第37話




 謁見の間に呼び出された面々は、どこか居心地が悪そうにお互いの顔を見比べた。


 中央には侯爵夫妻、ロリオンとクローディアの姿があり、その両側にリオンクール公と代替わりしたばかりの、年若いアルレード伯の姿があった。


 彼らをぎこちない雰囲気にさせているのは、玉座に座したディアスの、不機嫌な沈黙である。


 謁見の間に姿を見せてから、ディアスはみなの挨拶を受けてかなりになる。


 だが、彼はまだ一言も口を開いていない。


 らしくないその様子が緊張を生むのだ。


「クローディア」


「はい?」


 突然の指名に驚きながら、クローディアが声を返すと、ディアスは珍しく皮肉な笑みをみせた。


「秘書官に直談判にきたんだって?」


「あの子はわたくしの最愛の弟ですわ。心配してはいけませんか、陛下」


 まさか、とうそぶいてディアスは朗らかに笑う。


 それがわざとらしくて、クローディアが顔をしかめた。


「俺はこの一月半。ずっと王宮にいたよ」


 ざわめきが広がるのをすこし皮肉な気分で眺めて、ディアスは軽く欠伸を噛み殺す真似をした。


「1ヶ月半ほとんど眠ってないけど」


「どういうことですの?」


「あなたはいったいどちらにいらしたのですか、ディーン・ディアス陛下」


 夫婦揃っての問いかけに、惚けていたディアスの表情が、ゆっくりと変わる。


 断罪する覇王のものへと。


 やがてその眼差しはリオンクール公の上で止まった。


 青ざめたリオンクール公にディアスの皮肉な笑みが映る。


「本当は俺さ、こんな謁見なんてまどろっこしい真似しないで……殺すつもりだったんだけど」


 わざと省く固有名詞に下座に立つ人々の顔色が変わる。


「はっきり言って一時は一族郎党、皆殺しにしようって本気で思ってたから」


「陛下。それはどういう意味なのですか? あなたらしくもない」


「十分俺らしいと思うけどね、クローディア」


「いいえ。そんなあなたはいつもの陛下ではございませんわ」


 ディアスを恐れずに意見してくるのはこの女性だけだ。


 異性の中では。


 さすがはリュシオンの姉姫である。


「これ以上はないくらい俺らしいと思うよ。なにしろこの意見には、セインリュースだって賛成してるんだから」


 蒼白な彼らを見下ろして、ディアスは意味ありげな笑みをみせる。


 その背後で秘書官親子が無表情に立っているのが、彼らを更に脅かせた。


「リュースが本当にそのようなことを申したのですか? 信じられませんわ。あの優しい子が」


「リュースは優しいだけの皇子じゃない。切り捨てることも知る統治者だよ。そのくらいのことは、クローディアが1番よく知ってるんじゃないのか?」


 突き放すディアスの口調に、たしかな怒気を感じ取り、クローディアが沈黙する。


「もうすこし立ち入った説明をしていただけませんか、陛下。それでは我々には意味が通じません。


 臆することのない発言はロリオンである。


 義理とはいえ、リュシオンの兄、父の肩書きは伊達ではないのだ。


 ディアスが応えて口を開こうとしたときに、謁見の間の扉がゆっくりと音を立て開いた。


 振り返る視線が集中する、その向こうに世継ぎの君、セインリュースが姿をみせる。


 噛みしめるように歩み寄る世継ぎの君を前にして、ディアスは軽く舌打ちし、アリステアに合図を送った。


 駆け寄ったアリステアに支えられ、リュースがやってくる。


 立ちすくむ人々の目の前に。


「ひどいよ、ディアス。謁見をやるんなら、俺にも一声かけてくれよ。この件は俺だって腹に据えかねてるんだ」


「ろくに歩けもしないくせに、なに言ってるんだ。ほんとにもう」


 ぼやくディアスの隣の椅子に、疲れ切っていたリュースは、崩れるように腰掛けた。


「大丈夫ですか、リュース?」


 心配そうな伯母を振り向いて、リュースが片手を振った。


 明るい笑顔を久しぶりに見て、クローディアが泣き出しそうな顔になる。


「あんまり大丈夫じゃないんだけどね。この謁見だけは俺も出たかったから」


「本当にあなたがおっしゃったのですか、セインリュース皇子。一族郎党を皆殺しにしたいと」


 ロリオンの強ばった顔を見て、リュースは軽く頷いた。


「正解には俺が言ったのは関係者全員皆殺し、だけどね。一族郎党っていうのは、ディアスの方じゃないかな? 1番最初に潰してやるって怒ってたし」


 一族郎党皆殺しも関係者全員皆殺しも、大して変わらないような気がする。


 それはこちら側だけの感想なのだろうか?


「俺が元気ならこの場で全員殺してやりたいくらいなんだ。力を使って世界中に散った一族郎党ね」


「リュースっ。どうしてそのようにむごいことを言うのですかっ!!」


「当たり前だろっ!! 親父殿を殺されかけて黙っていられるほど、俺は優しくないんだよっ」


 愕然とした沈黙がその場に満ちた。


 だれも声を出せない。突然の世継ぎの発言に飲まれ。


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