第136話 出発前の挨拶回り(2)
ギルドで信吾達の様子を確認した夏希。
街を出る前日の朝。
ギルドが管轄する宿舎で信吾達にネットスキルから地球産の食料を渡した後、夏希はギルドの訓練場に向かった。スキップと鼻唄は無しだ。
夏希はお目当てを探していたが見つからない。他の冒険者達が模擬戦や訓練をしている姿が見えるだけだった。(ウズウズするの……)
何故か冒険者達は夏希に背を向け、バレないように摺り足でゆっくりと離れていく。その額には運動によって流れたものではなく、精神的なものから発生した何かが滴り落ちていた。
夏希はウズウズしていた。だが唇を噛み締めながら訓練場を後にするのであった。
「ふぅ、今日は「暴れるくん」は通常モードだったようだ。暴走モードと見分けるのは難しいな」
「普段は話しやすくて面白い奴なんだけど。あの奇怪な行動が無ければな」
夏希の複数段階あるモードは、常連冒険者ネットワークから情報提供されていた。
夏希は訓練場を出てそのまま街を出る。そして森に入る手前でお目当て達を見つけた。
「おーい、アスザック。生きてるかー?」
「俺達誰も襲われてねーし。薬草採ってるだけだ」
夏希は近付くと4人の頭を乱暴に撫でていく。
「元気があってよろしい。少しだけ話があるんだ。箸巻きやるから座って話そう」
アスザック達は喜んで夏希から箸巻きを受け取り、その場に座わり夏希にお礼を言って食べ始めた。
「お前達、また屋台をやりたいって言ってたよな。フルーツ飴なら出来るがどうだ?」
「箸巻きは駄目なの?あと夏希兄ちゃんは明日街を出るんだろ?俺達だけじゃ無理だ。お金も無い」
「ああ、明日街を出る。実は孤児院からも屋台の話があってフルーツ飴の屋台をする事にしてるんだ。
お前達は孤児院からフルーツ飴を買って宿屋の前で売ればいいんだ。屋台本体が必要ならランブルに言って金を借りればいい。話はしてある。
ここからの話は重要な部分だ。まず箸巻きはソースが長持ちしないから1ヶ月分だけ孤児院に渡す。フルーツ飴と合わせて買って屋台で売っても構わない。
お前達で孤児院と相談して決めろ。勿論、仕入値の交渉もお前達がするんだぞ。それでお前達の儲けが変わってくるからな。ただし無茶な交渉はするなよ。
あと、フルーツ飴だけなら火を使わない。屋台借りなくてもテーブルで出来るから費用は安く済む。
孤児院には話をしておくから、よく考えて決めるんだな。ああ、この間のような売上げを期待して始めたら失敗するからな」
夏希は難しい顔をして話している4人を微笑ましく思いながら邪魔しないように離れていく。お代わりの箸巻きとジュースを側に置いて。
そして夏希は孤児院の前に居る。
本日最終目的地なのだ。ここは俺にたくさんの幸せを与えてくれた場所。そして人達。
夏希はアイテムボックスからお菓子を垂れ流しながら孤児院の敷地に足を踏み入れた。
「はーい、みんなの夏希お兄ちゃんだよー!」
「…………………………」
夏希の脳裏には「もしかしてまたお出掛け中?」の文字で埋め尽くされていた。
そして死の宣告をしようとお手伝いのマリアナがニヤリと笑い夏希に押し迫ってくる。
「夏希さん、こんにちわ。チェンリ院長がお呼びです。食堂まで来て頂けますか?」
「マリアナさん、こんにちは。もしかして子供達はお出掛け中なの?」
マリアナはニッコリ笑うとそのまま食堂に向かって歩きだし夏希も仕方なく後を付いていく。そして食堂のドアの前まで来るとマリアナさんは1人で中に入りドアを閉めた。夏希を残したまま。
(えっ?俺、なんかマリアナさんを怒らせる様なことしたの?してないよね?してないよね?)
夏希はニアに告白した時のことを思い出していた。(あの時のトラウマが……)
「ガチャ」
ドアが開き中から年長組の猫族リンスと犬族のワンピが出てきて夏希に向かってお辞儀をする。
「「いらっしゃいませ」」
そう言ったあと、2人はお互いの顔を見てニコリと笑い合い、それぞれが夏希の手を取り引っ張り食堂に入っていく。そこには子供達が居た。壁には子供達が全員で書いたのだろうチグハグな文字が……
[なつきおにいちゃんのそうべつかい]
(これは反則だな……)
夏希は涙で歪むその文字をずっと眺めていた。
「夏希さん、早く座ってくださいにゃ」
子供達の中にニアがイタズラが成功したと言わんばかりの笑顔で声を掛けてきた。
「あれ?朝ギルドに居たよね?」
「はいにゃ。午後から休みを貰ったにゃ。夏希さんが今日昼からここに行くって晩酌の時に言ってたの聞いてたにゃ。いいから早く座るにゃ」
夏希は進められたお誕生日席に座ると、すかさず幼女、幼男組みが夏希の周りに集まってくる。
「なっちおにーたん、こえあえる」
「おはな、おはな、きれーなの」
「みーなで、とつてきたー」
各々が小さな手にいっぱいの花を嬉しそうに持って、夏希に手渡してくる。そして「ギュッ」と夏希に抱き付いて離れていく。
(もう何なのこれ?幸せ過ぎて泣きそうだよ)
テーブルの上には、お馴染みの箸巻きやフルーツ飴、年長組が作ったのか不揃いだったり崩れていたりするオカズやデザートが並べてあった。
「ここにあるモノは全部俺達が作ったんだ。凄いだろ!特にこの俺が作った箸巻きが一番美味しいから食べてみてよ。ほっぺた落ちるよ~」
その発言で子供達が自分の作ったモノを我先にと「これが一番!」と言いながら差し出してくる。そして夏希はその1つ1つを味わいながら食べていった。
その後は、子供達が歌ったり踊ったりと楽しい時間が過ぎていった。そして子供達はお昼寝の時間だ。夏希は子供達に寝るまで絵本を読み聞かせ、寝たのを確認すると食堂に戻り椅子に座って一息つく。
(あ~、楽しかったなぁ。大満足だ)
「ふふ、夏希さん、お疲れ様でした」
片付けと洗い物を終らせたチェンリ院長とニア、マリアナがお茶を持ってきてそのまま椅子に座る。
「いえ、今日はありがとうございました。とても楽しくて幸せな時間でした」
夏希は感謝を込めて3人に頭を下げる。
「ふふ、こちらこそ夏希さんにはお世話になってます。ありがとうございます。子供達も今日の準備を楽しそうにしてましたから。みんな夏希さんのことが大好きなんですよ。人気者ですね」
4人で楽しく会話をしているとチェンリ院長が思い出したかのように話し始める。
「この間、この孤児院に寄付があったんですよ。それも金貨10枚。ありがたいことです。ただ匿名で送られて来たのでお礼が言えてないんです」
チェンリ院長は夏希の目を見てお辞儀をする。
「その匿名なんですが「足掛けおじさん」と書いてあったんですよ。なんでしょうかね?」
チェンリ院長はニアと2人で笑っていた。
(バレてるな。あの匿名は失敗だった)
それから少しだけ話して孤児院を後にする。
(今日は本当に幸せな1日だったな。これで明日は心置きなくトバルを出発できるな)
夏希は幸せな気持ちで宿屋に戻るのであった。
[頑固オヤジの定食屋]の店を素通りしながら……
その屋号の看板からは悲しそうなオーラを纏いながら水滴が滴り落ちていた。
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