第127話 闇に落ちた者達(7)

 天使カルレスの登場を待っていた夏希。


 夏希の周りの時間が止まる。


 そして目の前に天使カルレスがテーブルセットの椅子に座り優雅に紅茶を飲んでいる。


 夏希は天使カルレスの真向かいに座り、両隣にはペンギンと真冬が座っている。信吾と正樹は動かない存在となっていた。


 夏希が話し始める。


「さあカルレス、ボーナスの時間だが、その前にお前の部下がやらかした後始末はどうするんだ?まさか何もしない訳じゃないよな?」


 天使カルレスは、探るように夏希の目を見る。


「ふふ、私のお気に入りはお利口さんですね。とても嬉しいわ。あれは禁忌を犯したわ。だから処分するわよ」


「それなら処分する前に、信吾の魂を元に戻すように指示しろ。昇華する前の状態にな」


「それはボーナスの1つ目のお願いかしら?」


「笑わせるな。これは禁忌を犯したヤツがやったことだ。元に戻すのはその償いだ」


 夏希は怒りを抑えながら話している。


「まあいいわ。元に戻すだけでいいの?なんなら地球に戻すまでをサービスするわよ」


「いや、信吾達はヤツに踊らされたとは言え人を殺している。その償いは人としてしなくてはならない。だから異世界の魂はそのままにする。この世界で償いをしてもらう」


 天使カルレスは小さく微笑んだ。


「判ったわ。それで、あれは呼ばなくてもいいの?貴方達の前で謝罪させてもいいのよ」


「必要ない。今後同じような事が起きなければな。カルレスは看守者なんだろ?ちゃんと部下の行動は見とけよ。お前は職務怠慢だな」


 真冬も頷いている。さすが思考回路が一緒の2人である。天使でもお構い無しだ。


「ふふ、やっぱり貴方は面白いわ。それじゃあボーナスの時間ね。前回はオマケだったけど、今回は正規のボーナスよ。だから3つ叶えてあげる。さあ、私のお気に入りは何をお願いするの?」


「願いは1つだけだ。今回の出来事で亡くなった人達を生き返らせろ。そして関わった人達の記憶を操作しろ。信吾達はダンジョンを見つけ独占する為に後から来た冒険者達を襲ったことにする」


 天使カルレスは紅茶を飲みため息をついた。


「それは無理ね。面白くないわ」


 夏希はカルレスに殴り掛かろうと立ち上がった。


「夏希 待て」


 真冬が夏希の行動を止めさせる。


「カルレス、お前に預けている私の地球の魂を使え。それで生き返らせろ。嫌とは言わせない」


「真冬……」


 天使カルレスは嬉しそうに2人を見ていた。そして真冬を見て口端が僅かに上がる。


「それでも駄目よ。だって魂は1つだけよ?亡くなった冒険者1人だけ生き返えればいいの?」


「預けたら利子がつく。あとは負けろ」


「天使相手に商売するのね。ふふふ、判ったわ。オマケしてあげる。でもそんな簡単に魂を使っていいの?貴方には全く関わりの無い者達よ?」


 真冬は悩むこともなく即答する。


「そんなものは邪魔なだけだ。お前は人をナメてるだろ?人は限りある命を大切に思い行動する。

 幸せになる為に必死に考えてな。上手く行かなくて絶望を味わう事もある。立ち止まることもある。だがそれでも最後には自分の意思で立ち上がる。周りの人に助けて貰いながらな。

 人はたった1つの命の重みを知っている。だから助け合える。だから転移した私達は見も知らない人達に魂を代償として渡したことに後悔も未練もない。この世界で生きると決めたからな。

