野獣先生に、教科書なんていらない

味噌村 幸太郎

第1話 さ、みんなも一緒に!


 中学3年生の二学期、副担任として、非常勤の先生が赴任してきた。


「やぁ! みんな、僕の名前は、野獣 十兵衛やじゅう じゅうべえ。非常勤だから、三年生の君たちと一緒に卒業まで頑張ろう!」


 そのキラキラした目で、僕たち生徒を一人ひとり見つめる。

 反抗期だった僕は、正直、暑苦しい教師が来たなとため息を漏らす。

(めんどくせーな。この熱意、どれだけ持つんだろう?)


 野獣先生が担当する授業は、確か『公民』だったと思う。


 いつも元気いっぱいだった先生だけど、その日は様子が違った。

 瞳の輝きは消えかけていて、白目が充血している。

 顔も真っ青。


 教壇に立つと、緊張からか、手がめっちゃ震えていた。


「あ、あの……今日、僕は教師になって、初めての授業なんだ。君たちが人生で初めてなんだ。至らない点とかあったら、授業終わったあと、ちゃんと、僕を叱ってね」


 後ろの席で、その姿を見つめていた僕は、笑いを堪えるのが大変だった。

 気張りすぎだろうと。


「じゃあ、授業を始めます。先生、徹夜で一生懸命考えました。君たちが、いかにわかりやすく、僕の授業を聞いてもらえるかを……なのでっ!」

 持参してきた大きなバッグから、白い紙を何枚も取り出す。

 そして、それらを黒板に貼り付けだした。黒板が真っ白になってしまう。

 先生曰く、徹夜でマジックで書いてきたらしい。


「チョークで書く時間が省けるから、毎回、これでやろうと思うんだ!」

(えぇ……)


 僕は正直、効率悪くないか? と思った。

 それに毎回、野獣先生が徹夜して書いてくると考えると、「この人潰れるな」と不安になる。


「さて、授業を始めたいんだけども……教科書を取り出してくれるかな?」


 言われて、みんな一斉に公民の教科書を開く。


「うんうん、偉いね。じゃあ、悪いけど、最後の方のページ、196ページを開いて」

(ん? なんで急に最後のページなんだ?)


 首を傾げながら、開いて見せる。

 先生に指定されたページをみんな開き終えると、次の指示を待つ。


「よぉし、用意できたね? ちょっと、待ってね……」


 9月とはいえ、まだ暑い。

 先生は、スーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくる。

 太い両腕からは、もじゃもじゃの毛が。ジャングルってレベル。


 僕がその男らしい腕に、動揺していると、先生は、教科書を高らかに掲げる。


「じゃあ、今から先生と同じことしてねぇ♪」


 ざわつく教室。

 野獣先生はニッコリと微笑むと、次の瞬間……。


「フンッ!」


 なんと、教科書を数十ページも破ってしまった。


 静まり返る教室。


「さあ、君たちも一緒に! 僕と一緒に教科書を破ろう!」

(ファッ!?)


 僕は連日の暑さと徹夜の作業で、先生の頭が壊れたかと思った。


 辺りを見回すと、みんな一ページずつだが、ビリビリ破りだす。

(えぇ……マジで破るの? これ、あとで担任教師に叱られないか)


 どうしていいか、わからず、僕が固まっていると、野獣先生がのしのしと、こっちに近寄ってくる。


「君は確か、味噌村くんだったよね?」

 ニカッと白い歯を見せる。

「そ、そうですけど……」

「さあ、君も破ろう!」

 親指を立てて笑っている。

 正直、狂気さえ感じた。

「野獣先生、お言葉ですが……なんで、教科書を破るんですか?」

「いい質問だね、味噌村くん。僕が破ったページは、日本国憲法なんだ!」

「は?」

「だから、こうして、破って、ホッチキスでまとめよう!」

 そう言って、破ったページを一つの冊子にしてしまった。


「なんで、そんなことするんですか?」

「それは日本国憲法だからさ! 日本人として、常に携帯していた方がいいよね? だから、教科書を毎回開くより、こうして破った方がいいと思うんだ! さあ、君も破って、日頃からこれを読みまくるんだ!」

「……すみません。先生、ちょっと言っている意味、わかんないです」


 すごく型破りな授業で、僕は強い衝撃を受けました。

 でも、その後、みんなが憲法をちゃんと読んでいるところを見たことないです。僕も含めて。


 ただ、野獣先生は生徒思いのすごく良い教師です。

 今でも連絡を取り合う仲なので。


   了

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