第28話
「個人でいるときに1番無防備になる場所。それが寝室だからね。だから、神として覚醒されてから、フィオリナ様はすぐにこの3つの部屋に結界を張った。思い出してみて、イーグルの王子。8年前から寝室で襲われることはピタリとなくなっていたはずだよ」
「確かに」
それまで1番よく狙われていたのが寝室だった。
だが、母が亡くなってからは寝室で襲われることはなくなった。
アスベルは亡くなった母に護られているような気がしていたが、まさか事実だったとは。
本当に母が護ってくれていたのだ。
「それでね、ここからが本題なんだけど、現状ではヴァルドが手出しできないそのふたつの寝室のどちらかにトール様の御身を移さないといけないんだ」
これにはだれも返事ができなかった。
ランドールは内心で慌てまくっている。
透を愛し始めているという自覚があるのだ。
毎晩同じ寝室なんて理性と欲望の間で苦しむのは目に見えている。
またアスベルはアスベルで、もし父の寝室に決まったら、エドはどう思うだろうと、複雑な気分になっていた。
当の透はそういう警戒とは無縁なので、のほほんとしているだけだが。
「……どちらの寝室の方がより安全とか、そういう区別はあるんですか、マリン?」
「安全性で言えばややイーグル王が上回るかな。事情は言えないんだけどヴァルドに対してはイーグル王を護るためにより強固にしてるんだ。だから、イーグルの王子よりはイーグル王の寝室の方が神子を護るのに向いているよ」
「だから、ある意味ではおれの寝室に張られた結界より、父上の寝室に張られた結界の方が強いと言ったのか? ヴァルドに対して有効な結界が張られているから?」
問いかけるアスベルにマリンはすこし迷って言葉を探す。
「……結界の種類的には例えばヴァルドが手出しできなくなって、焦れて城の人間を利用としたりしたら、有利なのはイーグルの王子の寝室だよ? そういう意味では王子の寝室の方が上回る。でも、ヴァルド本人に対しては」
「わたしの寝室の方が上回る、ということか」
どうしろと言うのかとランドールは言いたかった。
毎晩同じ寝室に居ながら理性を保てと?
それはある意味、拷問だ。
しかし彼を危険に晒すのも……。
「つーまーり。ヴァルドが諦めず自分で襲っている間は、ランドールの寝室にいた方がいいけど、もし城の人間を手先に使いだしたら、俺はアスベルの寝室に移動した方がいいってことだろ? 簡単なことじゃないか」
「簡単っておまえな、トール」
アスベルが頭を抱えている。
この単純明快さ。
どうにかしてほしい。
問題なのはそこではないのに。
「まあそういうことだね」
「マリンっ!! おまえなぁっ!!」
アスベルは焦ったがマリンは聞いちゃいなかった。
「今夜からトール様はイーグル王の寝室で休むことになるけど、いいよね?」
いいよね? と言われても答えられるわけがない。
ランドールが答えに詰まっていると、話が本決まりになる前にと、アスベルが割って入った。
「だったらそれが本決まりになるなら、父上の寝室にトールが行くなら、エドも同室にしてくれよ」
「え? アスベル?」
突然、巻き込まれたエドが驚いた声をあげている。
「父上とトールをふたりきりにはできないから、見張りとしてエドをつけてくれ」
他国の世継ぎを見張りにするというアスベルに透は呆れる。
しかしランドールがなにか言う前にマリンがあっけらかんと受け入れてしまった。
「それもいいかもね。ログレスの王子にしてみれば、トール様と親しくなるいい機会だろうし」
「えー。俺やだよー。口説かれたくないー」
「口説くって……トール」
エドが赤くなっている。
「3人でいたら口説きようもないだろ?」
アスベルに言われて透が黙り込む。
「アスベル。ちょっときなさい」
父親に引っ張られてアスベルは部屋の片隅へ連れ込まれた。
皆に聞かれないようにヒソヒソと話す。
「そなたはっ!! そんなに父親が信じられないのかっ!?」
「信じてほしかったら理性、理性と自分に言い聞かせて頑張ってください」
「アスベルっ!!」
「この間母上と間違えてトールを襲ったのはどこのだれですかっ!?」
「それは……」
「毎晩、トールの寝顔を見ていて理性を保てる自信があるんですか? この間知ったことですが、彼はなんだか寝顔も母上に似ている気がします」
「まあな」
アスベルはそんなに母の寝顔を知っているわけじゃない。
だが、子供の頃一緒に寝ころんでいて、眠ってしまった母の寝顔を見たことが何度かあった。
そのときの母の寝顔に透はとてもよく似ている気がしたのだ。
錯覚ではないだろう。
おそらく寝顔も似ているのだ。
それでふたりきりで夜を過ごして、父に理性を保てと要求するのは酷な気がした。
