第91話 戦いの後

 目を覚ますと、真っ白な天井が視界に映った。左右に視線を動かせば、広々とした部屋に豪華な調度品が置いてある。その様子から、間違いなく夢幻大地の拠点でも、ドーラル王国の自分の部屋でも無いことは分かった。では、僕はいったいどこで寝かされているのだろうと、疑問を浮かべながら身体を起こそうと力を入れると、とてつもない虚脱感が襲ってくる。


「うっ!力が上手く入らない・・・あれからどのくらい時間が経ったんだ?」


結局起き上がることを諦め、そのままベッドの上で天井を見つめながら、あれからの事を考えた。幸いにして身体の感覚は戻っているので、戦いが終わった直後から比べれば、体調は回復しているのだろうということは分かった。


ぼんやりと天井を見つめながらそんな事を考えていると、部屋の隅から足音が聞こえてくた。


「お目覚めでしょうか、ジール・シュライザー様?」


声のする方に視線を向けると、執事服を来た壮年の男性が、僕の顔を覗き込んでいた。どうやらずっとこの部屋で僕の様子を見守っていたようだった。


「あっ、気づかずにすみません。今起きたところです」


「左様でございますか。お身体の加減は如何でしょうか?」


柔和な笑みを浮かべながら体調を尋ねて来る執事さんに、僕は苦笑いを浮かべながら答えた。


「身体が怠くて・・・ちょっと動けそうにないです・・・」


「それも致し方ありませんでしょう。何しろシュライザー様は、一ヶ月近くも眠っておいででしたので」


「・・・えっ!?」


当然だというような表情を浮かべながらとんでもない事を言う執事さんに、僕は目を見開いて驚きも露わにした。


「後ほど詳しく状況をご説明致しましょう。ですが、先ずは少しでも食事を摂った方がよろしいかと」


「いや、食事より(ぐぅぅぅ!!)」


「・・・ひと月近くも食事をしていないのです。少しでも食べなければ、身体を動かすエネルギーもありませんでしょう」


僕の言葉を遮るように、盛大にお腹の音が鳴ってしまい、僕は顔を赤らめた。そんな僕に対して執事さんは内心を伺わせない為になのか、ずっと柔和な笑みを浮かべ続けていた。



 肉体的には久しぶりの食事ということで、僕の目の前にはスープ等の消化の良い料理が並べられている。自分の力では食事をするどころか、身体を起き上がらせることもできないので、追加で僕より少し年上であろう2人の執事さんが色々と介助してくれ、1時間程掛けて胃を満たした。


「・・・それで、あれからどうなったのか聞いても良いですか?」


食事も済み、また壮年の執事さんと部屋に2人になると、僕は遠慮がちに最初の質問に戻った。


「それでは、シュライザー様が2体のミュータントを討伐してから、今日こんにちに至るまでをお伝えしましょう。内容は全て各国の王女殿下や、前線で戦っておられたクルセイダーの方々の報告からの抜粋となりますが、ご容赦ください」


そう前置きすると、執事さんは僕の方を真っ直ぐに見つめながら、僕が気を失ってからの事を語りだした。



 曰く、殿下達は気絶した僕を抱えて、拠点へと移動したとのことだ。その際に討伐の確認として、左右に真っ二つにしたミュータント2体の亡骸も、近くに居たサポーターを使って搬送したらしい。


拠点では、各防衛ラインの情報も集まっており、僕がミュータントを討伐した時と時間を同じくして、害獣の動きに変化が見られたとのことだ。統率の取れた動きから、急に滅茶苦茶な動きになり、最終的には害獣同士で争いを始めるという、当初の予想通りの結果になったようだ。そうして残った害獣も散り散りとなっていなくなり、作戦は成功という結果になった。


ただ、それまでの戦闘による被害も甚大で、死者150名、重傷者700名以上、軽症者まで含めると、今回の作戦で戦闘に参加したほぼ全員が何らかの怪我を負ったということだった。



 しかし、ここで問題が起こった。負傷者はほぼ全員なのだが、聞いて字のごとく、無傷の者も居た。通常であればそれ自体におかしなところは無い。あの激闘の中で無傷だったとしても、「運が良かったね」ということで片が付くはずなのだが、奇しくもその人物は、一番危険な最前線でミュータント2体を相手にしていたはずの5人の王女殿下達だったことから、当時の状況について何があったかの関心を大いに集めてしまったらしい。


着ていたクルセイダーの制服はボロボロで、所々に大きく血が滲んでいるにも関わらず、身体には全く傷が見当たらなかったという不自然極まりない状態も相まって、特に国家の上層部は興味を強く示し、夢幻大地から帰国後に聴聞会まで開かれたそうだ。


殿下達は当初、様々な質問事項について「奇跡だった」とか、「たまたま運が良かった」等、あくまでも服の損傷については返り血や服一枚の差で傷を負わなかったという返答に終止していたらしいが、さすがにそれでは説明が付かなかったり、矛盾があったりと、最終的には情報隠匿として国家転覆罪の疑いを掛けられてしまうことになり、そこで何が起こったのかということを説明せざるを得なかったということだった。


