助手席

ヴァンター・スケンシー

第1話 助手席

自動運転、安全機能、車の機能はドンドン進化していって交通事故は激減した。

しかし、車を移動手段としてではなく、運転そのものを楽しむ人間は残っていた。

昔は、MTといって、クラッチを踏まなくてはギアを変えれないものすごく不便な車があったらしいが、それを好んでいた人間がいたらしい。

今時、車を自分で運転する人間なんては数少ないが、俺はその数少ないタイプの人間だ。


車を買い換えることにした。

今の車は気に入っていたが、俺には車以外にこれといって趣味がない。

貯まった貯金で憧れの車を買うことにした。

最新型の車ではなく、旧車を最新型にカスタムした物だ。

子供の頃憧れていた車だ。

見た目は旧車だが性能は最新の車と変わらないようにした。

自動運転や、安全機能も勿論最新の物にした。

そして、今悩んでいるのがナビゲーションシステムだ。

自動運転が主流になった世の中、カーナビと呼ばれるナビゲーションシステムを搭載している車はもうない。

AIが搭載されているOSが標準装備されているので、目的地に行くルートなんて知る必要はないのだ。

しかし、自分で運転を楽しむニッチなユーザーに向けてカーナビを作っているメーカーは数社あった。

このカーナビが実はかなり高額なものだった。

安全性を担保しながらも、自動運転ではなく、手動運転も可能とするシステムは開発に費用がかかった、そしてさっきも言ったようにニッチな趣味なのでそんなに沢山売れる物ではない、したがって大量生産はできないので価格は高くなる。

安い車をもう一台買えるくらいの値段だ。


これまたさっきも言ったように俺には車以外に趣味はないので金をかけることに対しては抵抗がなかった。

複数のカーナビを吟味して最新型のカーナビを搭載することにした。


欲しい機種があった。

数年前、とある日本の企業が人気アニメとコラボをした。

ヒロインのCGホログラムが、助手席に乗って一緒にドライブをしながらナビゲーションをしてくれるという画期的なものだった。

勿論声もアニメと同じ声優が担当している。

大ヒットだった、それまでのカーナビに比べると信じられないくらいの価格にもかかわらず、売れに売れた。

購入者は、もともとそのキャラの痛車を作るくらい車にお金をかけている連中がほとんどだったので、あまり驚くべきことでもなかったが。


ここから各社の競争がはじまった。

いろんなキャラとのコラボ、初めはアニメキャラなどのCGがメインだったが、ある会社がハリウッド俳優とコラボした。

ホログラムの技術もドンドン上がり、本当に人が助手席に座っているんじゃないかという錯覚を起こすまでのレベルまできていた。

その競争に終止符を打つような商品が登場した。

大手2社のホロカーナビ部門で提携を結んで商品を開発した。

プリセットで、数名のアニメキャラ、俳優、女優などが使用できる。

ショップには、それ以外のキャラなどが販売されており、どんどんキャラや有名人の商品が追加されていった。

ナビ本体だけではなく、そのあともソフトで利益をあげるというビジネスモデルを作り上げ、この商品は稀にみるヒットとなっている。


そして、このホロナビにはもう一つの売りがあった。

高度なAIを搭載していて、自分好みのキャラを作ることができた。

スマートフォン、スマートウォッチなどと連動し、パーソナルデータを取り込むことで、より自分好みのキャラが制作できる。

お金を出して、好きなアイドルのソフトを買わずとも自分で作ってしまえば、好みの女性とドライブできるのだ。

そうつまり・・・バーチャルな彼女とドライブができる。

俺はその機能でこの商品を買うことを決めた。


納車された初めての週末、天気も良いので俺ははじめてドライブにいくことにした。

プリセットのキャラでのナビは試してみたが、カスタム・・・いや彼女とドライブをするのは今日がはじめてだ。


まず、彼女を作るところからはじめた。


『パートナーのタイプを選んでください』


「えーと・・・『彼女』と・・・」


『『彼女さん』がどんな人か教えてください』


ナビのAIからの質問を数点答え・・・


『パーソナルデータと同期しますか?同期するとよりあなたの好みに近づけることができます』


「『はい』と」

俺は使い古したスマートフォンのデータを同期させた。


『パートナーを生成しています、少々お待ちください』


30秒ほど待つと


『パートナーの生成が完了しました、助手席に座らせますか?』

『作り直したい場合は「チェンジ」を選択してください』


なんだか・・・風俗みたいで嫌だな・・・『チェンジ』はしたくないな・・・・


「『はい』と」


助手席に1人の女性が現れた・・・


「どこに行こうか?タカユキ!」


おおお・・・・・・・・・・・・・・・

すごい・・・100%だよ・・・・

顔、髪型、体型、服装、何もかも予想通り。

そして、声、仕草も・・・チェンジはなし!!!


