軽率に塀の上をスキップしちゃうJK総子はイケメンハーレム無双ができない

SOLA

 聡子は塀の上を走らなくてもいい人生なのに 軽率に塀の上を走る

「あれ?この本、読んだことある?」

 総子は芥川賞全集第五巻の本文と表紙を交互に見ながら、首を傾げていた。

「なんで?」

 芥川賞は難しい、なんて世間の偏見に染まって読まず嫌いだったが、それはいかんと部活の顧問のアドバイスに従った。だから初めて読んだ文のハズ。なのにどうして知っているんだろう?作者の顔も名前は知っているけど、これまで読んだことのない人ってことは断言できる。ぶっちゃけこの人は作家っていうより政治家だと思ってたし。

「他で有名なヤツ読んでたとか?教科書載ってるとか?あした先生に聞いてみよ」

 総子が通う高校の文芸部は一次創作好き勢と二次創作好き勢に分かれる。一次創作が好きで将来の夢が小説家という総子に若いうちに読んでおけと顧問が勧めてくれたのだった。

 顧問の奨めで芥川賞の他にもノーベル文学賞作家であるカミュも読んだ。でも自分にはわからないことの方が多い。ロシアの共産主義の恐怖も、戦争での束の間の降伏なんて平和な日本で呑気に生きる17歳JKの自分には理解できない。哲学を語るには自分はあまりに未熟すぎる。


 量産型なんてベルトコンベアに乗る人生が正義だと教わって個性を必要とされる。ならばと己の意見を言えば叩かれて、大人の言ってることは違うといえば叱られる。(ま、いいんだけどさ?)

 戦争もなく平和なはずの日本ではいじめという殺戮が起きてるのに、大人たちは知らん顔。あれじゃあ相談できるわけないじゃないか。父親が好きな週末の討論番組こそ逃避行動じゃないのと苛立ちしか起こらない。

「70年前の戦争の話より、学校のいじめとか親の虐待の方が問題じゃないの!?」

 苛立ちから湧くエネルギーの吐き出し口に、小説という給水所はちょうどよかった。


 まともに話しかけたところで大人は聞いてくれない。

 だからまともな大人に伝わって!


 戦争の体験はないけれどクラスのいじめなら体験はある。政治家になったことはないけれど生徒会のメンバーの相談にはのっている。テレビ局に勤めたことは無いけれど、ユーチューバーのプロデュースならやってるもの!

 社会経験は乏しくても、メッセージは同じはず!未経験のセックスの小説を書いてもウケないけれど、なぜか政治的な分析を絡めた文はウケる。

「これでいいんだ」

 入学祝いに買ってもらったノートパソコンにタイピングするたび、自分の魂が救われる気がした。


*********

「ディベート大会?」

「そう。今度大会があるの!出ない?」

 放課後。部活の友人達がカラフルなフライヤーを持ってやってきた。どうやら高校生によるディベート甲子園があるらしい。いつも小難しい本を読んでは教師をも言いくるめてしまう総子に白羽の矢が刺さったのはしょうがない。

「総子ってそーゆーの得意じゃん?出ようよ!」

「総子がいれば絶対勝てるしw」

「だよねw賞金もらいまくりwww」

 イエーイ★獲ったどー!

 目の前の女子らはすでに優勝した提でハイタッチしてるし……。

「うーん?ディベートってのはあんま興味なくって……」

「そうなの?」

「意外」

 彼女らは残念そうなのを隠さない。優勝チームにはディズニーランドご招待と書いてあるだけに、総子としても心が痛む。

「意見って勝ち負けとかじゃなくない?押し付けて闘わせるものじゃなくない?白黒つけるもんじゃないかなって」

「「「へぇ」」」

「相手の話を聞いて『なるほど』って思った瞬間、意見なんて変わるでしょ?知らないことは悪いことじゃないし、意見が変わることも悪いことって思わないんだよね?大切なのはみんなで意見を出し合って新しいアイディアに辿り着くことだと思ってるから」

 はい論破。フライヤーのバトル形式のイラストは形なしだ!

