友の過去


 リュウトとレンは同じタイミングで目を見開き、自らを落ち着かせようと無意識に大きく呼吸する。


「一年前にレンと同じだった学校を転校して、別の学校に来た時に父さんと母さんが事故で亡くなったんだ」


 トウヤは俯き気味に話すと、レンは言葉が見つからないのか口を開くも躊躇している。昔からの知り合いだろう二人の姿を見て、リュウトもまたかける言葉を見失っていた。


「そうだったのか……悪ぃな」


 ようやく捻り出せたレンの言葉にトウヤは首を横に振り再び話し始める。


「そのあとすぐに施設へ送られたんだけど、そこであの化け物に襲われたんだ。施設の人はおれ以外皆殺された……その後移った施設も、次の施設も」

「そんなに……」


 トウヤの生い立ちに何も返せない二人。同時に呟くように言葉を零すリュウトは、自分以上の境遇のトウヤに僅かながらに恐怖を感じていた。

 もしあの時ユウキに助けられていなかったら――。

 その先を想像するだけで、身体中に冷たい何かが通り抜ける感覚に襲われる。


「途中何ヶ所か拒否されたりしたよ。『君のような子が居たら他の子が危険』だって。でも一昨日にようやく入れた施設にもそいつが出始めて、おれが居なければ襲われないと思って昨日そこから逃げ出したんだ」

「そう言う事か」


 突然リュウトがポツリと納得した様に呟くと、二人の視線が一斉に向けられる。


「どうしたリュウト?」

「昨日トウヤが逃げ出した時に寮の辺りに来たから、魔剣持ってるおれを襲って来たのかもしれない」

「そうか、他の悪魔にしろ滅殺者スレイヤーにしろ、トウヤにそれだけ執着があればお前を狙って来た事も納得な訳だ」


 二人の会話を聞いて、トウヤの顔から一気に血の気が引いていくと同時に、身を乗り出す勢いでリュウトに問い詰めた。その目は焦りで見開き、腹部がふわふわと浮く様な恐怖が襲いかかる。


「まさか……おれのせいでリュウトが襲われたの!?」

「違うよ、トウヤのせいじゃない。それにおれも応戦したけど逃げられたんだ。ごめん、あの時おれが倒せてれば……」


 謝るリュウトにトウヤはゆっくりと首を振りながら、眉間に皺を寄せて悲嘆な表情を浮かべる。


「そんな、そんな事ないよ!リュウトは悪くない。おれがこの辺に来なければ襲われなかったのに……おれの方こそごめん……ごめんなさい……」


 トウヤが頭を下げると、親に怒られた子供の様に溢れる恐怖と反省が頬を伝っていく。

 自分のせいで行く先々の物が無惨に消されて行く現実。

 全てを自分のせいにするトウヤの姿を見て、限界が近いと感じたリュウトはレンに視線を向ける。


「レン、この話しはマナに話そう。ちゃんと保護してくれるはずだ」

「そうだな。トウヤ、おれ達が何とかしてやるから安心しろ!」


 目の前の壊れかけた友達を見つめたまま、レンはリュウトの意見にゆっくりと頷く。トウヤは目元を拭うと、未だ溢れそうなものを堪えながら二人に微笑を浮かべた。


「二人共ありがとう……」


 トウヤの言葉と共に、リュウトは再び何かを感じ取る。今度は確実に発生源の位置を捉えた。


「……トウヤ、一個だけ気になる事があるんだ」


 気になったリュウトは雰囲気が変わる事など気にせずトウヤに問いかける。


「トウヤのそこから魔力を感じるんだけど、何かある?」


 応答を待つ前にゆっくりとトウヤの胸の辺りを指すリュウト。

 トウヤは首の襟元から手を突っ込むと指された辺りからとある物を服の上に出てきた。


「あるとしたらこれかな」


 姿を現したのは十字架の形をしたペンダントだった。全体的にシンプルなデザインとなっており、十字架の中心部には赤紫色の宝石が埋め込まれている。

 その十字架がリュウトの視界に入った瞬間、曖昧だった気配が強くなり、すぐに感じ取る事が出来た。


「これだ!これから魔力を感じる」


 だがレンとトウヤは二人で顔を見つめ合い、どちらからという訳でもなく一緒に首を傾げる。

 そんな二人には目もくれず、差し出されたままの十字架に顔を近付けていた。そんなリュウトもやがて片眉を歪ませながらペンダントを見つめ始める。


「でも何だろう、他の悪魔の魔力とはちょっと違うような……?」

「もしかしてこれが悪魔に狙われる原因とかか?」


 レンの思い付きにリュウトは確証が持てず否定も肯定もせずただ首を傾げる事しか出来ない。


「うーん……何とも言えないけど、これは誰かから貰ったの?」

「……二人の形見なんだ」


 トウヤはそう言って、優しくペンダントを握りしめる。

 すると感覚だけで見えないはずの魔力が、トウヤを包み込むような光景がリュウトの頭の中に思い浮かんできた。


「父さんが母さんに贈った物だったんだけど、事故の時も身に付けてて……これだけ無事だったんだ」


 教会や寮で襲いかかって来た喉元を抉るような鋭い魔力とは違い、暖かい光に手を当てている感覚を思わせてくれる。魔力は良くない物と思っていたリュウトにも自然と笑みが零れてきた。


「そうだったのか、それなら大事にしないとね」

「よし!何かよくわかんねぇがとりあえず今日はもう寝ようぜ!おれ3人で寝るの初めてなんだ!」


 レンは二人を引き寄せ肩に手を伸ばすと、まるで遠足を楽しみにしている子供のように寝室へと向かう。部屋は綺麗に片付けられており、畳まれた布団が三人分用意されていた。

 ご機嫌なレンは鼻歌を奏でながらその布団を丁寧に広げていく。


「だからってまずトウヤの意見も聞かないと……」

「おれは大丈夫だよ。それに友達と寝るなんて久しぶりだからちょっと嬉しいかも」

「だってさリュウト!お前も観念して一緒に寝ようぜ!!」


 敷き終わった布団の真ん中にレンが陣取ると、こっちで寝ろと言わんばかりに右端の布団を叩く。

 思えばトウヤと同じで友とゆっくり寝る何て久しぶりのような気がしていたリュウト。ため息を吐きながらもその口元は少し緩んでいた。


「はぁ、わかったよ。レン勝手に布団の中入ってくるなよな?」

「おう!保証は出来ねぇけど!ババ抜きやろうぜ!ババ抜き!」


 どこから出してきたか分からないトランプをシャッフルすると、布団の上で分けていくレン。

 寝るんじゃなかったのか――。と思いながら、トウヤとリュウトも差し出された手札にそっと手を伸ばした。

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