第90話 限界の先 後編


 ジール・シュライザーの慟哭が響く。その瞬間、辺り一帯を彼の大量のアルマエナジーが満たした。


しかし、その事に気づいたのはミュータント・1だけであり、5人の王女殿下達は周囲の微妙な変化に気づく事無く、攻撃の手を止めることはなかった。それは捨て身の攻撃で、例えカウンターを貰おうが一矢報いてみせるという決意の籠った攻撃だった。それ故、初めから防御は捨て、攻撃に全神経を集中していたが為に、他の事に注意を向ける余裕が無かったのだ。


彼女達は死ぬ覚悟を決めていた。その覚悟を持ってミュータント・1と相対した。せめてもの心残りを払拭するため、愛する人に自分の初めての口付けを残して。自分達が倒れれば、次は彼の番であろうということも理解していた。それでも、もしかしたら何か奇跡のような事が起こり、彼だけは生き残るかもしれない。そんなありえない希望を抱きつつ、彼に別れを告げた。


自分達は奴の気まぐれで生かされている。攻撃を続けている最中、5人の王女殿下はそう悟っていた。理由は不明だ。もしかしたらミュータント・1には人間に近い意識や感情があって、敵である自分達に絶望の縁を味わせてから止めを刺そうとでも考えたのかもしれない。真相は不明だったが、そんな奴の気まぐれの中で生まれた僅かな時間が、今の状況に劇的な変化をもたらした。


『$%#@*+¥#%』


「っ!?な、何だ!?」


言語化出来ない、表現し難い叫び声と共にミュータント・1は、初めてその表情を明確に変えた。焦りとも、怯えとも、恐怖とも取れるその顔に、疑問の声をあげたのはジェシカ殿下だ。


「っ!!今ですわ!!」


突然の相手の変化に唖然としつつも、動きが止まっている今こそが好機であると判断したレイラ殿下は、口を開けて叫び声をあげているミュータント・1のその口内目掛けて手にしていた槍を手放し、自らの右拳を捻り込む。


『$%#*+&!!!』


「これでーーーーっ!!!」


レイラ殿下の拳に握られていたのは、初めてジールと出会った時、彼が限界寸前までアルマエナジーを吸収させた、あのアルマ結晶だった。レイラ殿下は今回の作戦で、そのアルマ結晶をお守りとして肌身離さず持ち歩いていたのだ。


そして、急造の作戦だが、レイラ殿下はミュータント・1の討伐について、外部的な肉体の損傷は不可能だと判断し、内部的な破壊を試みようと提言していた。即ち、奴の体内にアルマ結晶を打ち込み、身体の中から爆破させるというものだ。


ただ、遠隔で爆破するなどという準備を整える余裕は無かった為、自らのアルマエナジーを引き金に、自分ごと爆破するつもりだった。そしてその為の隙を他の殿下達全員で作り、体内に打ち込めれば全員で相手を抑え込むという算段だ。当然至近距離にいる殿下達も、その爆破の影響を受ける。下手をすれば、いや、まともに防御体勢などとっている余裕が無いことを考えれば、間違いなく死ぬだろう。


それでも王女殿下達は、全員その無謀な分の悪い賭けとも言える捨て身の作戦に賛同した。正直に言ってしまえば、その作戦以外に効果的な手段が思い付かなかったのだ。


そして、今まさにレイラ殿下が自身のアルマエナジーを結晶に流し込み、自らの命と引き換えにミュータント・1を討伐しようとした時だった。


「えっ?きゃっ!!」


「「「なっ!?」」」


突然、レイラ殿下を含めた王女殿下達はミュータント・1から身体を引き離された。レイラ殿下はその衝撃で、握っていたアルマ結晶を地面に落としてしまう。その様子に、後方に身体がを引かれながらも事の推移を凝視していた他の殿下達は、目を丸くして驚愕した。何故なら、レイラ殿下の腰回りを、水色の腕が掴んでいたからだ。そう、水色の腕だけが突然そこに現れたのだ。そしてその水色の腕は、自分達の腰にも存在していた。


直後、地面に落とされたアルマ結晶が、眩い光と共に爆発した。


「しまっーーー」


その光景に、作戦の中核を担ったレイラ殿下は、歯噛みをしながら両腕で顔を庇った。本来ならそんなことをしても、無意味なまでの衝撃が身体を襲うはずだったのだが、不思議なことにいくら待っても衝撃はやってこなかった。


「っ???」


怪訝な表情を浮かべながら、レイラ殿下はどうなっているのか確認するために目を開けると、自分が水色をした半透明の膜のようなものに包まれている事に気が付いた。


「こ、これはいったい・・・」


「っ!ジ、ジルジル!!」


状況が分からず呆然とその膜のようなものを見つめていると、パピル殿下が焦りを含んだ声音でジールの名前を呼んでいた。その叫びに、殿下達全員が彼が居た場所へと視線を向けると、そこには瞳を水色に染め、殿下達の方へ腕を伸ばしたジール・シュライザーの姿があった。


