1話「久々の再会」
連絡を受け取って数日後の朝。
俺は週末でごった返す駅前の広場で、そわそわと芽衣が来るのを待っていた。
あの以来、何回か連絡を重ねた結果、彼女はこの場所を待ち合わせ場所に指定してきた。
出来れば早めに会って、話を聞きたいと個人的には思っていたが、あっちは仕事をバリバリにやっている。
疲れた状態であれこれ聞かれることは、不愉快のなにものでもない。
この後、何事もなければこのまま会って、話を聞いて、家に入れることになる。
何日いることになるかは分からないが、未だにこれから起きる事に対しての実感が湧かない。
未だに夢に見たことを現実として勘違いしている、というケースの方がよっぽど現実的に感じる。
「おーい、拓篤!」
「!?」
そんな感じで上の空状態の俺に、突然聞き覚えのある声がはっきりと聞こえた。
体が想定していなかったためか、ビクリと跳ね上がってしまった。
視線を声のする方に向けると、少し見た目が変わったものの、見慣れた幼馴染の姿がある。
「そ、そんなにびっくりしないでよ」
「ご、ごめん……。ぼーっとしてた。久々……だな」
「うん……。いきなり本当にごめん」
ちょっとだけ視線を落として、目を逸らされた。
そんな彼女は、黒髪から街の女性の多くと同じようなダークブラウンに染めている。
服装も、制服姿からは考えられないほどオシャレで、大人な雰囲気が漂っている。
化粧もオシャレも制限される学生時代から、可愛さは盤石のもので、これ以上可愛くなるなんてあるのかと思っていたが、また一段と容姿の端麗さが際立っている。
端的に言えば、垢抜けたというやつか。
「そ、そんなにじろじろ見ないでよ……」
少し見た目が変わっただけなのに、雰囲気の大きな変わりように内心驚いていると、落ち着かないとばかりに小声で非難してきた。
「いや、一年も経ってないのにこんなに変わるもんなのかって思ってな」
「そういう拓篤は、全然変わってないね。なんかホッとする」
「どうせ俺は何も冴えてねぇよ」
「別にそこまで言ってないじゃん。そういう捻くれた言い方をするところも、変わってないね」
「普通はこんな短期間で、人は変わらねぇよ」
「……だよね」
いつも通りの芽衣と関わるテンションで、話したつもりだが、その言葉に対する反応だけは悪かった。
重苦しそうな反応と表情で、やはり何かただならぬ事が起きているのだと、改めて感じた。
「……寒いな! そろそろ駅前のカフェにでも入ろうぜ。久々にいい朝飯食うとするかな」
「賛成。こんなに寒くなるなんて思わなかった。私もまだ朝ご飯食べてないんだよね」
「そこのカフェでいい? 週末だから人の込み具合どうなってるか知らんけど」
「いいよ、とにかく温かいところ入りたい」
取り敢えず、駅前に入っているカフェに向かうことにした。
待たずに座って、すぐに落ち着くことが出来ればいいのだが。
カフェ向かうために歩き出すと、キャリーバッグをゴロゴロと引っ張る音が後ろから聞こえてくる。
「俺が代わりに引っ張ってやるよ」
「悪いよ。私の荷物なんだし」
「気にすんな。寒い中、重い荷物引っ張ってたら、手が荒れるぞ。仕事してるんだから、手は大事にしとけ?」
「……ありがと」
芽衣からキャリーバッグの持ち手を交代し、そのままゴロゴロと引っ張る。
もちろん俺も勉強をしないといけないが、右手さえ無事であれば問題無い。
今日ばかりは、左手に犠牲になってもらおう。
「……大学。楽しい?」
カフェに歩みを進める中、後ろからそんなことを聞かれた。
「全然。もっと遊べるのかと思ってたら、勉強ばっかりやぞ」
「そうなんだ」
「勉強が苦手なお前なら、確実にリタイアだな」
「うー、それは確かにそうかも」
そんな話をして、先程から引きずるやや重苦しい雰囲気を何とか払拭しようと努力しながら、カフェの前に到着。
ドアを開けると、チリンチリンと鈴の音が聞こえて店員さんが出てきた。
「何名様でしょうか?」
「二人です」
「では、こちらへ」
どうやら空席があるようで、店員さんに案内される。
付いていくと、一番奥で人目を気にする必要の無いいい場所だった。
「メニュー表がこちらになりますので、お決まり次第、ボタンを押していただければ」
「ありがとうございます」
店員さんが戻っていった後、お互いに椅子に腰掛けた。
「モーニングセット?にしようかな」
「俺もそれにするわ」
「パンケーキとホットサンド、どっちにするか選べるらしいけど」
「ホットサンドー」
それを聞いた芽衣が、ボタンを押して店員さんを呼ぶ。
