもよろしいでしょうか?』


「もちろんです!!」

一人暮らしのワンルームに、大きなひとりごとが響いた。出来る限り丁寧にしようとボールペンを使ったのだが、かえって気を遣わせてしまったらしい。所々修正テープの跡があるが、それも朝山さんの真面目さを表しているようで思わず口元がゆるむ。

 このページを印刷して家宝にするか。結構本気で考えるが、果たしてそんな時間があるだろうか。

 昨日渡した小さなノートが返ってきたのは今朝のことだった。こんなに早く返ってくるということはやっぱり駄目なのかもしれないと内心青ざめるも、ちらりと確認したところ、しっかりと1ページ分が文字で埋まっていたので驚いた。どうやら『交換日記』という形を律儀に守ろうとしてくれたらしい。そういうところも好きだなと思う。そして、謝らせてしまって申し訳ないとも思った。

 賛否両論あるだろうが、朝山さんのこのどっちつかずな態度は、優しさと誠実さからくるものだと思う。俺が盲目になっているだけかもしれないとしても、付け入る隙があるならば寧ろ願ったりだ。最終的に断られたところで、今更その程度で折れて病むようなメンタルはしていない。というか、男女間で「大して好きではないが告白されたのでとりあえず付き合ってみる」という事例が見られるのならば、同性間でそれがあっても構わないだろうに。

 さて、少々困ったことになった。そもそも、どうして告白して一週間も経ってからようやく交換日記が始められたかといえば、格好つけたい一心で、俺が相当悩んだからだ。

 使用するノート選びに文章の推敲、綺麗な文字を書くことにも時間をかけた。朝山さんには当然伝えていないことだが、このノートは実は3冊目だ。途中で書き損じる度にノートを新しい物に変えたから。奇を衒わずシンプルな物にしてよかったと、その時に思った。

 今から文章を考えて、推敲して、書道よろしく丁寧に丁寧に書き記したとして、明日の朝に間に合うだろうか。

 とにかくまずは腹ごしらえをしようと、朝山さんの手料理に思いを馳せながら、俺はカップ麺を開けるのだった。

 

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