第3話 皇帝陛下行幸 side:フィリップス伯爵

 その日、フィリップス伯爵家はパニックに陥った。

 それもそのはず、我が家に遊びに来ていた娘の友人の家族が先日の皇帝家が受けた災害で一人残らず亡くなってしまった。その娘を慰め、場合によっては引き取って養女としてフィリップス家に来てもらおうと相談していたら、皇帝陛下が突然やって来る事になったからだ。皇帝陛下の初の行幸先に伯爵家に来られることは普通なら喜ばしいことだが、その皇帝陛下のご家族がお隠れになったのがその災害であったので、その娘、リリーシャを目当てに来られることは、想像にかたくない。

 もし、彼女に無体なことをするならいくら皇帝でも、いくら10歳の少女でも諌めねばならないだろうと、伯爵である私は考えていた。



 翌日、皇帝陛下を乗せた馬車の車列が我が家に来た。

 さすがに皇帝家唯一の生き残りだから相当数の護衛が付いた車列が来ると思ったら、わずか3台の馬車で来られた。

 すかさず一番豪華な2台目の馬車の前に行きひざまづく。

 馬車の扉が開き、そこから出てきたのは――――鎧を纏った近衛騎士だった。


「あのー、こっちですよ。」


 その声を聞いて振り向くと、先頭の馬車から10歳ぐらいの少女が出てきた。何かと思って見ていたら、近衛騎士から「皇帝陛下です。」と言われ、慌てて頭を下げた。皇族が被害にあったとは聞いていたが、まさかあんな少女が皇帝になるなんて。


「頭を上げてください。」


 皇帝陛下の声に頭を上げる。そこにいたのは娘より幼い少女だった。だが、凛とした姿で立っていた。


「今日は突然来てしまってごめんなさい。でも、じっとしていられなかったので来てしてしまいました。」

「いえ、皇帝陛下が我が領に来られるとは思っておりませんでした。」


 陛下は少し笑いながら


「私も、昨日気づきまして慌ててきた次第です。」

「そうでしたか。しかし、まさかこんな可愛らしいお嬢様が皇帝陛下になられるとは……。」

「いえ、残念ながら、前皇帝を含む全ての親族がいなくなってしまいましてので、仕方なく。その事自体は隠してませんし、よく知っておられるんじゃないですか?」


 しまった。こいつは失言だったな。

 頭を掻きながら、


「で、皇帝陛下がなぜここに来たんですか?」


 さあ、どう反応するか……。

 皇帝陛下は俺の事をじっと見て、そのまま凛とした顔で、


「……あなたも護っているものを護るためです。フィリップス卿にも聞いてもらった方がいいですね。まだ極秘なので漏れないようお願いします。」


 皇帝陛下の顔を見つめる。その目を見て、


「……わかりました。で、聞いておくべき人間は?」


 陛下は少し考えて、


「余と卿とリリーシャ嬢は確実に、あとは秘密を守れる者ですね。あと、先に卿と話し合っておくべきです。」


 それを聞いて驚いた。10歳の少女の思考じゃないだろこれ。噂に聞く異世界転生か?

 暫し呆然としてしまったが、すぐ頭を下げる。


「わかりました陛下。では我が執務室でお話を承ります。」


 皇帝陛下を執務室に案内しながら、お茶とお菓子を執務室の方に用意する。



 執務室の応接セット、その一番奥のソファーに10歳の少女が座る。今、この執務室にいるのは、10歳の皇帝陛下と、対峙する40前の伯爵――――。なんとも不思議な光景である。


「フィリップス卿、これは昨日内々に決めて発表は葬儀の後にする予定の話なんだけど、貴方の意見も聞いておきたいと思うので、問題があるなら忌憚なく言ってちょうだい。

 まず、リリーシャ嬢はアイランド男爵家を継ぎ、アイランド男爵は今回の災害の際、皇帝家を護らんが為に殉職したとして子爵へ陞爵。リクラウドの離宮跡を含む一帯を領地にし、離宮跡を皇帝家の墓所とし、その管理を行う。彼女自身も皇帝家が保護する。

 こういうことを考えているのだけど、フィリップス卿はどう思う?」


 フィリップス卿は顎に手をあて、考え出す。しばらくして考えがまとまったようだ。


「まず、男爵家を未成年の少女が継ぐこと自体が問題ですね。あと、殉職での陞爵をして継がせることもあまり前例はないですが、皇帝家の墓所を守護すると言うことなら問題ないでしょう。」


「うん、確かに未成年の少女が爵位を持つのはあまり良くはないのでしょうが、すでに、さらに若い10歳の少女が皇帝になってます。そんなことを言い出す貴族は不敬と言ってしまえば良い。」


 フィリップス卿はなるほどという顔をして、頷く。


「それなら、問題にすることはできなくなりますね。ですが、領地経営の方はさすがに―――――。」

「それについては後見人を置くことで問題にはならないと思うのだけど?」

「なるほど。成人するまで後見人が面倒を見るということですね。ちゃんとした後見人がつくのなら良い案ですね。」


 フィリップス卿に賛同を貰えて、私はニヤリと笑い提案をする。


「後見人は卿にやってもらおうと思う。」

「えっ?」

「今、この場で決めた。今日、ここに来てからの卿の言動を聞き、信頼に値する人物と見ての判断です。関係と言えば娘の友人でしかないリリーシャ嬢を考えての行動、卿に任せるので問題ないでしょう。文句を言う者には皇帝からの勅命とすればなにも言えなくなるでしょ。」


 一瞬ポカンとした顔になったフィリップス卿だが、すぐに大笑いをし始めた。


「いやぁ、陛下、さすがですな。まさかこんなことを言い出すとは、参りました。いやね、実を言うとリリーシャ嬢をうちの養女にしようかと言う話を家宰と話していた所だったのですよ。ですが、その方法だと彼女の実家を存続することができるうえに、彼女の家族が眠る地にいることができる。しかも、彼女を護る後ろ盾として皇帝家と我が伯爵家がいる。伯爵より上の馬鹿どもでも皇帝には逆らえん。さらに彼女につきそうな虫も、皇帝陛下の勅命の名の元に私が介入できる。穴になりそうな場所が見つかりませんな。」

「問題あるとすれば、彼女がまだ学生であることですが、帝立学園に通うことは問題ありませんし、学園内でも友人である貴方の娘が一緒にいますから、何かあれば帝城に連絡すれば私が動きます。」

「まさに鉄壁になりますな。あとは彼女の心の問題ですか。」

「そうですね。だから私がここに来たのです。彼女の心を一番理解できそうなのは私ですから。」

「――――そうですな、陛下も……。」

「彼女と同じく一族を遠い地で一瞬にして亡くしましたから。」


 だから共感はできると思う。


「――――では、案内しましょうか。」

「ええ、お願いします。」


 私には周りによく知っている大人がいましたが、彼女は一人きりでここにいました。私は彼女にどういう顔をして会うことになるのでしょう。



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次回は6日に更新します。その後、隔週土曜日に更新します。

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