第7話 レイラ・ガーランド 6


side レイラ・ガーランド


(ありえないわ・・・)


 わたくしは今、目の前で見えている光景が信じられませんでした。


ジールに顕在化を教える為、苦肉の策としてアルマ結晶を用いた方法を提案したものの、正直に言えば、自らのアルマエナジー量の正確な把握も出来なければ、そこから先の制御など不可能だろうと考えていました。


精密な制御が出来なければ、具現化はもとより顕在化さえ厳しいというのが、これまでアルマエナジーを利用してきた人類の歴史が証明しています。しかし、ジールはその常識を事も無げに打ち破り、あろうことか内包する大量のエナジーを逆手にとって、ゴリ押しで顕在化してみせました。


その顕在化は身に纏うどころか垂れ流しの状態で、常人であれば数分で昏倒してしまうほどの量が絶え間なく放出されています。しかし彼は、全く疲れを見せないどころかピンピンしている様子。その直前に10人のクルセイダーが、1日掛かりでようやく貯められる量のアルマエナジーを吸収されているにも関わらず、です。


もし彼が近い将来、その膨大なまでのアルマエナジーの精密な制御を成し得てしまったとしたら、一体どんな存在になってしまうのか、背中を嫌な汗が流れていくような気がしました。


(これほどの逸材、人族はどう扱おうと考えているのかしら?でも、最初に彼に出会った時にはむしろ、つま弾きにされていた・・・人族に対して、彼に鍛練を付ける許可をもらう時にも全く抵抗されることなく、ご自由にどうぞという感触だったわ。つまり、人族はまだ彼の可能性に気付いていない?それなら・・・)


この先、例え彼が具現化が叶わずとも、あの容量のアルマ結晶を一人で難なく満たすことが出来るのです。その需要は計り知れないどころか、国家のエネルギー問題をも解決してしまいそうな可能性すらあります。他種族を引き込むのはかなり難しいですが、検討する価値は十分にありそうだと、頭の中に幾通りもの想定を描きました。


(潜在的な才能もですが、ジールが男性で可愛らしい外見をしているという点も評価が高いですわ。人族が彼の価値に気づく前に、まずは最低限、わたくしに対する好印象は残しておきましょう)


さすがに他種族の人間を、わたくしの独断でどうこうすることは出来ません。必要な手順を踏まないことには、最悪誘拐になってしまいます。その手筈を整えるには相応の時間が必要ですが、将来彼が力を付け、ある程度発言力を保有することとなった際に、その意思が尊重させる可能性を考慮して、今から手を打つ必要性を感じました。


わたくしはアルマエナジーを顕在化できて喜んでいるジールに近づき、にこやかに微笑んでお祝いの言葉を告げました。


「顕在化おめでとう、ジール」


「あ、ありがとうございます、レイラ様!こうして顕在化できたのは、レイラ様が僕の鍛練にお付き合いくださったお陰です!アルマ結晶までお貸しいただき、本当に感謝してもしきれません・・・」


わたくしの言葉に、ジールは目尻に涙を浮かべながら感謝してきました。それほどまでに顕在化できたことが嬉しかったのでしょう。


「いえ、わたくしはほんの少し手助けをしただけですわ。元々ジールには才能があったのでしょう」


「そんな事ない・・です。少し前まで母さんからも、教えてもらっているクルセイダーの方からも、いくら量があっても使いこなすだけの才能がないから諦めろと言われてました・・・」


ジールの話にわたくしは、なるほどと納得しました。彼が今回アルマエナジーの顕在化まで漕ぎ着けたのは、わたくしが強制的に彼の内包するアルマエナジーを刺激したことと、アルマ結晶を使った裏技的なやり方あってのもの。通常のやり方では、何年経とうが顕在化すら実現不可能だったのは想像に難くありません。そしてそれ故に、彼は才能無しと判断され、あのように修練場の隅で一人、自主的に鍛練を行っていたのでしょう。


そんな彼が、こうしてアルマエナジーを顕在化させるまでに至った。以前語っていた力をその手にしつつある彼に対して、今一度未来の事について聞くことにしました。


「そういえば、ジールの目標は選択肢を広げるための力を得ると言う事でしたけど、あなたはどこまでの力を求めるのですか?」


「ど、どこまで・・・ですか?」


彼はわたくしの質問の要領を得ていないようで、可愛らしく小首を傾げながら聞き返してきました。


「例えば、一般的な女性に負けないだけの力。例えば、害獣をも圧倒する力。例えば、クルセイダーをも越える力ですわ。今のジールであれば、アルマエナジーを放出し続けていれば、身を守ることは容易く出来るでしょう。それ以上の力を求めるのなら、更なる鍛練が必要でしょうけど・・・ジールはどこまでの力を求めるのですか?」


「僕は・・・」


具体例を出しつつ、再度同じ質問を彼に投げ掛けると、考え込むように俯いてしまいました。しばらくすると彼は顔を上げ、真っ直ぐな眼差しでわたくしの目を見つめてきました。それは、初めて会った時に彼から聞いた女性恐怖症が嘘のように感じるほどの決意の籠った眼差しでした。


「僕は、もっとこの世界の事を知りたいと思います!どこにどんな人達が住んでいて、どんな食べ物があって、どんな文化があるのか。男性として生まれた僕には自由がありませんが、もし叶うなら、世界を見て回ってみたい!」


