第11話
部屋を移るなら今だなと判断して俺は隠し扉に手をかけた。
在り来たりな方がバレないとかで、父さんは扉の位置を本棚に設定している。
本棚の右側をすこし弄ると取っ手が浮かぶ。
それを引くと隠されている扉が出てくる仕組みだ。
書籍で埋め尽くされていても、簡単に開くように隠しキャスターがついている。
至れり尽くせりな部屋だ。
俺はいつも通りその扉を開けて隠し部屋に消えた。
裸の肩に1枚のシャツを羽織って。
「そろそろ風呂にでも入るかなあ。母さんには迷惑かけてるよな。侍女も侍従も入れないからって風呂の用意までしてくれてるんだから」
この隠し部屋に関して洗濯から掃除に至るまで身の回りの世話をやってくれているのは母さんだ。
当然だけど風呂の準備も掃除もやってくれてる。
俺がここを使用する頃には準備が整っているのが常識だ。
やっぱり俺って手のかかる息子だなあと言おうとして声が出にくいことに気付く。
そろそろノエルの時間だな。
そう思って俺はなにも考えずに風呂に入った。
湯船に浸かって肩にお湯を流す。
その肩に広がるのは流れるような黒髪。
そうか。
もうノエルになったのか。
そう思ってウトウトしそうになる。
さすがに母親だけあるっていうか、俺の好みの温度を知ってる。
そのせいか母さんが支度してくれた風呂に入ると俺はいつも眠くなる。
あまりに気持ちよくて。
だから、気付かなかった。
だれかが風呂場に入ってきたことに。
ウトウトしてコックリと船をこいで、俺はハッと我に返った。
いけない、いけない。
危うく溺死するところだった。
取り敢えず身体と頭を洗って……そう思って湯船から出て、ギクッとして身を強張らせた。
咄嗟に胸を隠す。
湯気の中、だれかが立ってる。
母さん?
それとも悪戯心を起こした父さん?
「何故……そなたがここにいる?」
(この声……兄貴っ!?)
1番あってはならない事態に俺の頭はパニックになる。
おろおろするだけでろくに反応できない。
湯気を突っ切るように兄貴が近付いてくる。
その顔は青ざめていた。
「確かにシリルが入ったはずだ。わたしはそれを見ていた。なのにシリルはいない。そこにそなたがいる。どういうことだ?」
「……」
兄貴は尋常ならない事態に羞恥も感じていないらしいが、こっちは正気に返った。
胸を隠すだけじゃ隠しきれないと悟って、咄嗟に屈み込む。
それから片腕で胸を隠して、出ていってっ!! と、何度も片手を振った。
その腕を屈み込んだ兄貴が掴む。
青ざめて顔を見上げる。
「まさか……そなたがシリルなのか?」
そんなことどうでもいいから、今は出てけーっ!!
そう叫びたいのに思いは声にならない。
「これがそなたが15になって半年後にここを出ていった理由? 王子が女性化するとは言えなかったから?」
だから、出てけって……。
考えるのも虚しくなってきて、俺はなんとか腕を振り切ろうとする。
だが、がっちり捕まれていて引き離せない。
横髪を掻き上げられてゾクリとする。
兄貴はじっと項を見ている。
「星形のアザ。シリルと同じ場所にある」
あっとなったけど、そのときには最早遅い。
兄貴は納得の表情になって、俺の腕を掴んで立たせた。
いや。
だから、裸の女の子にそういうことするなって。
理性を疑われるぞ?
兄貴がなにをするのか怖くて、俺は身を強張らせてる。
そんな俺に兄貴は余裕の顔を浮かべた。
「そうか。そなたは夜になると少女になるのか。だから、夜は姿を消していた。おそらく父上も義母上も知っていらしたのだろうな。だから、騒がなかった。そなたがどこにいるか知っていたから。わかってみればなんてことのないカラクリだな」
微笑む兄貴の笑顔が怖い。
見てはいけないものを見た気分。
「だから、結婚はしない。子供もできない。そうオーギュストに言ったのか?」
だから、なに?
瞳に言いたいことを込めて見上げる。
「おそらくそなたは自分は一生このままだと思っている。男にも女にもなれない。だから、男とも女とも結婚できない。できたとしても子供は生まれない。そう思っている。違うか?」
だから、それがなに?
兄貴になにか関係あるの?
睨む目に恨みが籠る。
「だったら男と女の境界線を崩してしまえばいい」
なに?
