第27話

 しばらく運転して家へ着いたのはまだ、空も明るい時間。運転は慣れていることもあり、幸い疲れもそう感じてはいない。これならもう少しくらいキャンプ場にいられたかもしれない、と思わないでもなかったが、そんな甘い考えは車から荷物を降ろす段階で打ち砕かれた。


「楓は家入って休んでていいよ。運転疲れたでしょ」


 声を張る一茶は、そう筋肉がある風でもないのにたった一人で大きなテーブルキッチンなどをせっせと運び出す。詩音くんもまた、それより小さなクーラーボックスや釣竿などを片づけていた。今車から降ろせたものだけでもかなり量がありそうに見える。これを片づけて、洗い物や洗濯も済ませて、明日の大学の準備もしなくてはならない、となると今日一日はもっぱら片付け作業で終わると言っても過言ではないかもしれない。僕は覚悟を決めるようにふぅ、と息を吐き、一茶の言葉も無視をして作業の手伝いへと取り掛かった。


「お父さんがそのまま車に積んで返していいって言ってた」


 キャンプ道具の貸主の息子であるひなたは相変わらず大事そうにクマのぬいぐるみを抱えながら僕たちを眺める。


「綺麗にして返さないとだめだろ。ひなたんも手伝えよ、クマ置いてこい」


 一茶はそんな彼を一度叱るべく手を止めて彼の方へ振り向いてから、そう言ってまた作業を再開した。僕も彼の意見に同意だ。

 一茶の後をついて行き、玄関のそばへ荷物を降ろす。彼は困ったように僕を見て息をついた。


「お前ほんと言うこと聞かねぇよな。じゃあさ、あれ、洗ってきて」


 そう言って彼が指を指したのは、詩音くんがたくさんの荷物と一緒に抱えた大きなカバン。キャンプ中に使用したお皿や調理道具が入ったものだ。どうやら、彼はどうしても僕に家にいてほしいらしい。

 別に力仕事だってできるし、なんならここにひなたを残すよりかは使えるはずだ。しかし、僕は敢えてそうは言わずにただ黙ってそれに頷いた。ひなただって、きっとみんなでわいわい作業をしたいだろうから。






 家へ入って念入りに手を洗ってから、外から聞こえる楽しそうな声に耳を傾けながら一人黙々とお皿を洗う。別にそれらは特別多いわけでもないけれど、普段使用しているものとは違ってしっかり水気を取ってしまい込める状態にまで戻さなくてはいけないのが少し面倒くさい。

 とはいえ。正直なところ結構家事ができてしまう僕は、そこそこの時間があればそれらの作業はすぐに終わってしまう。全てを元の綺麗な状態に戻してもまださほど経たぬ時間を確認し、今度は幸いにも既に玄関へ運びこまれていた着替えなどの洗濯やら片付けへと取り掛かった。


 そうして家事を着々とやっつける中、ようやく彼らが家へ戻ってくる。玄関まで迎えに行くと、炎天下の中作業をしてくれていたからだろう。ひなたなんかは特に汗でびしょびしょで、何故か頬にまで土の跡があった。


「うわ、ひなた今すぐシャワー入ってきぃや」

「んー? 楓先でいいよ?」


 ひなたは無駄な気遣いを発動させて、玄関へ置いてあったクマを抱き上げようとする。


「お前にその状態で家の中歩き回られる方が嫌やわ」

 

 僕は彼より先にくまの首根っこを掴み上げてリビングへと非難させた。


「ん~……じゃあ入ってくるぅ」


 彼は意外にも素直にそう返事をしたかと思えば、大人しくお風呂へ向かった。


「わぁすごい、全部片付いてる」


 一茶はリビングへ入るなり、そう感嘆の声を上げた。こうして、僕の初めてのキャンプおよび一茶の誕生日会は、幕を下ろした。






 そうして皆でシャワーを済ませてご飯を食べて、夜には知らぬうちにひなたがコンビニで買って来たらしいケーキを食べたりして。そうしてまた、この何気ない一日が終わろうとしていた。でも。

 この何気ない一日の終わりこそが、僕のキャンプで得たものの内一番大きなものを試す勝負の時だった。

 珍しく、パソコンも起動せずにベッドで手元の大きめなタブレットを眺めながらごろごろしている詩音くんの隣へ横になる。彼のタブレットを一緒に覗き込むと、どうやら彼はこの前買ったゲームのプレイ動画を見ているようだった。しかし。

 彼はそんな大好きなゲームのことから一度目を逸らし、僕へと視線を向け微笑んでくれた。そして、彼お気に入りの緑色の有線イヤホンを片方僕へ差し出して八重歯を見せる。

 ドキリと心臓が高鳴るのを感じた。でも。そんな彼の優しさにやられている場合ではない。僕はキャンプ中、一茶に言われたことを思い出していた。


『楓はただ、愛されたいだけなんだよ』


 一茶のその言葉に、本当に救われた。だから。

 勇気を出して、彼の差し出したイヤホンを素通りして彼の耳へはめられたイヤホンをそっと外す。そして、呑気に少々首を傾げる彼の耳へ口を寄せ、そっと囁いた。


「今日も、せぇへんの? えっち」


 今までは、自分が彼に求めすぎていたのだろう。ろくに自ら誘ったこともなかったのだから。だから。自分から誘って、愛してもらえたら。そう、思っていた。なのに。

 詩音くんは一瞬口角を上げたくせに、それを取り繕うようにタブレットで口元を隠して目を伏せた。


「楓、疲れてるでしょ」

「いや、でも……前は毎日しとったやん」


 僕は、まるでシない方向へと話を運ぶ彼を食い止めようと、慌てて口を挟んで語尾を強める。なのに。


「……前はごめんね。もう大丈夫だから。ありがとう」


 詩音くんはそう言って、それはそれは優しい手つきで僕の頭を撫でるのだった。過去に、ひなたにもしていたように。もしかしたら、と思った僕が馬鹿だったのかもしれない。

 もう大丈夫、だなんて。


「僕が、ひなたの代わりだから?」


 それは、彼に届くかどうかすらわからない程に小さな声で発したものだった。声が震えていた。しかし、日ごろからゲームで耳が鍛えられている彼はすぐに視線を上げ、そして僕と目を合わせることなく横へ逸らした。


「いつの話してんの」


 彼はそう小さく呟いた後、タブレットを枕元へ放り投げて布団へと潜り込むのだった。

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