【コメディ】血液苦手な吸血鬼

 ある古城に、血が苦手な吸血鬼が住んでいた。

 血を一滴でも口にすると具合が悪くなり何日も寝込んでしまうのだ。


 幸いなことにこの吸血鬼は血液以外の物も食べられる種族の吸血鬼だったから、飢え死にする心配はなかった。

 しかし血を飲んで卒倒してしまう吸血鬼など恥晒しもいいところだ。

 自分でどうにかしようと色々試してみたがまるで上手くいかない。

 万策尽きた吸血鬼は、最後の望みをかけ、ある日の夜に人間の振りをしてふもとの村の医者を訪ねた。


「先生、私はどうも血を飲むと体調が悪くなってしまうのです。どうしたらいいんでしょう」


 血なんか飲まなくていいだろ、と医者は不審に思ったが、診察のために口の中を確認して気が付いた。

 この男、吸血鬼だ。

 多分、村から見える古城に棲みついているという吸血鬼だろう。


 医者は、治療のためと騙して日光に当てるなり心臓を杭を刺すなりして退治してしまおうかと考えた。

 しかし吸血鬼はほとほと困り果てたという顔をしていて今にも泣き出しそうである。

 それに、血が飲めないからだったのだろうが、この吸血鬼が村の者を襲ったという話も聞いたことがない。

 医者はしばらく悩んだ末、こう言った。


「よし、私は治療薬を作ってやろう。だが、今までにない類の薬だから沢山実験をしなければいけないし、時間も手間もかかる。だからその間、君には研究費のかわりに仕事を頼めないだろうか」

「何をすればいいんですか」

「近頃この村は野盗に目を付けられてしまったようでね。時々何人かで襲ってきては若い娘がさらわれたり、家畜や金品を奪われたりして困っているんだ。だから君には村の警備をお願いしたい。昼は君も自分の仕事があるだろうから夜の間だけで構わない。野盗の心配をしなくてよくなれば私も研究に集中できて、それだけ薬の完成も早くなるんだ。どうだろう、引き受けてくれるだろうか」

「そのくらいならお安い御用です。それでは先生、よろしくお願いします」

 吸血鬼は嬉しそうに帰っていった。


 次の日の夜から吸血鬼は人間の振りをしながら村の中の見回りを始めた。

 そして数日後のある夜、やって来た野盗をあっという間に蹴散らした。

 血が吸えないというだけで吸血鬼だから人間よりも圧倒的に強いのだ。

 助けられた村人は吸血鬼に感謝した。そうやって見回りを続けるうちに顔見知りも多くなり、村人たちとも仲良くなっていった。


 医者は約束通り薬の研究を続けた。

 そして十年近く経ったある日、ようやく薬を完成させた。


 薬のお陰で血を飲んでも寝込まなくなったが、吸血鬼の生活には特に何も変化は起きなかった。

 村人たちには愛着が湧いてしまったので今更襲う気になどなれないし、そもそも苦手だったころのトラウマのせいか、念願だったはずの血液もあまり美味しいとは感じなかったのだ。


 それから数百年経った現在。

 その吸血鬼は人間社会に溶け込み、相変わらず人間の振りをしながら今もどこかで気ままに生きているという。

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