第6話
「兄上がいない宮なんてつまんない。ぼくも第一王子の宮に住む。兄上と一緒がいいっ!!」
「それができない決まりだってことは、ルーイだって知ってるだろ? ルーイが第一王子の宮に住むときは、おれが王位継承者じゃなくなったときだけだよ」
「それは……ヤダ。王となるのは兄上だよ。ぼくじゃない」
「ルーイ……」
どういう意味だろう?
まるでアスベルとルーイが対立しているように聞こえるが。
するとルーイの眼がアスベルの背後に控えていた透たちを捉えた。その眼がみるみる見開かれていく。
「母……様?」
「いや、俺は……」
透が言いよどむとルーイが泣きながら胸に飛び込んできた。
しかし突き放せなくて抱いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、母様っ!! ぼくのせいで母様が死んじゃったっ!!」
「「え……」」
透と暁が絶句する。
するとアインが耳元でささやいて教えてくれた。
「王妃さまは8年前、ルーイさまをご出産されるときに亡くなりました。生命と引き換えのご出産で……」
「じゃあこの子は母親の顔は……」
「肖像画でしかご存じありません」
それなら人違いするのも無理はないだろう。
母親の顔を知っているアスベルに言わせても、透は瓜二つらしいから。
「気にしなくていいよ。それはルーイのせいじゃない」
「でもっ」
「元気に育ってくれたら、お母さんはそれだけで嬉しいんじゃないかな」
「母様?」
「ごめん。俺、きみの母親じゃないんだ」
「嘘っ!! だってこんなにそっくりなのにっ!!」
真っ青になったルーイが何度もかぶりを振る。
そんな弟を見かねてアスベルが近づいていった。
そっとその肩に手を置く。
頼りない瞳が兄の姿を捉える。
そんな弟にアスベルは微笑んでみせた。
「本当に彼は母上じゃないんだ。人違いだよ」
「兄上」
「そもそもよく見てみるんだ。男だよ?」
言われてギョッとしたような視線が飛んできた。
ルーイが子供らしくスッと透の胸元に触れる。
なにを確かめているかわかるから、透は敢えて黙っていた。
みるみるルーイの顔が強ばっていく。
「……ない」
「な? 男だろ?」
「でも、もしかしたら極端に胸のない女の子とか」
「どういう想像をしてるんだ、ルーイ。そもそも母上はもっとスタイルがよかっただろう? 胸だってもっと豊かだったし。肖像画、思い出してみろよ」
「うーん」
ルーイは悩んでいる。
なにを悩んでいるのか透は怖かった。
なんだかこの子には常識が通用しない気がして。
「じゃあ母様の親戚のだれか? こんなに似た人いたっけ?」
「いや。そうじゃない」
「でもこんなに似てるよ、兄上?」
「なんて言えばいいのかなあ」
アスベルが悩んでいるのは透を「紅の神子」とは紹介できないからである。
その名は諸刃の剣だ。
透にとって毒になりかねない。
紅の神子という立場は彼を特別な存在に変えてしまうだろうから。
本人は認めていないのだし、それはできない。
なによりルーイは「紅の神子」は可愛い女の子だと信じて疑っていない。
それで彼がそうだと教えるのは、母との勘違いに次いでショックな気がして言えないのだ。
「俺はメディシスの森で危なかったところをアスベルに助けられて、行く宛がなかったから弟と一緒に連れてきてもらっただけの関係だよ。悪いけど血の繋がりはないんだ」
「じゃあ兄上、今日はメディシスの森に行ってたの? あんな危ないところに?」
ルーイが驚愕の視線を向けてくる。
アスベルは困った顔で頷いた。
「危険な真似しないでよっ!! 兄上になにかあったら、ぼくはどうしたらいいのっ!?」
「ルーイ」
泣きだした弟をアスベルが抱いて慰める。
「あの子も兄さんが好きなんだね」
「暁」
「なんか気持ちわかるな。ボクも兄さんがいなくなったら、きっとショックで気が狂うもん」
「バーカ。変なこと言うなよ、縁起でもない」
この会話を聞いていたのか泣いていたルーイがこちらを振り向いた。
暁がニコニコと微笑んでいる。
どうやら同志発見と思っているようだ。
透にああいう真似をした相手を許すのは、暁にしてはだいぶ珍しいが。
男同士特有のバカな触れ合いでも、暁は必ずいやがっていたから。
同志ってそんなに特別なんだろうか。
「きみ……母様じゃなかった。なんだっけ?」
「トールだよ」
兄に注釈されてルーイが尤もらしく「そうそう」と頷いた。
知らなかったくせに。
「トールさんの弟?」
「うん。暁っていうんだ。よろしくね」
「ぼくの気持ちがわかるって」
「ボクも兄さんが大好きだから」
「うわあ。今までそういう人いなかったからすごく嬉しいっ!! ルーイって呼んで? 仲良くしようっ!!」
「うん。仲良くしようっ!!」
ふたりは手を取り合って喜んでいる。
兄ふたりは苦い顔を見合わせた。
「似た者同士だな、アスベル」
「そうみたいだな。こんなルーイは初めてみる」
「そうして俺たちも似た者同士、か?」
「どうだか」
そういうアスベルはとても打ち解けているように見える。
遠巻きに眺めていた人々は意外そうに第一王子をみていた。
「トールさんもルーイって呼んでね? ぼく、もっとトールさんと話したいっ!! 仲良くしたいっ!! ……そうしたら母様といるみたいだから」
「いいけど、それいうと暁が怒るよ」
「あ。奪らないよっ!?」