そこで明かされた僕の能力が、聴聞会の出席者全員を驚愕させる事となったらしい。重傷を負った者を、一瞬で治癒させることが出来る能力。人外の化け物とされたミュータント2体を、ほぼ単独で討伐せしめた実力。それらの情報が、僕の扱いを根底から見直す切っ掛けとなってしまったとのことだった。



「・・・あの、見直すというのは、具体的に僕はどうなるのでしょうか?」


 そこまでの状況を聞かされた僕は、嫌な予感を浮かべながらも、執事さんに聞いてみた。


「残念ながら、未だ決まっておりません。この作戦が始まる前には、各国が異種族間との婚姻を認める条約を締結するという話も白紙に戻っております」


「えっ?そんな条約が?」


「ドーラル王国としては、なんとしてもシュライザー様を国内に留め置きたいという思惑がありますし、他国としても、シュライザー様を自国に招きたいという考えがあったのでしょう。結果、各国の関係は今まで通り、少しギスギスした状態に逆戻りになってしまいました・・・」


執事さんがどこか遠くを見ながら悲しげに話す内容に、僕は申し訳なく思ってしまった。僕の存在で各国の関係が悪化したなどと聞かされれば、どうすればいいか分からなかったからだ。


「そ、その・・・僕は一体どうすれば・・・?」


話のスケールが大き過ぎて、何をどうしたらいいのか全くわからない僕は、これだけの情報を把握している執事さんなら、何かしらの解決手段を持っているだろうと、期待を込めて聞いた。


「申し訳ございません。私ごとき立場の者が、シュライザー様にご助言など恐れ多いことでございます」


「えぇ・・・」


恭しく頭を下げ、年下であるはずの僕に仰々しい言葉を使う執事さんの対応に困惑する。あたふたと目を泳がせている僕に、執事さんは苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「僭越ながら、シュライザー様は今のご自身の状況をお分かりでないご様子」


「状況ですか?大陸屈指の実力を持つクルセイダーであるとは殿下達から指摘されていますので・・・そうではないのですか?」


執事さんの言葉に、僕は恐る恐る聞き返した。


「先程申し上げました通り、シュライザー様はほぼ単独で、数多のクルセイダーの皆様が苦戦したミュータント2体を討伐し、重症者の治癒までも一瞬で成し遂げるお方・・・そのような存在、この世に2人とて居りますまい。すなわち、その御身はもはや国を統べる国王陛下と同等、いえ、それ以上の価値があると言っても過言ではないのです」


「・・・そ、そんなに!?」


執事さんの熱の籠もったような話し方に、僕は静かに息を呑んだ。


「もちろんでございます!今後の害獣討伐においても、決闘においても、シュライザー様の存在だけで国が格段に繁栄するだろうと考えられる状況なのです。そして、そのお子様も同じ様な能力を持って生まれる可能性を考えれば・・・」


「・・・つまり、僕を狙って各国が争うのは当然だと?」


「左様でございます。ただ、決定的な状況にならないようにと、各国の為政者の方々、特に、シュライザー様と親交の深い王女殿下の方々は、色々と頑張っておられると耳にしております。その影響もあってか、王女殿下の方々から中々お見舞いに顔を出せずに申し訳ないという伝言を預かっております」


「・・・・・・」


いつの間にやらとんでもない状況になってしまっていることに、僕は深い溜め息が出そうだった。きっと王女殿下達もそうなることを予想して、当初は僕の行った事について隠そうとしてくれていたんだろう。ただ、結果としてそれは上手くいかず、更には皆さんに迷惑を掛ける事態にまで発展してしまっている。


しかも、今の自分は動くことさえままならない状況の為、何をすることも出来ずに八方塞がりな状態だ。



「・・・あの、ところで、ここはどこなのでしょう?」


 しばらく考え込むが、何もいい案が浮かんでこなかったので、もう一つ気になっていた事を確認した。


「ここはドーラル王国王城の貴賓室でございます」


「き、貴賓室ですか?」


貴賓室といえば、国賓級の要人を招く際に使われる部屋だと聞いたことがある。そんな部屋を僕が使っていることに、驚かずにはいられなかった。


「今後はこういった待遇にも慣れていただかなくてはなりません。シュライザー様はそれだけの存在なのだということです」


「は、はぁ・・・あの、王女殿下達に会うことはできますか?」


慣れろと言っても急には無理なのだが、一先ずは自分を落ち着かせて、今得られた情報を整理することにした。そんな中で皆さんの様子が気になった僕は、会えるかどうかを確認する。


「残念ながら、先程申した通りお時間の調整が付かない状況でございます。シュライザー様のご意向はお伝えしますが、すぐに会えるかということは確約できません」


「そ、そうですか・・・分かりました、お願いします」


「畏まりました」


そう言うと執事さんは恭しく頭を下げ、部屋をあとにした。代わりに別の執事さんが入室して、部屋の隅で待機しながら、僕の方へと視線を向けてくるのだった。

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