第11話 深窓のスクールライフ


 ――転生四十六日目、午前十二時、王立騎士学園。



 入学から一週間。


 この学園に入学している貴族の子息、子女は次男や次女が多い。

 その理由はこの学園のワンランク上に"王立魔法学院"があるからだ。

 基本的にはそこに貴族の長子ちょうしが通い、此方こちらには貴族の次子じしが通う。


 貴族と言えども入学費はかなりの負担になる。故に公爵家や王族のような例外を除いて、高額な費用が必要になる王立魔法学院の方には長子しか通えないのだ。

 

 余談だが、公爵家の一族や王族は王立魔法学院の方に通っているので魔法学院の方が騎士学園よりも社会的評価が高い。


(オリバー卿はそこでセシリア嬢に出会った訳か)


 何となく、二人の馴れ初めが気になった。

 恋愛的な婚約では無いのでそんなドラマチックなものでは無かったのだろうけど。


 ――食堂でランチを済ませ、学園の裏庭に向かう。


 この学園の昼休憩は午前十一時から始まり、午後一時に終わる。

 ランチタイムが二時間も有る辺り、流石は貴族の通う学園と言ったところ。


(この時間は図書館に行きたいけど……混むんだよな)


 この世界について見識を深める為、落ち着いた場所で読書がしたい。

 しかし図書館は人で混み合うので行きたくない。

 そうなるとボクが向かう場所は一つだけ。


 向かう先は屋外にある学園の裏庭だ。


 そこはいつも人気が無い。なので入学以来昼休憩はいつもそこで独り読書にいそしんでいる。裏庭はきっちりと整備されていて、おまけに状態の良いテラスもあるので独りで過ごすにはとても好ましい環境。


 ――だったのだが、今日の裏庭には先客達が待ち構えていた。


 人工的な湖の中心に見える小規模なテラス。

 その湖の周辺を囲むように配置されていたのは傘付きのテーブル、そしてイス。

 そんなもの昨日までは無かった。恐らく彼女・・によって運び込まれたのだろう。


「ごきげんよう! キャロル様。本日はお日柄も良く――」


「レディ・ローズマリー。これは貴女あなたの仕業ですか?」


 ボクが裏庭に入って直ぐ、ローズマリー嬢が近寄って来た。

 相も変わらず、キャロルを見つめる彼女の姿は、まるで恋する乙女である。


「はいっ! 是非わたくし達もキャロル様と共に、憩いの一時を過ごさせて頂きたいと思いまして……」


「私は静寂を愛すると言いました」


yesイエス, yourユア highnessハイネス. 親愛なるキャロル様に誓って、決して静寂を乱すような真似はしないと、お約束致します。みな同じ思いを共有する同志達です。どうかお許しを……」


 許すも何も裏庭は公共の場だ。ボクに裁量権など無い。


 彼女はスカートを持ち上げ腰を落とし、こうべを垂れる。

 後ろに居た複数人の同志達も彼女に続き、頭を垂れた。


 女子生徒達は彼女にならって忠誠の姿勢を。男子生徒達は胸に片手を当て、ボクに向かってお辞儀する。男性の場合はそれが相手に忠誠を誓う姿勢だ。


「……分かりました。ご自由にお過ごし下さい。静寂を保って頂けるのなら、私に不満はありません」


「有り難き幸せ……感涙かんるいの念にえません……!」


 感謝されるいわれなど無いのだが、なぜか感動している様子のローズマリー。

 彼女の中でどんどんキャロルが神格化されているような気がする。


(どうすれば良いのやら……)


 変に突き放して逆上されるのも怖い。

 今でも十分距離を取っている。

 しかし現状はご覧のあり様だ。




 ――橋を渡りいつもの姿勢でテラスに座る。


 ボクが座ると彼女達もテーブル前に着席。

 向かい合って座っているが、彼女達の間に会話は無い。

 皆物静かに瞳を閉じて姿勢を正し、沈黙を貫いている。


はたから見ると異様だな……新手の新興宗教みたいになっているけど、これ大丈夫か……?)


