【コメディ】草

 街を歩いていたら忍び装束を着た男がカフェテラスでノートパソコンを操作していた。


 最近あまり見かけなくなったがノマドという奴だろうか。

 随分と没頭しているようで、私がじろじろ見ていてもまるで気付く様子がない。

 一体何をそんなに熱心にやっているのだろう。

 気になった僕はこっそりとモニターを覗き込んだ。

 すると、


『草生える』


 忍者は動画サイトのコメント欄にそう書き込んでいた。


 私は衝撃を受けた。

『草』というのは数年前からネットで使われるようになったスラング(俗語)のことだ。

 笑いのリアクションを意味する言葉で『これは草』とか『なんやこれ草』『草草の草』といった風に使われる。

『草生える』は「草(笑い)が生えてきた」=「笑ってしまった」といった感じの意味合いになるのである。


 しかし『草』という言葉は元々『忍者』を示す言葉でもあるのだ。


 忍者が『草生える』と書き込んだ場合、それは「笑ってしまった」という意味ではなく「忍者が生えた」、つまり「忍者が潜んでいるから気を付けろ」という暗号になるのではないか。


 普段使い慣れている言葉でも操る人間によって全く違う意味を持つのだ。

 時には一歩引いてみて、何気ない物事に別の視点がないか考えることも大切なのかもしれない、と私は思った。



 ちなみにカフェにいた忍者の男は他の客に通報されたらしく職務質問を受けていた。

 どうやらただの忍者が好きなコスプレおじさんだったらしい。

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