第14話 決闘の契り
――転生五十四日目、午後六時、王立騎士学園、裏庭。
迎えが来るまでの間、いつも放課後は裏庭で時間を潰す。
一日の学業をつつがなく終え、テラスで
日記帳に学園での出来事を記しながら、とある調査結果を
(ルーサー卿の交友関係に疑惑を
彼女の友人達から聞いた話では、彼女には恋人が居るという。その恋人の素性は分からないが、恐らく貴族なのではと友人達は疑っているらしい。
証言によればレイナ・マスカットは一度、貴族階級を表す紋章が入ったペンを、学園に隠し持ってきた事があるという。それが見つかり友人達から問われた時、彼女はとても動揺していたそうだ。
(友人達から聞いた話が本当なら、その貴族階級の紋章の形はバルトフェルド家の紋章と似ている。曖昧な供述だったので確証には至らないが、疑惑は深まった)
恐らくルーサー卿とレイナ・マスカットとの間には秘密がある。
この一週間、それとなくその疑惑について個人的に調べていた。
(レイナさんのクラスメイトから聞いた話だと、彼女は放課後になるといつも
何度か放課後にルーサー卿の後を付けて見たが、必ず尾行を巻かれてしまう。
特に風魔法は移動術に長けている。尾行を
彼ほどの使い手に本気を出されてしまっては、追跡するのは不可能に近い。
(同じレベルの風魔法使いに依頼する手もあるけど……
もし本当にレイナさんとルーサー卿が交際しているというのなら、その秘密はまだ誰にも知られる訳には行かない。こういうものはタイミングが重要になる。スマートに事を運ぶには、
(……何だか浮気調査してる探偵みたいだな)
状況からみれば事実その通りなので何とも言えない。
(ルーサー卿に恋人が居るのは好都合なのでボクとしては大歓迎。しかしまだ裏付けが取れてない。後はどう状況証拠を押さえるか……
――思案を巡らせ、周囲を見回せば、そこにあるのは最早見慣れた集会風景。
(今日も静寂教は
ローズマリーの
(このまま増え続けたらどうしよう……)
不安に駆られて彼女の様子を
迷送香を見つめれば、ボクと同じ銘柄を
乙女らしく華やいで、迷送香は嬉しそうに
ローズマリーとはここ最近積極的に接触している。自分から人に関わるのは苦手だが、こんな状態になってしまってはそうも言っていられない。
何度かサロンで談笑した限りでは、ローズマリーは純粋な好意からキャロルを崇拝しているようだ。そこに
(悪い子では無いし、自分の気持ちに素直な良い子ではあるんだけど……どうにも突っ走る傾向が強いのが困りどころかな)
胸の前で片手を握り、ボクへ向けて控えめに彼女は片手を振る。
彼女の美しい銀髪と共にそよ風に揺れるのは、花壇に咲いたアイリスの花。
ボクがカキツバタの庭園を見せてから、彼女はものの数日で裏庭を囲む花壇をアイリスの庭園に造り変えてしまった。
彼女の家には庭園があるそうで、業者に依頼してそこからアイリスの花を全て取り寄せ、花壇の花を入れ替えたのだそうだ。
(ローズマリーの父、アンブレラ・B・シュガー伯爵は騎士学園の理事会役員だって話だし、この程度の事は造作も無いんだろうな)
手を振る可憐なローズマリー。
そんな姿にボクの口元は
片目を閉じて彼女の気持ちに応えれば、彼女の頬が朱色に染まった。
――色香に当てられ驚き呆ける迷送香。
暴走しがちな彼女へ向けて、
(初々しくて
日記を書き終わり、次いで読書に切り替える。
テラスの縁に肘を乗せて頬杖を付き、脚を組んで背もたれに身体を預けた。
片手で本を開いて視線を落とせば、どういう訳か周囲からの視線が増える。
(ローズマリーが言うには、何でか知らないけどこの姿勢が同志達に人気らしい)
理由は未だによく分からない。
でも評判が良いらしいのでやっておいて損は無い……と思う。
――そんな打算から人気取りに走っていると、裏庭に珍しい来客が現れた。
ボクの元へ一直線に向かってくる来客に、ローズマリーの付き人が対応する。
「キャロル様に御用でしょうか?」
「……そうだ。通してくれ」
突然現れた来客の正体は、ルーサー・R・バルトフェルド。
彼は自分の付き人の男性を伴い、何やら険しい表情を見せていた。
ローズマリーの付き人と橋の中腹で向かい合う様子から、何か只ならぬ気配を感じ取る。彼の後ろに控えた男子生徒は
(臨戦態勢って感じだな。……何かあったのか?)