「わかってるよ。ルーイにとってアスベルさんが一番なんでしょ?」
「うんっ!! 兄上は世界一だよっ!!」
「ちがうね。ボクの兄さんが世界一だよ」
「ちがうっ。兄上だもんっ!!」
「兄さんだってばっ!!」
言い争いをはじめたふたりに、ふたりの兄が引き離しにかかった。
「そこまでにしろって暁。おまえも大人げない。おまえのほうが大人だろ?」
「う~」
「ルーイも仲良くしようって言った矢先からケンカしてどうするんだ? 友人はもっと大事にしろ。いいな?」
「はーい」
そこまで兄弟で団欒を楽しんでいると、不意に厳しい声が聞こえてきた。
「ルーイさま。どうしてそのようなところにいらっしゃるのですか?」
「カスバル……」
ルーイが怯えたような顔になる。
透と暁はアインを振り向いた。
「「だれ?」」
「ルーイさま付きの侍従たちの長、侍従長をされているカスバル殿です」
「偉いの?」
「そうですね。侍従長ともなれば国王陛下くらいしか諌められません。アスベルさまもなにかと手を焼いていて」
「なにをあんなに怒ってるんだ、あの人は? 兄弟が一緒にいたくらいで」
「それは」
アインは答えに詰まったが、カスバルは特にごまかす気もなかったらしく、すぐにアスベルに文句を言いはじめた。
「またあなたがルーイさまをたぶらかされていたのですか、アスベルさま」
「弟と一緒にいてなにが悪い?」
「邪眼の王子ごときに弟呼ばわりは不快です」
(邪眼の王子?)
ふたりはふしぎそうな目を向けたが、これに対して答えは返ってこなかった。
「兄上に失礼な言い方をするな、カスバルっ!!」
「目をお覚ましください、ルーイさま。あの邪眼にたぶらかされているだけです」
「違うっ!! それ以上失礼なことを言ったら、いくら侍従超でも赦さないからなっ!!」
「ルーイさま……」
カスバルはルーイには愛情を注いでいるようだった。
だが、その愛情の注ぎ方を間違えている。
透と暁にはそう思えてならなかった。
「そのとおりだな。アスベルのことを差別しているのはそなたの方だろう、カスバル」
突如、現れた男性にすべての者が平伏した。
アスベルとルーイが嬉しそうな顔になる。
「父上」
「父様」
へえ。
あれが国王陛下かと透は感心した。
歳のころは34、5といったところだろうか。
ルーイはともかくアスベルの父親としては若い方だ。
もしかして王子として若いときに結婚したのだろうか。
端正な顔立ちの男性だ。
この男性に透と同じ顔の女性から産まれたのなら、アスベルが美形なのも頷ける。
「ルーイはたしかにアスベルの弟王子。兄弟が逢うことになんの不都合がある?」
「ですが邪眼の王子は国を滅ぼすと……」
「そのような虚言をまだ信じているのか。アスベルが産まれてから、この国が滅んだのか? わたしを無能な王と呼ぶ気か、カスバル」
「いえ、失礼を申し上げました、陛下。お許しください」
国王に叱責されてカスバルは慌てて頭を下げた。
それは形だけだと部外者のふたりにもわかる。
しかし邪眼の王子は国を滅ぼす?
それはアスベルが救世主とされている「紅の神子」を捜していたことと関係しているのだろうか。
「アスベル。あまり気に……」
言いかけた声が途切れる。
信じられないと見開かれた瞳は、まっすぐに透に向いていた。
「ビクトリア」
「いえ。残念ながら違います。俺は男ですから」
「別人? だが、髪の長さこそ違えどあとはどこも違いなどないのに。それに男だと?」
「はあ。ルーイ……様にも納得していただきました。俺は男で別人です。亡くなられたお妃様ではありませんよ」
透はこの国の最高権力者ということで、一応敬語を使っている。
慣れていないので、どこからボロが出るかと焦っているが。
「父上。すこしよろしいですか」
「なんだ、アスベル?」
父親に近付いていったアスベルが耳許でなにかをささやく。
すると国王の瞳が見開かれた。
「間違いないのか?」
「わかりません。本人は人違いだと言っています。でも、おれはたしかに見たんです。それにあの外見です。母上は戦女神フィオリナの化身と呼ばれた方。偶然の一言で片付けられますか?」
「しかし今は違う」
「そこが問題なのです。そこで確かめる意味もあって、行く宛がないと言っていたふたりをここに滞在させようかと。よろしいですか?」
「国の大事とあれば構わんが。ルーイは知っているのか? あれはたしか……」
「はい。母上と間違えたばかりだったので、とても言えませんでした。ですから父上もこのことは他言無用に」
「それは構わんが打ち明ければ、そなたへの弾圧もすこしはマシになるだろうに。そなたが連れてきたとなれば、みなそなたを信頼するはずだ」
「だからこそ、です」
「そうか」
「国の大事だからこそ、おれは自分の事情を優先させたくない。彼が本物だというなら、それを証明してから自身の潔白を証明してみせますよ」
「世継ぎらしくなったな。それでふたりを……彼をどこに滞在させるつもりなのだ、アスベル?」
父の口調になにか執着のようなものを感じ、アスベルは不思議そうな顔になる。
父がだれかに執着するということは、非常に珍しいことなのだ。
それだけ母を愛してその死に拘っていたのだろうか。
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