第8話 レイラ・ガーランド 7

 感極まったレイラ様に、急に抱きつかれた僕は困惑した声を上げると、彼女は少し頬を赤らめながらゆっくりと身体を離した。


「ごめんなさいね。ジールの言葉に、つい嬉しさが込み上げてしまって・・・」


恥ずかしそうに謝ってくるレイラ様に、僕は大袈裟な動作で首を振った。


「いえ、レイラ様が謝ることではありません!少し驚いてしまっただけですから。僕も今まで家事や料理を習得しようと必死でしたので、友人と呼べる存在はあまりいませんでした。ですので、レイラ様が僕の事を友人だと言ってくれた事は素直に嬉しいです」


「それは良かったわ。そうそう、親しくなればわたくしの夢を教えるということでしたけど・・・実は決闘で勝利出来た後の事は、まだ考え中なのですわ。でも、わたくしもジールと同様に、立場を忘れて各国を旅してみるというのも魅力的と感じましたわ。その時は、わたくしも同行して良いでしょうか?」


悪戯っぽい笑みを浮かべるレイラ様に、僕は何と返して良いものか固まってしまった。そんな僕に、返事を期待するような表情をしながら、じっと僕の顔を覗き込むように見つめてくる。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・その、もし僕の夢が本当に叶って、その時に状況が許すならという事でもよろしいですか?」


僕の返答に満足したのか、レイラ様は満面の笑みを浮かべると、僕の正面に向き直って口を開いた。


「ジール。私達はここに、自らの夢を叶える事を誓い合いましょう!」


「は、はい!精一杯努力します」


「その言葉、ガーランド王国第一王女、レイラ・ガーランドが確かに聞きましたわ!男性であるあなたが自由を掴むには、最低限クルセイダーの序列七位までに入る必要があるでしょう。そして、世界を自由に旅するには、それこそ序列一位となって決闘で勝利を納めなければなりませんわ」


「じょ、序列一位!?って、そもそもクルセイダーになること自体、僕にとって大それた話ですよ!ぼ、僕の夢って、そんなに壮大なものだったのか・・・」


レイラ様の言葉に、僕は目を丸くして驚きを露にしてしまった。それと同時に、如何に男性の自由が遠いものなのかということを思い知ることとなった。


「ふふふ。人族であるあなたが、こうして龍人族であるわたくしの鍛練を受けましたのよ?高い志を持ってもらわないと困りますわ!特に、龍人族のわたくしをも越える量のアルマエナジーを保有するジールにはね!」


レイラ様は不敵な笑みを浮かべながらも、期待に満ちた視線を僕に向けて言い聞かせてくる。そんな彼女の言葉に、僕は俯いてしまう。


「・・・僕は量があるだけで、制御は・・・」


「それはこれからの鍛練次第ですわ!近い将来、またジールに会いに来ますわね。その時には、成長したあなたの姿を私に見せてくれますわよね?」


レイラ様は俯く僕の胸を軽く拳で叩き、それに反応するように上を向いた僕に向かって、手を差し出して握手を迫ってきた。高潔で清廉と言われる龍人族の彼女の想いが嬉しくなった僕は、笑顔を浮かべて手を握り返した。


「・・・わ、分かりました。僕、頑張ります!」


「その意気よ、ジール!」


僕の返答に気を良くしたレイラ様は輝く様な笑顔を浮かべていたが、その笑顔の裏には彼女の策略があったことなど、この時の僕には知るよしもなかった。



 その日はレイラ様と昼食を食べたあと、夕方までアルマエナジーの制御の上達に努めたが、結局垂れ流しの状態は変わらずに身に纏うというところまでは出来なかった。レイラ様とは再会の約束とお別れの挨拶を交わし、その数日後にこの国を離れて自国に戻ったという話を母さんから聞かされた。


僕はレイラ様との鍛練の成果である顕在化が出来たことを母さんに報告すると、驚きも露に喜んでくれたが、実際に顕在化を見せると、垂れ流しの状態について苦言を呈されてしまった。曰く、そんな状態では満足に身体を守ることが出来ないのではないかという事と、すぐに枯渇して昏倒してしまうのではないかということだった。


アルマエナジーを身体に纏うと、どのような攻撃に対しても身体を守ることが出来る。当然、衝撃を受ければそれだけ纏ったアルマエナジーが霧散して消えていってしまうのだが、枯渇しない限りは自分の身体が傷付いてしまうようなことはない。


それに、纏っている状態では霧散する事はないので、効率的に運用することを考えれば、僕のような垂れ流しの状態では顕在化が出来ているとは言えないということだ。


ただ、僕としては垂れ流しの状態であったとしても、アルマエナジーが少なくなっているような感覚もないし、この状態がどの程度自分を守ることが出来るものなのか確認したいということもあって、母さんに試して欲しいということをお願いした。


それに加えて、僕の将来の夢についてもそれとなく伝えたのだが、難しい顔をしながら考え込まれてしまった。それでもまずは僕の顕在化したアルマエナジーの強度を確認するということで了承してくれた母さんは、修練場の片隅で実際に試しをすることになった。