「さっすが生徒会補佐!」

「官房長官じゃなかったけ?」

「参謀長官じゃね?」

「も、さ?その辺から違うよね」

「総子は全体とかその先を見てるって言ってた」

「何それ孔明?」

 ううん。どっちかというと聞き役とか司会役なんだけど。なにやらイメージが一人歩きしているが、いちいち訂正するのもめんどくさい。ここは黙っておこう。

「あー、だから?最近は放送部のPやってるんでしょ?」

「生徒会副会長の猪俣のチャンネル、一緒にやってるって聞いたよ?」

「え、何それ。デート?」

「デートじゃないし。今のままじゃ数字とれないって言っただけ」

「うわ、それ絶対PV数獲るフラグじゃんw」

「で?どうせ人気チャンネルになったらイノ先輩が告るんでしょ?」

「人の話、聞いてる?」

「先輩!ちょっといいですか?」

 部室を覗いたのは学校でも可愛いと評判の一年生の大泉君だ。総子は何の気無しに話しているが、彼のLIN●IDに諭吉を積む女が何人いると思ってるのだ?全くうらやまけしからん!

「なんの話してたの?」

「え?今日空いてないかって聞かれたから空いてないって言ってきた」

「「「はぁ!?」」」

「だからまた今度って。ま、色々話したいことあるんじゃない?お家のこととか?生徒会長にもなりたいとか言ってるし?」

「でたよ!うちのエリート男子の巣窟荒らし!」

「あのさ?真面目なのもいいけど、女子会よりデートとれよ。あほなの?」

「つか会長になりたい人って何かと総子に相談してない?阿部くんもでしょ?」

「全員じゃないよ?でもま、しょーがないじゃん?ウチの学校で生徒会やると内申でめっちゃ加点されるし?」

 友人達が買ってきたクッキーはバターがよくきいて美味しい。総子はうまうまもしゃもしゃと食べているが、女子達は呆れ顔だ。

「今の生徒会長ともよく話してるよね?」

「石川って高校生作家だっけ?怖くない?何話すの?」

「別に。書いたものにすごいですね、って言ってるだけだよ。あっちが電話かけてくるから聞くだけの時もあるし」

(一般女子にはその通話できる権限がないんだってば!)

「そういや1年の大林とAKBのライブ行ったって聞いたけど」

「え?うん」

「はぁ?あんたら仲悪かったじゃん!」

「あのミリタリオタでしょ!?あんた嫌いじゃないの!?」

「別に。歴史に対して価値観と視点が違うだけで人間として存在を否定してるわけじゃないから」

「「「……」」」

 なんだそれ。どんな菩薩人生だよ。

「田原さん!」

 俳優で生徒会長の双子の弟がやってきた!借りた本を返しにきたとか!忙しいのに?律儀か!

「これ、ありがと!兄貴も面白かったって!で、これ、お礼!」

「ありがと」

 強引に握らされたのは、人気のフラペチー●の限定味。忙しいはずなのに学校とお店をわざわざ往復するとか!もう、どんだけ?

「じゃ!またメッセするから!」

 市川はこちらが何かいう隙も与えず、TVや動画と同じ王子様スマイルで去ってゆく。部活のメンバーは撮影したいのをこらえてジタバタ悶えているというのに、とうの総子ときたら全然興味ないとか!  

「なんで総子ばっか学校のイケメンが寄ってくんの?バカなの?」

「ねぇ?どんな徳を積んだらイケメンが降ってくる人生歩けますか?あたしにも教えて!」

「あーん!あたしもパラダイスしたーい!」

「そう?他のこと考えてるが面白くない?」

「他って?」

「動画の再生数をあげる方法とか、生徒会の新しいイベントがどうやったら成功するか、とか?」

 総子としてはフツーのつもりなのに。友人達はジト目を通り越して呆れ果てている。

「枯れすぎ」

「総子って絶対高校生じゃないしw」

「わかるwww」

「……」

 また、だ。高校生らしくない、と何度言われただろう。流行の食べ物は好きだし、メイクだって、いまどきの音楽だって好き。いたってフツーなJKのハズなのに。ただちょっと本を読むのが好きで分析が得意なだけ。ちょっとだけ前と違うことをしようって言っちゃうだけ。

 量産型に生きれば大人から何か言われて、「らしく」生きようとすれば同級から何か言われる。



「あたし」ってなんだろ?



 もやもやの答えは本にも載ってない。

 ユニク●の服を着て新宿でも歩けば答えは出るのかな?