『@#%&!!』


ミュータント・1だけは爆発の影響を受けたようだったが、やはりその身体には傷一つ負っていない。そして奴は、周りに居る王女殿下達を無視し、ジールの方へと殺到した。その両手には、陽の光さえも吸収してしまいそうな、歪な形をした漆黒の長剣が握られていた。


「無駄だ」


小さく、だがハッキリとした警告だった。ジールは自らに迫り来るミュータント・1に視線を合わせると、手のひらをやつに向ける。


すると・・・


『&%$#*@!?』


ミュータント・1の身体が急停止し、不自然な姿勢のまま動かなくなった。その姿はまるで、何も無いはずのその場に張り付けにされているかのように。


「アルマエナジーは魂の力。例えミュータント・1と言えど、具現化した武器を破壊されれば、相応の痛みをその身に味わうだろう?」


ジールはそう言いながら、ゆっくりとミュータント・1の方へと歩み寄っていく。着ているクルセイダーの制服はボロボロなのだが、破れた制服の隙間から覗くその身体は、不思議とどこも怪我をしていない状態に見える。


「ジール・・・君?」


普段とは違う彼の様子に、怪訝な声を浮かべるキャンベル殿下だったが、そんな彼女の呼び掛けに、彼は優しく微笑みを返すだけだった。


「あれ?身体が・・・痛くない?」


最初に自分の身体の異変に気づいたのはパピル殿下だった。先の戦闘で彼女は腹部に複数の裂傷と打撲を負っており、身体を動かすだけで激痛が走っていた。それを鎮痛剤を用いて無理矢理に動かしていたのだが、それでも鈍い痛みが常に身体にはあった。それが今は全く感じなくなっていることに、驚きの声をあげたのだ。


「オ、オレもだ・・・何故?」

「わ、わたくしも・・・」


パピル殿下の声を切っ掛けとして、王女殿下達は次々に自らの身体の異変に気づいた。その様子にジールは微笑みを浮かべながら口を開く。


「皆さん、安心してください。皆さんの怪我は治しました」


事も無げにそう発言するジールに、王女殿下達は驚愕した。重傷を負った身体を一瞬で治癒するなど、聞いたこともないからだ。自らのアルマエナジーを用いた治療方法は有るにはあるが、あくまでも肉体を活性化して治癒力を高める程度の効果しかない。精々、全治10日が5日になるくらいのものだ。しかもそれは、他人に作用する類いのものでは無い。そうなるとジールが見せた治癒は、奇跡と称しても過言ではないものだった。だからこそ、5人の王女殿下達は驚きを隠せなかった。


「えっ?な、治したって、ジールさんがなのです?い、いったいどうやって?こんな一瞬で治るなんて聞いたこと無いのです!き、奇跡なのです!」


半ば錯乱したように矢継ぎ早に言葉を続けるルピス殿下に対し、ジールは苦笑いを浮かべながら口を開く。


「僕がそうしたかったからです。詳しくは分かりませんが、出来るような気がしたので・・・」


彼の言葉に、この場の全員は唖然とした。出来そうだからやっただけと言われても、理解の範疇を越えた現象に、頭が追い付かなかったのだ。そんな王女殿下達を尻目に、ジールは言葉を続ける。


「少し待っていて下さい。今、皆さんを苦しめた元凶を取り除きますので」


そう言うとジールは、ミュータント・1の正面で立ち止まると、水色の長刀を具現化し、全く表情を変えること無く横に一閃した。


『ーーーーーーっ!!!!!!』


ミュータント・1は、声にならない悲鳴とでも言うべき叫びをあげた。自らが両手に持っていた具現化武器を破壊されたからだ。さっきまでジールの具現化武器と互角以上の強度を誇っていたはずの漆黒の長剣は、まるで小枝が折れるような呆気なさで破壊されていた。


「痛みを感じるのか・・・君は、君達は、僕達人間のように意思を持った存在なんだろうね。せめて敵対ではなく・・・いや、今さらだよね。ここまで来てしまった以上、決着を着ける必要がある・・・」


少しだけ悲しげな表情を浮かべるジールに、ミュータント・1は口から緑色の血の混じった泡を吹きながらも、憎しみの籠った目を向けていた。そんな奴に対してジールは長刀を上段に構えると、動けないでいる奴の頭に向かって振り下ろそうとした瞬間、異変を察知したように後方へ飛び退いた。


「なっ!ミュータント・2!?」


驚愕の声をあげたのはジェシカ殿下だった。突然巨大な何かがジールとミュータント・1の間に割り込んだのだ。それは最初に戦っていたミュータント・2であり、奴はミュータント・1を庇うようにして両手を広げてジールの前に立ちはだかっていた。