 お前達みたいにダラダラと生きている生き物とは違うんだよ。お前達とはな!」


 言葉足らず真冬の大演説であった。


「パチパチパチ、真冬、よく噛まずに言えたな。お父さんはお前の成長が見れて嬉しいぞ!」


 さすが夏希である。


「さあ、話は纏まったな。厄介なお得意さんとの会議はこれまでだ。ホント疲れたよ」


 夏希はテーブルにある紅茶を美味しそうに飲む。


「あっ!ダンジョン忘れてた。カルレス追加注文だ。ダンジョンで亡くなった冒険者達も頼む。オマケで」


「ああ、ダンジョンね。誰も死んで無いわよ。後でダンジョンに行って見れば判るわ。それじゃあ私はそろそろ戻るわね。今回も面白かったわよ」


 カルレスは立ち上がり時間を元に戻そうとすると、夏希がその手を強く掴み今までに見たことも無いほどの真剣な表情をし重く静かな声で話し始めた。


「カルレス、俺の大事な仲間の魂を使うんだ。半端なことをしたらお前を殺す。何処に居ようが関係ない。必ずお前の元まで行ってお前の全てを消してやる。今言ったことを絶対に忘れるな」


 そう言って夏希はカルレスの手をもう一度強く握り直してから離すのであった。


 カルレスは「判ったわ」と言って消えていった。


 そのカルレスだが、夏希と真冬を愛しむような表情をして見ていたことに誰も気付いていない。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 今は宿屋の部屋で、夏希、真冬、ペンギンの3人で晩酌をしている。(真冬はジュースね)


「はあ、やっと一息つけたな。真冬、ペンギン、たらふく飲めよ。俺の奢りだ。わはははは!」


「ウザい」


「なに?俺のオリジナル物語が聞きたいって?仕方ないなぁ。ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ」


「夏希!新作か?!ちょっと待つのじゃ。吹き出してもいいようにタオルを持ってくるのじゃ」


 夏希にいつもの日常が戻ってきた。


 あれから3日経過している。


 まずダンジョンだが、ダンジョンマスターの友成は設定を変えていた。最初の3部屋は低級の魔物のみにして、冒険者達に大きなケガをしないようにしていた。これは信吾と正樹が確認に来ても変更したことがバレないようにする為だ。(実際に誰も死んで無かったよ)


 そして4部屋目は宿泊施設に変えていた。そこで友成は冒険者達に事情を説明し騒動が収まるまで待機してもらっていたのだ。(冒険者達は大激怒で大変だったらしい。引き留めるのも苦労したみたいだ)


 その後、ダンジョン攻略組は天使カルレスによって記憶操作され、新しく発見したダンジョンを信吾達が独占していたところで戦闘になったが、撃退し捕縛した流れになっている。


 ダンジョンは友成が設定でダンジョンコアを設置し、放置している。ただし最下層から徐々に埋もれて行き最後には自然消滅するように設定している。


 街に居た人達でこの騒動に関わった人達もダンジョン攻略組と同じ内容で記憶操作している。


 信吾達は冒険者ギルドの留置場に居る。ダンジョンを発見した冒険者達とその後に来た冒険者達に攻撃を仕掛けケガを負わせた罪としてだ。


 亡くなった冒険者達と腕を失った冒険者達は、軽いケガをして追い返された事になっている。この人達に真冬が提供してくれた地球の魂を使っている。


 信吾達の処罰はスザンヌ達にも無理を言って協力してもらいギルド内部での騒動として対処してもらえた。これが一番苦労した。信吾達は冒険者では無いからだ。


 信吾達の処罰は冒険者登録後、ケガを負った冒険者達への賠償とギルドから罰金と一年間の無料奉仕で収まった。頑張って立ち直って欲しい。


 これが今回の騒動の結末だ。


 夏希は陽気にビールを飲んでいるが悩んでいた。


(俺は今回の騒動で関わった人達の記憶を変えてしまった。これは人してどうなんだろうか……だがそれでも信吾達は助けたかった。俺はこの罪を忘れない。どうすればいいのか考え続けるしかない)


 気付くと真冬とスズランが黙って見ていた。


「夏希、お前が考えている事は判るのじゃ。だが1人で考えるな。ワレが居る。半分貰ってやる」


 スズランはそう言ってビールを飲み干す。


 スズランの言葉に心が軽くなる。


「頑張れ 頑張れ」


 真冬の言葉に救われる。


 夏希の人生はまだこれからである。

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