言いたいことが理解できずにいる俺の背中に兄貴の腕が回される。
その指がツッと背筋を伝った。
ビクリとして震える。
「おそらくだが、わたしの考えでは男を受け入れれば、真実の意味で女になれば、そなたはそのどっちつかずの状態から解放されるはずだ。女として安定する」
冗談っ。
兄貴の腕から逃れようとしたが、ガッチリと捕まれていて無理だった。
それどころか逃げようとして抗ったことで開いた胸元に兄貴の手が忍んだ。
優しい仕種で胸を揉まれ、思わず唇が震える。
悔しいけど、吐息が、漏れる。
その吐息を封じるように兄貴が瞳を閉じて顔を寄せた。
吐息を唇で直接封じて逆らえない俺の唇を散々蹂躙してから、兄貴の唇は首筋へ。
指は胸元からもっと下へ。
縦横無尽に動き回る指と舌に翻弄され、床に寝かされたところで我に返った。
このまま流されたら兄貴に抱かれることになる。
そう思って必死になって抵抗した。
でも、遅かった。
だれにも触れさせたことのない場所に兄貴の指が侵入する。
その感触に動きに俺は金縛りにあった。
動いたら裂けそうで動けない。
それをいいことに兄貴は益々深く指を差し入れてくる。
ンッ。
イヤだ。
なんで感じてる、俺?
腰が震える。
逃げたいのにもう身体には力が入らない。
兄貴の指の侵入も徐々にスムーズになってきて、その動きも大胆になってくる。
身体が受け入れているんだという絶望感に襲われる。
「何故……泣きそうな顔をする?」
イヤだからだ。
そんなこともわからないのか、このバカ兄貴っ!!
今の兄貴の指も舌も俺を犯すものでしかない。
今の兄貴は俺を護ってくれた愛してくれた兄貴じゃないっ!!
そう言えたらいいのに……。
「こんなに濡らしてわたしを受け入れていながら、何故そんなに泣きそうでイヤそうな顔をする?」
男も女も一緒なんだなと今更のように絶望する。
身体の相性さえ合えば、そうして感じることができれば、心がなくても身体は反応する。
つまりはそういうことだ。
俺の身体は条件反射で兄貴を受け入れても、俺の心は受け入れてない。
それをこのバカ兄貴はわかってくれない。
泣きたくなる。
出ない嗚咽をそれでも噛み殺していると、兄貴は戸惑ったように顔を覗き込んできた。
「そんなにイヤなのか? 泣くほど?」
コクンと頷いた。
「わかった。では……諦めよう」
ホ、ホントに?
思わず顔を明るくして見上げると兄貴がひとつだけクギを刺した。
「だが、もう隠し事はナシだ。それにわたしを避けるのもナシだ」
そのくらいやめてくれるならなんでもない。
俺は勢いよく頷いた。
「だが、そなたの処女はいつかわたしが貰う。そのことも忘れないように」
真顔で言われてどんな反応も返せなかった。
その眼に浮かぶ情欲は雄のものだった。
わかるから怖い。
「全く。そなたはまるでわたしのために生まれてきたような存在だな」
都合のいいこと言ってんじゃねーっ!!
「男では正式な結婚相手にはなれない。そう思っていたのだが、どうやらそなたはその難題も軽くクリアしそうだ」
ゲッ。
なに考えてる?
この腐れ外道?
「父上に結婚を申し込むとするか」
結婚?
だれに?
ここで疑問符を飛ばした俺をどうか憐れまないでくれ。
だって理性が受け入れることを拒否したんだ。
仕方ないじゃん。
「王女としてのそなたにわたしは結婚を申し込む」
俺は王女じゃねーっ!!
ああ。
罵倒してやれたらどれだけ楽かっ!!
「昼の王子としてのそなたも、夜の王女としてのそなたも、だれにもやらない。わたしのものだ」
勝手にもの扱いするんじゃねーよ、バカ兄貴。
どうしてそこまで俺に執着する?
恋人候補だってこの1年半、捨てるほどいただろうに。
「知らないだろう? わたしがどれほど苦悩してきたか……なんて」
苦悩?
兄貴が?
「まだ幼いそなたの寝顔を見て男として抱きたいと思うわたしは外道だと、どれほど悩んだか」
確かに外道だよ。
それ、俺が何歳のときの話だよ?
俺が10歳のときにはこの病気、始まってたわけだし。
「男として普段の処理の方法でも教えるフリをすれば触れるか。そんなことまで考えていた」
どこまで腐ってるんだ、その頭?
「だが、無邪気に慕ってくるそなたがあまりにあどけなさすぎて、わたしにはなにもできなかった。せめて王女であったなら、妹だったら婚約も申し込めたのにと何度思い詰めて考えたか。まさかその夢をこんな形で叶えられるとはな。普段のそなたの姿とは違うのが残念だが面影は……残っているようだな。よく見てみれば顔立ちはそのままだ」
そりゃ基本的な造作は同じだよ。
色が違うだけで俺は俺なんだし性別変わっても顔が変わるわけじゃない。
でも、この際、顔も変わっててくれたら、この場も誤魔化せたかなと思うとため息しか出なかった。
兄貴……ひょっとして俺の部屋に潜んでた?
だから、俺が隠し部屋に入るところを見ていて後を追いかけてきた?
なんで気付かなかったんだ、俺っ!!
自分を罵っても事態が好転するわけじゃない。
晴々とした兄貴の顔を見ていると、これからが思いやられて俺はこっそりとため息を漏らすのだった。
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