第16話 戦う前に勝負は決まる
――転生五十四日目、午後十一時、ヴィター侯爵邸、会議室。
学園からの帰宅後、執事であるアルバートさんに事情を説明し、オリバー卿に連絡を取って貰った。
その結果、オリバー卿は今日の夕方からの予定を全てキャンセルして、午後九時にはヴィター家に帰って来てくれた。
そして今現在、ボクとオリバー卿は会議室でテーブルを挟んで座り、向かい合っている。先程まで
当然だが、オリバー卿の機嫌はすこぶる悪い。
彼は
「……勝算はあるのか?」
「オリバー兄様に協力して頂けるなら」
「必要な装備は提供しよう。問題は奴がお前の弱点を知っているのか、という点だ」
ボクの弱点と言えば特異体質の事だ。自分の魔法で自分を傷つけてしまう。
故に戦い方を工夫しなければならず、純粋な力比べをすればまず勝ち目は無い。
力と力の勝負になれば自分を傷つけてしまう分、
キャロルの持つ魔力が膨大である分それは余計に。
特異体質の事は父と兄は当然、ルーサー卿もそれを知っている。
――しかしここはあえて事実を
「ルーサー卿は
オリバー卿には悪いが、ボクはキャロルと彼を婚約させるつもりが無い。
ボクにとって重要なのは決闘の誓約内容であって、勝敗では無い。
なので誓約内容によっては決闘にわざと負ける事も視野に入れている。
ボクの短い返答に、彼は
「完璧な隠蔽など端から期待していない。弱点を知られた可能性はどれくらいある?
「ルーサー卿は私の事など眼中にありませんよ。知られた可能性は極めて低いと言って良いかと。……彼は本当の恋人に夢中でしたから」
嫌味への当てつけとばかりに一言余計に放り込むと、オリバー卿にしては珍しく苦々しい表情を見せ、舌打ちして視線を逸らした。
「チッ……平民の小娘か。
計画を邪魔されたが故の悪態か。
バルトフェルドの狸親父とは、ルーサー卿の父、エドワード・R・バルトフェルド侯爵の事だろう。オリバー卿による人物評では、かなりの食わせ者であるらしい。
(ルーサー卿のお父さんは知っていたのか? なのに黙認していた……?)
これはとても意外な情報だ。
てっきり、向こうも婚約成立の為に障害を排除してくるものだと思っていた。
(この世界でのロミオとジュリエットは意外と何とかなるかもしれないな)
不意に
ボクの内心等つゆ知らず、彼は気分を切り替えるように更なる報告を促してきた。
「……まぁいい。それより、お前に濡れ衣を着せた不届き者共の捜索は出来ているか?」
「現在、シュガー伯爵家のご息女であるローズマリー・B・シュガー壌に捜索を一任しています」
「ほう? 例のシュガー家の次女か。随分とお前を気に入っているようだな」
「ありがたい事に……優秀な人ですよ。既に、私の魔法の
「それは
キャロルの持つ魔法は"火"を"光"に変換できる。
火魔法では不可能な事も光魔法なら可能になるかもしれない。
その先見性に彼女は気が付いている。それはオリバー卿も同様に。
――ふと彼は時間を確認し、席から立ちあがった。
「日取りが決まり次第、俺に連絡しろ。装備は明日中に用意させる。決闘における誓約は、俺の指示通りの内容で結べ。……分かっているとは思うが、あえて言おう」
ボクを見下ろし、オリバー卿は訓辞を述べる。
「必ず勝て。敗北など、華麗なるヴィターの血筋には
ボクは座ったまま胸に片手を添えて、彼の訓辞を受け取った。
「
それを聞いて彼は満足そうに部屋から退出して行く。
その背中を見送りながら、独り内心背反する。
(悪いがボクにとっての勝利条件は貴方と違う。……せいぜい、都合の良い未来がくる事を祈っていると良い)
オリバー卿の思惑では、これを利用して此方に有利な誓約を結ばせたいのだろう。しかしボクの目的は円滑な"婚約破棄"、及び"自由恋愛を始めとする多様性の容認"だ。
その為には貴族達の意識を改革せねばならない。
(本音を言えば、そんなクーデター
人生が掛かっている以上は仕方が無い。
自分独りの居場所だけで良いなら得るのは容易だろう。
しかしそれでは先が見えている。
(人は自分と異なる者を排除したがる。大衆から異端だと認識されれば、どの道居場所を守り切れない。……そうなる前に手を打たないと)
会議室を出て自室に向かう。
長い廊下を歩きながら、密かな画策に思案を巡らせるのだった――
▼ ▼ ▼
――転生五十五日目、午後六時、王立騎士学園。
現在放課後、ローズマリーと共に裏庭のテラスに向かう途中。
つい先程、ルーサー卿から正式な決闘の日時と場所を知らされた。
決闘予定日は丁度祝日。場所は学園の競技場。
(学園が休みだから競技場を貸し切りにできる。人目に晒す事では無いし、休校日に決闘は合理的だな。……まぁ、野次馬は集まってくるだろうけど)
少なくともシードクラスの生徒達は見学にくるだろう。
平民はともかく、貴族にとって決闘とは身近な存在だ。
(決闘が終わるまでルーサー卿とは冷戦状態。……分かっていたけど、割と胃に来るな。胃薬飲んで置いて正解だった)
冷戦相手が同じクラスに居るのは精神衛生上よろしくない。
――ボクの少し後ろを歩くローズマリーから、報告を受け取る。
「例の虐めの
「ありがとう。それ以上の追求は必要ありません。決闘が終わり次第、私の元に連れてきなさい」
「……よろしいのですか?」
「ええ。首謀者について、
そう告げると彼女は驚いたように目を丸くして、ボクに賛辞を述べた。
「たったこれだけの情報で目星を付けてしまわれる何て……
嬉しそうに華やぐローズマリー。
いつもと変わらない彼女の好意には助けられている。
(一般生徒が侯爵家の人間を二人とも敵にまわす何て有り得ない。どう考えても、ボクとルーサー卿を敵にまわせるだけの後ろ盾が付いているはず。……そうなると心当たりは一つしかない)
二人を敵に回してもレイナさんを追い詰める利点がある大物貴族何て一人だけ。
(首謀者はオリバー卿か……彼がバルトフェルド侯爵に対して口にしていた『知らぬはずは無い』という言葉。あれは恐らくこの事を指していたんだろうな)
レイナさんを排除する為の協力、あるいはルーサー卿が暴走しないように抑えて貰う裏取引でもしていたと推測。何とも闇が深い。
(オリバー卿が裏で糸を引いているなら、レイナさんを守る必要がある。バルトフェルド侯爵の出方次第では、ルーサー卿だけじゃ守り切れないだろうな)
という訳でボクも協力しよう。
ロミオとジュリエットの容認は、貴族社会に変革を促す契機にできる。
(ルーサー卿には悪いけど、キャロルに贈る"自由"の為に、革新派の旗頭になって貰おうか)
等と腹黒く算段を立てながら、決闘の日を迎えるのだった――
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