更に・・・


「ちょ、ちょっと・・・あれってもしかして老成体?」

「嘘でしょ!?あの数・・・」


パピル殿下が遥か先を指差しながら、恐怖に震えた声をあげた。その言葉に、キャンベル殿下は驚きと不安の声をあげた。その視線の先を全員が見ると、砂煙をあげながらこちらに接近してくる巨大な生物が見えた。この距離からでも視認できる大きさから、間違いなく老成体だろう。しかも、その数は数えるのも嫌になりそうな程だった。


「心配要りませんよ、皆さん」


恐怖に顔を歪めてる王女殿下達に、ジールは優しく語り掛けた。そして、いよいよ老成体の姿が鮮明になる距離まで近づいて来たとき、異変が起こる。


「えっ?ど、どうして?」

「老成体達が・・・急に倒れたのです!」

「これはいったい・・・」


レイラ殿下、ルピス殿下、ジェシカ殿下が疑問の声をあげた。それもそのはずで、こちらに猛スピードで接近していた老成体達は、ある距離まで近づくと、まるで力が抜けたようにその場に倒れ伏していったのだから。


「一体たりとて、ここには近づけさせません」


「ジ、ジール君、あなたが?」


彼の言葉にキャンベル殿下が質問を投げ掛けると、まるでその質問を肯定するかのように彼は微笑む。目を凝らしてよく見てみると、ある一定の距離に入った老成体の急所目掛けて、剣や槍なのどの様々な武器が殺到しているようだった。その様子はまるで、武器自体が自律的に敵を探し、止めを刺しているような光景だった。


そしてそれを、離れた場所に居るジールが行っている。彼はもはやアルマエナジーを、息をするかのように自然に操っていた。自分の意思一つで形を変え、複数を同時に操り、距離があろうと苦もなく老成体すら片手間で倒してみせる。ジール・シュライザーは、変幻自在にアルマエナジーを操ってみせていた。


 


 僕は再び視線をミュータント・1達に戻すと、その視線からまるで自らの死期を悟ったように、2体のミュータントは目を閉じた。その様子に、僕は長刀の刀身を更に伸ばし、上段に構えると、無防備な2体に向かって袈裟斬りに一閃した。


「はぁぁぁぁぁ!!!!」


『『ーーーーーーーー』』


頭上から股下まで、身体を真っ二つにする斬撃だった。そして、背後に庇われているミュータント・1ごと、その命を終わらせた。最後の断末魔などはなく、2つに別たれたその身体が、地面に倒れる音だけが周囲に響いた。


「・・・終わった・・・」


手にしていた長刀を消し、周囲を探るようにして意識を広げる。この辺一体には僕のアルマエナジーを流しているので、どこに何があるのかは一瞬で把握できる。こちらに向かっていた老成体はあらかた討伐し終わっており、残りの老成体達はまるで僕から逃げるように反転して散り散りになっていっていた。


周辺の脅威が無くなったことを確認した僕は、そこで初めて身体から力を抜いた。すると、立っていられないほどの猛烈な虚脱感が襲い掛かってきて、僕は抗うことも出来ずにそのまま地面に倒れ込む。


「ジール殿!」


頭を地面に強打する寸前、ジェシカ様が僕の身体を支えてくれた。彼女は涙を流しながら僕を抱き締めてくれる。


「何て無茶を!身体は大丈夫なのか!?」


ジェシカ様は僕の顔を覗き込みながら身体の状態について確認してくる。痛みは無いので問題ないと答えようとしたのだが、そこで初めて痛みどころか身体の感覚が無いことに気が付いた。


「すみません。ちょっと自分の今の状態が分からなくて・・・感覚が無いようなんです・・・」


「だ、大丈夫か!?感覚が無いなんて!!い、いったいどうしたら・・・」


「ジェシカ殿下、落ち着いてくださいまし!ジールは見たところ外傷はありません。おそらくは無茶をした反動なのかもしれませんわ。今はジールを休ませましょう」

 

僕の言葉に取り乱したようにオロオロするジェシカ殿下だったが、レイラ様が落ち着いた様子で僕の身体を確認すると、休息が必要なのではと提案していた。


「そ、そうだな。ジール殿、あとの事はオレ達に任せて、ゆっくりと休んでいてくれ!」


「そうそう!ジルジルのお陰でパピル達の怪我は治っちゃったし、安心して休んでてね!」


「そうなのです!ジールさんは頑張り過ぎなのです!あとの事は任せて欲しいのです!」


「ジール君、何も気にすることは無いから、ちゃんと休んでね」


僕の周りに集まってきた皆さんが、口々に優しい言葉を掛けてくれた。その顔はどこか不安を押し殺したような表情をしていたが、僕を心配させまいとするその想いに感謝の念を抱きながら口を開いた。


「皆さん・・・ありがとうございます。それじゃあ、ちょっと休ませてもら・・・」


何とか言葉を言い切ろうとしたのだが、その寸前に僕の意識は、まるでスイッチが突然切れたかのように闇に飲まれてしまったのだった。

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