 ローズマリーの満足げな表情を見ていると不安に駆られてしまう。

 テーブルやイスの数から見て、同志を更に増やすつもりだろう。


(これが新興宗教なら、当然教祖はキャロル……だよな)


 キャロル教……いや、静寂教か?

 いずれにしても傍迷惑はためいわくな話である。


(でも考えようによっては、HSPへの理解者を増やすのに都合が良いのか)


 彼等がこの体質を打ち明けても変わらずにいてくれるのならそれも有りだろう。

 しかしこれは諸刃の剣だ。凶と出るか吉と出るか予測が付かない。

 異端だと感じて凶行に走られる可能性も十分にある。


(様子見だな。……仕方ない。ローズマリーとは積極的にコミュニケーションを取った方が良さそうだ)


 とにかく現状優先するべき課題は彼等を狂信者にしない事である。

 その為にはまとめ役であるローズマリーの人心を掌握しょうあくしなければ。

 ローズマリーとは否応なく、親密な関係に成らざるを得ない。


(ボクがそうすると見越して行動しているのだとしたら、ローズマリーは相当な策士だな。気を付けないと取り込まれるのはボクの方かもしれない)


 人心を掌握したと思ったらされていた、ではシャレにならない。

 相手はまだ未成年だと油断していると、知らぬ間に足元をすくわれそうだ。

 既に、彼女に口説き落とされた人達がいる。警戒は怠らないようにしよう。


 此方の憂慮を知ってか知らずか、ローズマリーとその同志達は優雅にお茶会。

 お抱えの使用人らしき一般生徒達が物静かに紅茶とお菓子を用意して回っていた。

 その内の一人が配膳台を押して、ボクの元にも紅茶とお菓子を持ってきてくれる。


「ありがとう。でも紅茶は飲めません。私の体質に合わないので」


 そう告げると、彼女は直ぐにお詫びの姿勢を示した。


「失礼致しました。直ぐに取り返させて頂きます。お好みの銘柄はございますか?」


「ルイボスティーを」


かしこまりました」


 彼女は手早く流れるような動作でルイボスティーと紅茶を取り換える。


「ありがとう」


 改めてお礼を告げると彼女は礼儀正しく一礼した。


「おそばで控えております。何なりとお申し付け下さい」


 そう言った女子生徒は橋の中腹まで戻り、そこで静かに控えていた。

 彼女の制服、その胸ポケットの位置にあった紋章には見覚えがある。


(シュガー伯爵家の紋章。ローズマリーの付き人か)


 貴族の中には同い年くらいのお抱えの使用人を学園に入学させる家もある。当然その分の入学費が掛かるので基本的には才能がある者に限定されているようだ。


 それはヴィター家でも同様で、オリバー卿やレオナルド卿から付き人として誰か連れて行くか聞かれたが、特に仲の良い人もいなかったので断った。


(でもいずれは付き人を決めないと。いないのは体裁ていさいが良くないらしいし、その辺も考えておかないとな)


 ノブレスオブリージュ。

 騎士学園には貴族に仕えていない平民の生徒も多く在籍する。

 なのでその中から良さげな人材を選んで付き人にするという事も可能だ。


 というより貴族から、付き人としてスカウトされる目的で学園に入学する一般生徒も少なく無い。聞いた限りでは平民の男子生徒は騎士爵を得て軍に入隊を目指し、女子生徒は貴族の付き人を目指している傾向が高いらしい。


 この世界では軍人や貴族の使用人は非常に安定した就職先だ。

 それなりの地位も保証され、上手く行けば将来は約束されたも同然。

 故に余裕のある貴族は付き人を採用するのが義務とされている。


(付き人にするなら、何よりも相性が重要か……)


 ボクはともかく、キャロルとの相性が好く無ければ話にならない。

 いずれは戻って来たキャロルがその付き人と主従関係を築くことになる。

 相手は慎重に選ばなければ。


 本のページをまくって先に進めつつ、今後の方針に頭を悩ませながら、学園での日常を過ごしたのだった――

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