第19話



 ランドールは執務室に居たのだが、世継ぎから正式な会談を申し込まれて、知人ばかりと聞いていたので私室へと彼らを招いていた。


 しかし意外なことにその中に見知らぬ子供がいて、入ってきた彼らを見て怪訝そうな顔になる。


「アスベル。その子供は?」


「子供って失礼だなあ、イーグル王」


「わたしをイーグル王と呼ぶ。そなたは何者だ?」


「今はマリンと名付けられて、その名を名乗ってるけど、ぼくの本来の名はマーリーンだよ。聞いたことない?」


「賢者マーリーン!?」


 ランドールが目を瞠る。


「どういうことだ、アスベル?」


 ここでアスベルは透の素性のこと、エドの抱えている秘密のこと。


 すべて父王に打ち明けた。


 それは必要な行動だったから。


「トールが神子だったのか。やはりな」


「知ってたのか、ランドール?」


「アスベルからその可能性が高いということは聞いていた。それに夢に出てくる女性の話を聞いたときに、そうではないかと疑っていたし」


「ふうん。知らなかった。バレてたんだ? 俺も知らない間に」


 秘密というのはどこから漏れるかわからない。


 そう言われたオズワルドの言葉を思い出す。


 本当にどこから漏れるかわからないのだ。


 これからはこれまで以上に気を付けよう。


 もう透だって自分が神子だと知っているのだし、バレる危険性は上がったわけだから。


「ビクトリアが死ぬ間際にエドのことをとても気に病んでいた」


「叔母上が?」


「死ぬ瞬間までエドの身を気遣っていたのだ。どうしてなのかわたしは理由を知らなかったが、そういう事情だったのか。そなたも大変だな」


「はい。叔父上」


 エドは「紅の神子」に心から愛されないなら死ぬ。


 そのことを打ち明けられてランドールの心は揺れる。


 甥を死なせたいわけじゃない。


 でも、その「紅の神子」は透なのだ。


 彼を得るべき立場の者がエド?


 そう思うと胸が焼ける。


 腕の中で眠っていた健やかな寝顔を思い出す。


 あのとき無理にでも自分のものにしておくべきだったか?


 いや。


 でも、彼を傷付けたいわけでは……。


 悩んでいるとアスベルの声がした。


「……上。聞いてますか、父上?」


「あ。すまない。なんだ?」


「ですからトールが神子だという事実は、ここにいる人間だけの秘密にする、ということです」


「だが、それではそなたの偏見をなくせないぞ?」


「だけど俺が神子だとハッキリさせたら最悪の場合、この国は戦火に見舞われる。そのことはランドールだって気づいているはずだろ?」


「それは……確かに」


「紅の神子」はどの国だって欲している。


 エドワードには言えないが、あまりにログレスが大国に育ちすぎて、近隣を圧迫しているのだ。


 その影響力から抜け出して自立したがっている国々にとって、偉大なる神子の存在は切り札となる。


 つまりその神子をイーグルが掲げていると、当然疎まれるし妬まれる。


 それが戦火に発展する可能性は否定できなかった。


 しかし今聞いた話ではログレスが神子を必要とする理由は、すべてエドワードを生かすためで、近隣諸国の危惧とは一致していない。


 この場合どうすることが1番いいのだろう。


「ログレスは……神子を得てどうするのだ、エド?」


「どう……と言われても。これが神子が女性だったなら、妃に迎えたいところですが、残念ながら神子は同性ですし」


 エドワードも途方に暮れているようだった。


 無理もない。


 男と真剣に愛し合え、でなければ生き残れないと言われたのなら。


「正直なところ途方に暮れています。最終的には王位を捨てても世継ぎを捨てても神子を取る。でなければわたしを待つ運命は変わらない。そう言われました」


「そうなのか、賢者マーリーン?」


「マリンでいいよ。別に打開策がないわけじゃないよ?」


「打開策がある?」


「さっき神子にも言ったけど、神子が女の子になればいいんだよ」


「マリン!! それはしないって言っただろ!?」


「そなた……両性なのか、トール?」


 唖然と問われて透は慌てて両手を振った。


「違う、違う!! マリンは力を使って性別を転換させろって言ってるだけで、俺が両性なわけじゃないってっ!! 俺は正真正銘の男なのっ!!」


「神子は……性転換が可能?」


 ランドールはそのまま黙り込んでしまった。


「父上? なにを悩んでいらっしゃるんですか?」


「いや……神子の力というのは底無しなのだと思ってな。つまり正真正銘の男であっても、生粋の女性になることが、神子になら可能ということだろう?」


「そうだよ。神子ほどの神力があれば不可能じゃない」


「だから、それはしないってっ!!」


 マリンに言い返す透をランドールはじっと見ていた。


「なに?」


「いや。どちらにでもなれるなら、エドワードを真実愛したとき、そなたはどうするのだろうと思ってな」


「……今の段階ではエドには悪いけど……あり得ない」


「トール」


 エドワードが複雑そうに名を呼んでいる。


 透は立場がなくて顔を伏せる。


「俺は男を恋愛対象にするような性癖じゃないんだよ。それで愛せって言われても」


「……望みは全くないと?」


「そ、そんな眼で見るなよっ!! 俺が極悪人みたいじゃないかっ!!」


 透は焦って一歩後退る。


 そのくらいエドワードの表情は真剣だった。


 まあ生命がかかっているのだから、当然かもしれないが。


「いや。十分極悪人だろう。いくら今そういう対象になれなくても、そういう意識を全く向けられないと言い切るのは」


「アスベル!!」


 透は絶叫する。


 このままでは押し切られそうで。


「だからね。神子の頑なな心を開いて、自分に振り向かせるのも、またログレスの王子の仕事ってわけだよ」


「マリン!! おまえ余計な入れ知恵するなっ!!」


「えー。だってこの場合、手段くらい与えてやらないと本当に極悪人だよ?」


 二の句が継げない透にマリンは無邪気に酷いことを言う。


「恋愛ってね。同性であろうと異性であろうと、相手を好きになれば振り向かせたいと願い、そのために努力する。そんなものじゃない?」


「マリン様」


「まあそのためにはまずログレスの王子が神子を愛する必要があるとは思うけどね。言っておくけど愛してもいないのに、神子に迫るのはこのぼくが赦さないよ」


 にこやかでありながら鋭い殺気を放つマリンにエドワードは慌てて頷いた。


 無理強いしたら25までと言わず、今すぐ殺されても不思議はない。


「イーグル王」


「なにか?」


「一言だけあなたには謝らなければならない」


 マリンが敬意を払うのを初めて見て、アスベルとエドが絶句する。


 神子である透以外に敬意を払ったのは、本当にこれが初めてで。


「謝る? わたしに? 何故?」


「あなたの……お妃のことだよ」


「ビクトリア?」


「王妃があんなに早く亡くなったのは……王妃がフィオリナ様の化身だったから」


 すべての者が絶句した。


 だれも声を出せない。


「フィオリナ様はね。今特殊な状態にあって、一時的に人間として生を受けられた」


「つまり? アスベルやルーイと俺は父親違いの兄弟?」


 透が唖然としてアスベルを見ている。


 それはアスベルも同じだったが。


 ランドールの顔からは感情が消えている。

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