「海を見に行きたいんだよね、天気もいいし・・・そうだな海浜公園でもいこうかな」


「いいね!おっけー!えーと・・・高速使うと1時間くらいだけど」


「あっ高速は使わないで行きたいな、途中から海沿いの道を走れるはずだから」


「わかった・・・うん・・渋滞はなさそうだから、1時間半くらいで着くかな」


「ちょうど良いね。じゃあ出発」


「しゅっぱーつ!ふふっ」


俺は彼女と初めてのドライブに出発した。

しかし、本当にすごい技術だ。ホログラムとは思えない映像だ、肌の質感までわかる。

本当に助手席に彼女を乗せているようだった。


「この車かっこいいね、かっこいいっていうか可愛いね」


「でしょ?一部のマニアに人気でさ、なかなかいい中古がなくってすごく探したんだよ」


「内装のセンスも・・・タカユキっぽい笑」


俺のパーソナルデータを同期させているので、『ライフログ』ヘルスデータ、SNSの投稿、ネットで何を買い物しているか?どんな映画をみているか?どんな音楽を聞いているか?さまざまな情報をAIが解析して違和感のない会話をしてくれた。


「いやぁ・・・最近仕事忙しかったから、良い気分展転換になりそうだよ」


「そうだね・・・少し痩せた?あんまり無理しない方がいいよ」


「いやぁ・・・この車買っちゃったから、ローンがあるからね、頑張らなきゃ」


「体壊したら、車にも乗れないんだからね!」


・・・・彼女だ・・・彼女との会話だ・・・

このAIは学習機能が高いという噂だった、会話をすればするほど、より人間らしくなっていくらしい。


「あっ、次の信号左だよ」


ナビのタイミングも絶妙だった。会話をしながらでも違和感なく、絶妙のタイミングでナビをしてくれる。

ほんとにすごいな・・・買ってよかったよ。

俺はドライブをしながら彼女との会話を楽しんだ。


「あっ・・・この店最近流行ってるらしいんだよね・・・」


「へぇ〜、でも・・タカユキの好みじゃなさそうだけどな笑。ちょっとオシャレすぎる」


「え?それじゃ俺オシャレじゃないみたいじゃん笑」


「あはは、ちがうよー笑。好みじゃないかなぁって笑」


「まあたしかになぁ・・・もうちょっと庶民的な店のほうが好きかもなぁ」


他愛もない会話が楽しかった。

たしかに最近仕事が忙しく、家と会社の往復、週2はテレワークで、ろくに人と会話をしない日が続いていた。

AIだとわかっていても、人とのコミュニケーション・・いや、彼女とのコミュニケーションが楽しかった。


しばらく車を走らせると、少し見晴らしがよい風景が見えてきた。

本当に天気がよかった。雲一つない空が広がっていた。


「いい天気だね〜、気持ちいい」


「ほんとだね、ドライブ日和だわ」


「高速乗らなくてよかったね、あっ海が見えてきた」


「でしょ?なんか音楽聞きたくなってきた、なんかさ、気持ちいい感じの音楽かけてよ」


「おっけー、ちょっと待ってね〜」


彼女は俺のプレイリストの中から曲を選んで流してくれた。

1曲目は軽快なロックだった、俺の好きな曲。


「お!!いいねぇさすが!!わかってんじゃん」


「ノリノリになりすぎてスピード出しちゃダメだよ〜」


「大丈夫大丈夫笑。スピード出しても安全システムが警告してくれるし」


彼女を乗せて音楽を聴きながらドライブ。たのしいー笑

音量も会話の邪魔にならない程度の絶妙のボリューム。

これ、病みつきになりそうだ。

何曲か曲が流れて、ちょうど海沿いの道に入った頃、ある曲が流れた。


「あっ!私この曲好き〜」


「・・・え?」


彼女は、曲を聴きながら小さい声でその曲を口ずさんでいた。


「タカユキも好きだよね〜、カラオケでよく歌ってるもんね」


「ああ、うん」


『ピーピー、ハンドルをしっかり握ってください』

車の安全システムの警告音が鳴った。


「なにやってんの〜しっかり運転してよ〜笑」