***************


「あれ?」

 また、だ。読んだことのある文。

「どうした?」

 本を覗き込みながら怪訝に顔を顰めている後輩を田中先輩が心配した。

「なんか。読んだことあるなって。読んでないはずなのに」

「あぁ、あるよね。たまに。新潟煎餅でも食べれば?」

「あたし食べる!なになに?田原ちゃん、JK転生でもしたっぽ?」

 もう一人の女の先輩も割り込んできた。流行の異世界転生ものを抱えながらなのでどこまで冗談でどこまでマジなのかわからない。

「あはは……」

 笑えない。どうしてだろう。何がこんなに引っかかるんだろう。

「これ、おもろいんだよwおっさんがJKになんだけどさw」

「へぇーおっさんは?リーマン?面白そうじゃん!」

「てか先輩、受験大丈夫なんすか?ラノベ読んでる場合じゃないでしょw」

「ですよね?早稲田でしょ?戦争でしょ?そんなんで受かるんですかww」

「戦時中でも市は立つ。ま、俺くらいになると読書が放っておかないから」

「だよね。新刊からハーレムしにきちゃう。あたしら悪くない」

 部室では皆で受験生の逃避を笑っていたのだが、総子は突然立ち上がった。

「あの!あたし、ちょっと用事を思い出しました!」

「お?おう」

「おつー」

 先輩への挨拶もそこそこに、スクールバッグを抱え通学用電車に飛び乗り、今度は東西線に乗り換える。ガタンゴトンと電車が揺れるたび、ドキドキが胸から溢れた。


 ずっと抱えていた胸のもやもや。

 ただ、なぜか急にその答えがなぜか「ある」気がしたのだ。


 不安なはずなのに足が勝手に動く。いつもなら立ち止まるはずの文具店や古本屋を過ぎればいつの間にか早稲田大学に着いていた。そこには髪が真っ白のおじいさんがいて。

「あの」

 あたしはあったこともないその人を知っていた。

「あたし……」

 おじいさんは何も言わない。じっとこちらを見てるだけ。それは孫を見るように慈しむ目でもあり、鏡を見るような厳しい眼でもあった。ただ、あたしは言うべきことを知っている。

「あの!JKもそれなりに楽しいですよ!?令和の女子高生ってめっちゃ美味しいもの食べてるし?メイクして、可愛いものいっぱい着ました!戦争は学校の中にもあって、えっと、あ、あたしけっこうモテたんですよ!?ハーレムって言われちゃった!あと動画系のプロデュースが上手いって褒められたんです!それに、あとーー」

 おじいさんは黙ったまま。何も言わない。それが怖い。ツラい。

 砂時計の砂は無常だ。無機質な粒だけがサラサラと落ちてゆく。

 


「もっと ここに いませんか?」



 最後の一粒が落ちた時、世界が光に包まれた。


*******

「どうでした?」

 VR用ゴーグルを外すと、久々に編集者に会った気がした。ゴーグルとリンクしたPC画面は先ほど見た大学が映っている。

「『田原総一郎がJKになってモテてみた』。ネタになりそうですかね?」

「どうだろう。私は女子高生らしい生活を送らなくってね。男連中に媚びるより、一緒に行事を催した方が楽しかったんだ」

「あはは。なるほど。ゲームの中でも田原さんは田原さんだった、と?」

「見てたろう?ゲームの中だと言うのに、文芸部には入って下手な小説を書いていた。テレビ局勤めではなかったがユーチューバーのプロデュースをして、生徒会役員に助言していた」

「あはは!さしずめ生徒会役員は政治家ってことですか!他に何かありました?これ、一応男性達と恋愛するゲームでもあるんですが」

「そういえばゲームの中でも絶望していたな。久しぶりに複雑な感情を味わったよ」

「へぇ?田原さんが?誰にですか?」

「いいとこ育ちで芥川賞作家の生徒会長に、だ」

「それって攻略対象の石川って超絶イケメンキャラですよね?双子で俳優の弟も攻略キャラの!レアキャラで攻略難易度めっちゃ高いらしいですよ?トキメキとかありませんでした?」

「恋は手に届くと思う人間が抱く感情だよ。圧倒的すぎて手が届かなければ最初から対象にもならない。彼にときめく女性こそ肝が据わっているんじゃないかね」

 なるほど。編集者が肩を揺らしている。

「どうでしょう?これ、シリーズ化できますかね?『日本のおじさま達がJKになったら』なんて」

「『日本のエラいおじさま』は若い男達からモテようとしないと思うが?」

「田原さん見てて思いついたんです。フツーなら恋愛エンドがメインなのに、著名人がプレイするとJKらしくないのがおもしろいかな?って」

「なるほど」

 普通の逆に爆発が生まれる、か。私はそれをよく知っている。




 PC画面に映る女子高生がこちらに向けて手を振っている。私は出されたインスタントコーヒー越しにゲームの中で奢られた甘酸っぱいフラペチーノの味を思い出していた。



 


 




 



 


 


 



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