来た店員さんに、二人分のモーニングセットを注文した。
「少々お待ち下さい」
注文を聞くと、再び店員さんはカウンターに下がって行った。
「さて。それじゃあ、何があったか聞かせてもらおうかな」
「……うん」
「まず、何が起きて今の放浪状態になったのか、もう一度教えてくれないか?」
メッセージで、同棲していたが喧嘩別れをしたと聞いたが、改めて話を一つずつ聞いてみることにした。
「……夏ぐらいからその人とはお付き合いを始めて、冬前には同棲を始めた」
「ってことは、同棲してニ、三ヶ月で今の状態になったってこと?」
「うん、そういうことだね……」
夏ぐらいから付き合うはまだ分かる。
仕事がある程度分かり始めて、心に余裕が出来始めて付き合うタイミング的には、そこまで違和感がない。
ただ……、付き合ってそんなに早くから同棲するというのは、やはり驚きが大きい。
世の中には、そういう人達も少なくはないだろう。
でも、高校生まで色恋沙汰に関与してこなかった芽衣が、そんな一気に発展すると正直考えられなかった。
それほど芽衣が心動かされる相手とは、一体どんなやつだったのだろう。
「やっぱり、同棲するっていうぐらいだから、最初は相当仲が良かったってことだよね?」
何を聞いているんだ、俺は。
こんなこと当たり前だし、これを聞いて一体何の意味があると言うんだ。
「……まぁ、そうなのかな」
「そっか、そりゃそうだよね」
「うん……」
「……」
「……」
そりゃこうなる。
この後、どう反応しろって言うんだって感じだろうな。
同棲するほど仲の良いカップルだった……か。
こうやって垢抜けた姿を見れば、どこまでの関係だったかも、流石の俺でも分かるような気がする。
「何で……喧嘩したの?」
「私の帰りがちょっと遅かったから」
「ちょっと遅かった?」
その「ちょっと」がどれくらいかにもよるが。
「帰るって言った時間より、仕事で一時間位遅くなっちゃって。それで何で連絡の一つもないんだって……」
「束縛、きつい人?」
「そういうことに、なるね」
「それで我慢出来ずにぶつかって、盛大に喧嘩して別れ話になってそのまま勢いで出て来たってことね。オッケー、把握した」
「ん、ありがと」
一通り話終えたところで、モーニングが俺たちのもとに来た。
俺は卵のホットサンドで、芽衣はメープルシロップのかかったパンケーキ。
「拓篤、はんぶんこしよ」
「いいぞ」
お互いに綺麗に割って、交換する。
「こういうこともすっかりしなくなったから、すごく新鮮だなぁ」
「会社で仲のいい人作れよ。今からでも間に合うだろ」
「んー、そうしたいんだけどね。周りの人、私の倍以上の年の人ばかりなんだよね」
「そうなのか」
「うん。だからなんか娘みたいに可愛がられる感じで、友達って感じでもないんだよね」
「そんな環境で仕事してたのか。あんまりそういうことって、聞くもんじゃないかなって聞かなかったから、知らなかったわ」
「でも、いい人ばかりだよ。高卒なのに、基本的に定時終わりで、土日休みとか破格の条件だよ」
「給料は?」
「もちろん高卒だから高くないけど、それでもくれてる方だと思う。本当にみんな大事にしてくれてるから、感謝しかないよ」
「仕事は順調なんだな」
「うん。運が良かったのもあるけど、何だかんだ言われても、今の政権のおかけでぼちぼち求人あって、私は選ぶことが出来たからね」
「……めちゃめちゃしっかりしてるんだけど。変わりすぎて怖い」
「尊敬してもいいんだぞ?」
言っていることが、しっかり社会人。
一足先に働いているということが、ここまでしっかりとした大人にさせるものなのか。
勉強をいくらしていたって、所詮は学生。
俺はまだまだ子供だと思わされる。
「今までは、どこで過ごしてたの?」
「格安ホテルに泊まって、そっから出勤」
「そんなにしんどいスタイルだったんなら、早めにアポとってくれりゃ良かったのに」
「そんな飛び出していきなりすぐに、頼むってことは流石にしないでしょー。って、まぁ泣きついてるやつが言うのもあれだけど」
「それもそうか……。俺でもそうなるわ」
「ま、長い間いることにならないように、今も格安物件必死に探してるから! 後、都合が悪くなったら、遠慮なく言ってね! すぐに出ていくから」
「入る前から、そんなこと言わなくていいわ。とりましっかり落ち着け」
「申し訳ない……」
ブラックコーヒーを口に流しながら、話は進んでいく。
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