「ああ、ごめんごめん、ちょっと聞き入っちゃったよ笑」


海浜公園が近づくにつれ、どんどん海辺の景色は綺麗になっていった。

太陽の光が反射して海が綺麗に輝いていた。

しばらく走ると海浜公園の駐車場に着いた。

ここの駐車場からみえる海は、まさしくオーシャンビュー、車のフロントガラスから見える風景は海しか見えない。

今日は天気も良いのでまさしく絶景だった。


「とーちゃく〜、運転おつかれさまでした〜」


「うん、スムーズに来れたね、・・すごい景色だね」


「うん、綺麗だね〜」


「夕焼けはもっと綺麗らしいんだよなぁ・・・」


「綺麗そうだねぇ・・見てみたいなぁ・・・」


「今度見にこようよ」


「・・・・・う〜ん・・・・・」


「え?どうしたの?」


「私は、この風景みれただけで満足だよ」


「え?なになに?どうしたの?笑」


「前にきた時は雨だったから、天気が良いこの風景見れただけで満足」


「え・・・・・」


「ねえ・・・さっきも言ったけど、痩せたね。ちゃんとご飯たべてる?」


「え?いや・・・・」


「コンビニのご飯ばっかじゃ、栄養偏っちゃうよ」


「・・・・うん」


「タカユキの好きなゴーヤチャンプルのレシピ、メモ残ってるでしょ?あんなの炒めるだけだからタカユキでも作れるよ〜」


「・・・・・うん・・・うっ・・・・」


「釣りもフットサルも全然行ってないじゃん、だめだよ体動かさなきゃ」


「・・・うん・・・・・・うっ・・・・・・・」


「ドライブ楽しかったよ、でも、今度はちゃんと彼女のせて夕焼け見にきなよ」


「・・・うん・・・・・うっ・・うう・・・・うぐ・・・・」


「タカヒロに幸せになってほしいな、彼女を助手席にのせたら・・・・まあ・・ヤキモチくらいはいい?」


「・・・うん・・・ううううううぅぅぅぅ・・・・・・・・・」


彼女は・・・3年前に病気で死んだミカに瓜二つだった。

見た目も、声も、仕草も・・・

俺の100%理想の彼女・・・・・・・

あの曲もミカが好きだったから、カラオケでいつも歌っていた曲だ。

この場所は俺がはじめてドライブデートに誘ってミカと来た場所だった。

デートプランを考えて、車の中でかけるためのプレイリストも作った。

でも、その日は雨だった。

雨の海を見ながら俺はミカに告白した。

ミカはオッケーしてくれて「今度は晴れた日に来たいね」と言ってくれた。

付き合ってから、いろんなところに遊びに行ったけど、ここには来てなかった。

ミカの最後の言葉は「私のことは忘れていいから幸せになってほしい」だった。


俺はミカが死んだ後、なんにもやる気が起きなくなった。

趣味だったフットサルも、釣りにも行かなくなった。

ミカが言う通り、あれから10kgも体重が減った。


「私には車の中ではこうやっていつでも会えるよ、でもタカヒロ、車の中だけじゃ生きていけないよ」


「・・・うん・・・・」


「言ったよね?幸せになってほしいって・・・・」


「・・・・うん・・・うん・・・・・・」


俺はカーナビを消して、自動運転に切り替えた。

行き先は・・・・・

帰りの車内でもう一度あの曲を聴いた。

今度は俺がちいさく口ずさんだ・・・・・


目的地に着いた。

中古車販売店。

俺は買ったばかりの車を売った。


家までは少し距離があるが、歩いて帰ることにした。

運動不足だったからな・・・自分の足で歩いて帰ることにした。

そうだな・・新しい一歩を踏み出さなきゃな・・・・自分の足で・・・・


「ミカ・・ありがとう・・・・」

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助手席 ヴァンター・スケンシー @vantar

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