「世界を見て回る、ですか。つまりジールの夢は、自由にこの大陸を旅したいという事なのですね?」


「不可能な事は分かっていますけど、もし僕が様々な危険を跳ね除けるだけの力を得られたとしたら、そんな事をしてみたいなと・・・」


そう言いながら彼は恥ずかしそうに頬を赤らめ、わたくしから目を逸らしてしまいました。彼自身、自分が子供のような夢物語を口にしているという自覚があるのでしょう。それほどまでに、この世界において男性という存在には自由が与えられていないのですから。


(でも、彼が他の国にも行ってみたいと思っているというのは行幸ですわね)


そう考えたわたくしは、俯くジールの手を取ると、驚いて顔を上げた彼の目をじっと見つめながら笑顔で口を開きました。


「ジールのその夢、わたくしはとても素晴らしいと思いますわ。わたくしとて王女の立場があり、自由な行動は難しいものです。そんなわたくしにも叶えたい夢がありますのよ?」


「レイラ様の夢、ですか?」


「ええ。クルセイダーとなり、国家の代表として決闘に臨み、そして勝利することですわ!」


「さすがレイラ様です!決闘に勝利すれば、多大な恩恵を国にもたらすことが出来ますから、王女殿下として、それほどまでに国の事を思っているのですね!」


尊敬の眼差しを向けてくるジールに向かって、わたくしは少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべました。


「ふふふ。そんな崇高なものではないのですよ?より正確に言うならば、国家の代表として決闘に勝利すれば、わたくしの望みを最大限国が実現してくれるのですわ。もちろん、現実として無理難題は除外して、ですが」


「そうなんですか。国家の重責を担っているクルセイダーですから、決闘に勝利したとなれば相応の報奨が出るということなんですね。では、レイラ様の本当の夢とは、その先にあるんでしょうか?」


「あら?そんなにわたくしに興味があるのかしら?」


「あっ、す、すみません!ずかずかと聞くような真似をしてしまって・・・」


好奇心が垣間見える眼差しを向けているジールに対して、わたくしは内心では安堵しました。私の言葉に恐縮させてしまいましたが、僅か3日間とはいえ、それなりに打ち解けられてきたという感触を得ました。


彼の女性恐怖症の程度がどれ程のものかは分かりませんが、全く受け付けないというわけではなく、ある程度交流を深めることが出来れば、こうして友人に対する応対くらいは出来るという確証を得ました。


(本当なら恋心くらい抱かせたいところですが、男性は自分のそういった感情を無闇に出してはならないと教育されているはずですし、まだ12歳の彼ではそのような感情には疎いでしょう)


女性と男性の精神的な成熟度の早さは異なると学んでいる。特に将来の婚姻相手を自由に選べない男性については、幼い頃から恋愛感情を抑制していくような教育をされているはずだ。つまり、今の段階でわたくしと彼との最も適切な関係性は、気心の知れた友人という立ち位置がベストでしょう。そしてそれは、同い年ということもあって、彼にもそう抵抗を感じさせることなく浸透させられるはずと踏みました。


「いえ、わたくしに興味を持ってくれたことは嬉しいですわ。こうしてジールに鍛練を付けたのも何かの縁でしょうし、わたくしの夢を教えるのもやぶさかではないのですが、それはもう少し親しくなってからですわ」


「さ、さすがに僕は男性ですので、龍人国の王女殿下であるレイラ様と親しくするというのは・・・」


笑みを浮かべるわたくしに対して彼は恐縮してしまっているようだが、その程度は想定済みなので、ここから更に踏み込んでいく。


わたくし達は短い間ですが、同じ時を過ごし、共に食事を囲み、こうして語り合った仲です。世間ではそういった存在を友人と呼ぶのですよ?ジールはわたくしの事を友人とも思ってくれないのですか?」


そう言いながら彼の手を取り、潤んだ瞳を向けると、困惑した表情をしながら目を泳がせ、どうしていいか分からないといった態度を見せてきました。押しに弱いと判断したわたくしは、握っている彼の手を引き寄せ、お互いの顔がくっ付きそうな位の距離で、もう一度お願いの言葉を伝えます。


わたくしは、ジールと友人になりたいのです。立場上、心を許せる友人は少ないものですから、ジールが友人になってくれたらとても嬉しいですわ。ダメ・・・なのかしら?」


渾身の上目遣いで彼に迫ると、彼は小さく息を吐き出し、微笑を浮かべた。その瞬間、彼がわたくしの言葉に折れたのだと、内心笑みを浮かべた。重要なのは友人であることを強制させたのではなく、彼がそれを選んだという事実が必要だった。


「分かりました。僕なんかでよろしければ、レイラ様の友人とさせて下さい」


「まぁ!本当ですか!ありがとうございますジール!国が違い、中々会う機会は少ないかも知れませんが、わたくし達は確かな友情で結ばれた友人ですわ!」


彼の返答にわたくしは大袈裟に喜び、その表現として彼に抱き付いた。


「っ!!レ、レイラ様!?」


困惑した声を浮かべる彼の心臓は、明らかに鼓動が早くなっており、わたくしの策略の第一段階は成功したのだと確信した。

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