だから、透の恋愛問題なら当事者であるエドも巻き込んだのである。
彼はまだ赤い顔をしているが。
「しかしエドはログレスの王子なのだぞ? 幾ら甥とはいえだな」
「エドは父上を襲ったりしませんよ。従兄弟としてそれは信じています」
「しかし」
「そもそも母上が父上を護るために結界を張り巡らせている場所なんですよ? もしエドが妙な気を起こしても、その暗殺は成功しません」
戦女神フィオリナが全身全霊を掛けて護っているのである。
これはアスベルの勘だが、こう思うのだ。
「これはおれの勘に過ぎませんが、もしエドが父上に対して謀叛を企むような、そんな考えを持っていたら、おそらく寝室には入れません」
「そうなのか?」
「そういう種類の結界だとさっきマリンの奴が言っていませんでしたか?」
言われてみればそうである。
その守護を張り巡らされた寝室に入る。
それはエドにランドールに対する悪意も殺意も、また邪念もないということなのだ。
「マリンに結界のことを聞いてから気付いたんですが、おれの寝室には入れる侍従や侍女と入れない侍従や侍女がいるんです」
「……本当に?」
「ええ。どうして入れないと言うのか、おれにもよくわかっていませんでしたが、もしかしたら暗殺者か、もしくはおれに対して良くない心を持っていたのかも」
寝室の住人を護ろうとする結界だから、当然だが悪意をもっている者は、その寝室には入ることもできない、ということになるのだ。
入れたら結界の意味がない。
「だから、エドが寝室に入れたら、エドには父上に対して邪な考えはなにもない、ということです。安心してください」
言った後で気付く。
透が父の寝室で眠っていたとき、父はいなかったとはいえ、エドは寝室に立ち入っている。
なんの抵抗もなく。
これは予想が当たっていることを意味しないか?
だから、アスベルは父に言う。
「とにかく皆の下へ戻って話の続きをしましょう。ヴァルドがどこから入ってきたのかとか、知っておくべきことも多いし」
「そうだな」
ふたりが元の場所へ戻ると、自分が狼の前の羊状態だと気づいていない透が、無邪気な声を掛けてきた。
「もう密談終わった?」
「ああ。父上には納得させたよ」
「でも、エドがいるくらいランドールには大したことないだろ? なにをそんなに気にしていたんだ?」
透はどこまでも無邪気である。
だから、ランドールは答えられなかった。
「エドの方はいきなり今夜からとかで問題にはならないのか? ログレス側の問題、という意味だが」
イーグルの王に国の問題を指摘され、ちょっと困った顔をしてエドが答えた。
「トールのことを打ち明けてもいいのなら、問題にはならないと思います。でも、もし言えないというのなら、どう説得すればいいのか」
「フィーナちゃんに頼ったらどうかな?」
「トール?」
「フィーナちゃんなら俺の問題知ってるし、言えない事情もわかってくれると思うんだ。ただその場合、今回ここで隠しても今夜あったことは彼女には打ち明けなければならなくなるけどさ」
「フィーナに心配をかけるのは……兄としてわたしも」
迷うと言いかけたエドにアスベルが言い切った。
「でも、他にいい案ないだろ? おれもいつまでルーイに隠せるか不安だけど。父上の寝室にいきなり3人同居だからな」
「あ。忘れてた。暁や隆の問題があるんだよ。どう説明しよー」
途方に暮れる透にマリンが言ってみた。
「もうふたりに本当のことを言ったらどう、神子?」
「でも」
「いつまでも隠している方がふたりの傷を深くするよ。それにヴァルドが動き出した以上に、ふたりには早急に元の世界に戻ってめらわないと。神子の足枷になりかねない」
「足枷って……マリン。そんな言い方……」
「ふたりがヴァルドの人質に取られたら神子は逆らえるの?」
「……」
ふたりがヴァルドの人質となり、透を誘き出そうとする?
確かに透はこれからヴァルドには手出しできない場所へ移動するわけで、その可能性は無ではないのだ。
いきなり気付いた現実に黙り込む。
ふたりをそんな危険に巻き込みたいわけがない。
「この世界の主要人物たちは皆フィオリナ様に護られてるよ? でも、あのふたりには守護はない。冗談じゃなく本当に危険だし、神子の足枷になり兼ねないんだよ。わかってほしいんだ。それがあのふたりのためであり神子のためだってこと」
自分の存在があのふたりに危険を招く。
そう言われて透は言い返せなかった。
それに暁は両親の実子だし父の跡継ぎだ。
いつまでも異世界なんかに居ていいわけがない。
決意するしかないのか。
そう思って目を閉じた。
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