「ではジール、顕在化して見せなさい。お母さんが攻撃を加えてみて強度を確認します」


「うん」


母さんの言葉に、僕はアルマエナジーを顕在化させた。相変わらず垂れ流しの様相を呈しているそれは、水色に輝きながら不定形に蠢いているような感じだった。そんな僕と母さんのやり取りを、この駐屯地にいるクルセイダーの皆さんが、遠くから注目している視線を感じる。


「ほら、こっちに集中!」


僕が周りからの視線に集中力を乱しているのを察知した母さんは、眉間にシワを寄せながら指摘してきた。


「ご、ごめんなさい」


「ただでさえあんたは、この駐屯地で数少ない男の子だって皆の興味の的になってるんだから、シャキッとしなさいよ?」


「は、はい!」


その指摘に、僕は改めて背筋を正して集中すると、母さんから向けられる圧力が増したような気がした。


「あんたが夢の過程に目指そうとしているクルセイダーという存在は、生半可な覚悟でなれるものじゃない。仮になれたところで、序列上位になるなんて夢のまた夢よ。その理由を今から見せてあげる・・・『顕現けんげん』せよ!」


「っ!?」


母さんが発した『顕現』せよという言葉を切っ掛けとして、その内包するアルマエナジーが体外に溢れ出し、輝く漆黒のエナジーが薄くその身を纏うと同時に、母さんの右手には、刀身が緩やかに反っている一振りの漆黒の刀が現れていた。


「これがクルセイダーを目指す者が到達すべき場所、【具現化】よ!」


「・・・こ、これが具現化・・・」


圧倒的な存在感を放つ母さんの刀に、僕は息を飲んで固まってしまった。そんな僕に、母さんは具現化について簡単に説明をしてくれた。


「顕在化出来たと言っても、それはクルセイダーになれる可能性の入り口に立っただけに過ぎない。そこから更に精密で緻密な制御を要し、自身の魂を思い描く形に固定して現す技・・・ここに至れなければ、ジールの言った夢は幻に終わるわ」


「・・・・・・」


母さんの重みのある言葉に、僕はレイラ様との約束を思い出す。仮に将来具現化出来なかったとしても、再会した時に僕が成長してなかったと落胆する姿は見たくない。そんな強い意思を心に宿して母さんを見据えると、ふっと口の端を吊り上げていた。


「どうやら覚悟はあるようね。なら、顕在化しただけのアルマエナジーと、具現化させたアルマエナジーの違いを、その身をもって体験なさい。そこから何かを掴めるかは、ジール次第よ!」


そう言うと母さんは刀を水平に構え、姿が消えたかと錯覚するほどの速さの踏み込みで僕に斬りかかってきていた。


「シッ!!」


「くぅっ!!」


母さんの刀が身体に触れようとした寸前、僕は恐怖のあまり目を瞑ってしまった。そしてその直後、僕のすぐ側から何かが触れたような衝突音が聞こえたのだが、衝撃自体はやって来なかった。


「なっ!!?」


「???」


母さんの驚く声に、僕はゆっくりと閉じていた目を開けた。すると、母さんの振るった刀は、僕の手前5㎝程のところでピタリと止まっていた。そして、その刀を止めていたのは紛れもなく僕の顕在化したアルマエナジーだった。


「これは・・・盾?」


見たままの様子をポツリと呟いた。驚くべきは、ついさっきまで不定形な状態で垂れ流していたアルマエナジーが、母さんの刀を受け止めている部分だけ盾の様な形状に変化していたことだ。とはいえ、その形は非常に不格好で、顕在化したエナジーがその一点に集まっただけと言えなくもない。


「ば、馬鹿な!部分的に具現化したとでも?いや、この感じ・・・具現化じゃない・・・まさか、身の危険を感じで力業で固定したの?」


アルマエナジーは魂の力。身の危険を察知して覚醒する、なんていう話もまことしやかにあるぐらいだ。何故僕のアルマエナジーが盾のような形をしたのか理由は定かではないが、母さんがあれだけ驚いた顔をしているのだから、試しは大丈夫だったのだろうと、問い掛けるような視線を向けた。


「・・・まったく、男の子のあんたがクルセイダーなんて目指さなくても、私としては戦いとは無縁の場所で幸せになって欲しかったのに・・・」


僕の視線に気づいた母さんが、少し距離をとって脱力すると、大きなため息を吐きながら心配した眼差しを向けてきた。


「ごめんなさい、母さん・・・でも、僕には夢が出来たんだ!叶えられるか分からないけど、やらずに後悔するより、やってから諦めたい!」


「なら、全力でやりなさい!ジールが目指そうとしている世界は、そんなに甘っちょろいもんじゃない。任務に出た先で命を落とすことだってあるんだ!それをゆめゆめ忘れるんじゃないよ!?」


「分かった!ありがとう、母さん!」


そうして僕はその後、母さんの計らいでクルセイダー養成学園に編入することとなった。

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