彼を尾行した事に腹を立てているのかと思案した時、ローズマリーの付き人がボクの元に歩み寄って来た。
「キャロル様。ルーサー・R・バルトフェルド卿から、大事なお話があるとの事です」
「要件は?」
「詳しい事までは何も……レイナ・マスカットさんの事でお話がしたいと」
例の女子生徒の事で話がある、と。
これは調査を辞めろという警告か……?
しかしそれなら彼の口から彼女の名前を出すのはおかしい。
これでは秘密を自白しているようなもの。
取り合えず今は、彼と話をする以外の選択肢は無さそうだ。
「分かりました。……一応、ルーサー卿だけ通して下さい。お付きの方は待たせて貰えますか?」
「
お互い冷静に話し合う為に、ここはサシで対応した方が良いだろう。
ルーサー卿とレイナさんの関係が周りに疑われるのも、現時点では避けたい。
――
「レディ・キャロル。大事な話しだ。真面目に聞いて貰いたい」
鋭さが匂う彼の言葉に、本を閉じていつもの姿勢に切り替える。
彼の心を落ち着ける為に、努めて冷静に彼をテラスの空いた席へ促した。
「立ち話も何でしょう。先ずは座って、紅茶でもいかがですか?」
「結構だ」
周囲もその異変を察知したのか、不安げに此方の様子を窺っている。
中でも特に、ローズマリーはとても心配そうな様子でボクを見ていた。
「穏やかではありませんね」
「当然だ。僕は君に、レイナの事で警告をしに来たんだから」
「警告……?」
「そうだ。
突然出て来た嫌がらせというワードに、この表情は
やはり聞き込み調査が彼の
取り合えず、落ち着いて話をする為に彼を
「事情は何となく察しました。なのでまずは落ち着いて話し合いを――」
「白を切ろうとしても無駄だ。君が
……妙な話だ。ボクが自分の取り巻きを使ってレイナさんを虐めているという。
当然ながらそのような事はしていない。聞き込み調査は自分独りで行った事。誰にも手伝わせていない。つまりこれは明らかな濡れ衣だ。
しかし、レイナさんが本当に虐めを受けているとして、それがボクに全く関係が無いかと言えば……正直なところ自信が無い。
(ここ数日、ボクが彼女の事を聞いて回っていたのは事実。それで彼女が無用な注目を浴びてしまったのだとしたら……少し、自分の影響力を過小評価していたな)
油断していたのは間違いない。
しかしこれは
改めてルーサー卿に向き直り、事の真相を確かめる。
「どうやら誤解されているようですね。誓って私はそのような行為に加担していません。当然、指示もしていない。ですから――」
「まだそんな事を……立ってくれ。レディ・キャロル」
これ以上話す事は無いと言わんばかりに、彼は身に付けていた左手の白手袋を外しつつ、席から立つよう促してきた。
(これは……嫌な予感しかしない)
この流れで言えば何となくこの後の展開、予想は付く。
しかしこれ以上彼を刺激する訳にも行かず、大人しく席から立ち上がった。
そしてその瞬間、ボクの胸元目掛けて、彼は手袋を投げ飛ばした――
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