転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~

もふの字

第一章 英雄のフィロソフィー

第1話 目覚めた時には転生者


 ――???



 頬を撫でる爽やかなそよ風。

 まぶたの裏に日差しを感じる。

 ほのかな暖かさに誘われて、重苦しい瞼を上げた。


(……あれ? ここは……?)


 内心思わずつぶやいた矢先、視界に広がるのは見知らぬ天井。

 いつの間にかベットで横になって居たらしい。

 身体を起こして周囲を見回す。


 ――この部屋に見覚えは無い。


 西洋的でアンティークな印象の古風な個室。

 割と広めで、高級そうな丁度品が点在していた。


 この部屋の主はかなりのマニアであるようで、電子機器の類は一切置かれていなかった。家具はアンティーク品のみで統一され、日用品とおぼしき道具も古風な物ばかりである。当然のようにPCやテレビ何て置かれていない。


 だがそれよりも気掛かりなのは、なぜボクがここに居るのか、という事。

 自分の記憶が確かであるなら、ボクは今しがた車にかれて意識を失ったばかり。


 ――おびただしい程の自分の血を思い出し、片手で額を抑える。


「気分が悪い。……ん?」


 一言、呟くように漏らした声色。

 しかしそこに奇妙な違和感を覚えた。


 なぜならその声は、どう考えても少女の声・・・・であったから。

 一瞬、自分以外の誰かがこの部屋に居るかと考えた。

 しかしその予想は自分の身体・・に覆される。


 ――自分の両手、そして身体を見下ろす。


 そこにあったのは色白で細い両手。

 胸元にあるわずかな膨らみ。

 両手で顔を触れば明らかに、それは自分の物では無い形……


 恐らく今、ボクの顔面は蒼白になっていただろう。

 慌てて部屋にあった姿見の前に飛び出した。


「……女の子? ボク、が……?」


 姿見に映っていたのは一人の少女。


 桃色の髪に白桃色の睫毛まつげ、髪形はウェーブの入ったボブカット。

 整った容姿に、スリムなスタイル。着ている服は寝間着の姿。


 未だに信じられなくて、確かめるように軽く自分の身体を動かして見る。

 自分の思い通りに動く鏡の中の美少女は、明らかに自分自身……


「もしかして、転生ってやつなのか……?」


 生まれてからこの方、ボクは男であった。

 車に轢かれ、この見知らぬ部屋で目覚めるまでは。


 まさかフィクションの中でしか聞いた事の無い体験をする羽目になるとは思いもしなかった。しかも異性に転生するという、中でもレアケースな部類。


「一体、何がどうなっているのやら……」


 とりあえず対処に困る。


 少女に転生してしまったという事実もそうだが、ボクにはここが何処どこかも分からないのだ。この少女の名前も生い立ちも、現状では不明だ。少なくとも、ボクの記憶の中には答えが無い。


(まずは情報収集。現状の把握を最優先)


 手掛かりになる物を探すべく、窓辺に近付く。


 ――そしてそこから見える光景に驚いた。


 僅かに開いていた窓を押し広げ、カーテンが風に舞い踊る。

 この目に映るのは中世期のヨーロッパみたいな市街の風景。

 通りを行き交う人達も皆、二十一世紀の現代人とは思えない。


 中には魔法使いや騎士っぽい姿をした人達の姿も見える。

 ファンタジー世界の住人……という風貌だろうか?

 彼等の服装や装備からそのような印象を受け取った。


(本当に、異世界に転生したんだな……)


 これではっきりと実感できた。


 ボクは今日この日を境に、美少女として異世界転生したのだ。


(状況は何となく見えて来た。後は、この少女の情報が欲しいな)


 今欲しいのはこの少女の置かれた現状と、個人情報だ。

 こう言う時に役に立つのは日記や手帳などの情報媒体。

 そしてそういう物は得てして机の上か中にある。


「という訳で、拝見させて貰います」


 両手を合わせ、誰に言うでも無く断って、部屋にあった机をあさる。

 すると引き出しから日記帳を発見した。


(……何で文字が読めるんだろう)


 どんな原理か知らないが、ボクは異世界の文字を一通り読めるらしい。

 神様からの贈り物なのか、それともこの少女の記憶の断片か。

 とにかく、今は有り難い。


(これで何か分かると良いけど)


 願いを賭けて、椅子に腰かけ、日記を開いて目を走らせた――




   ▼ ▼ ▼




 ――結果から言うと、日記帳を見たのは正解だった。


 この世界の事、この家の事、そして彼女の個人情報と家族構成や生い立ち……

 日記を見ればそれらの事におおよそ理解を得られた。

 特に彼女の置かれた状況を把握できたのはとても大きい。


(日記を見る限り、彼女……"キャロル"はとても誠実な人なんだろうな)


 ボクが転生してしまった少女の名前は"キャロル・L・ヴィター"という。

 そしてヴィター家は結構な社会的地位を持つ名家であるらしい。

 所謂いわゆる、貴族という奴だ。

 

(この世界にはモンスターがいるのか。……何となく予想してたけど)


 どうやらこの世界にはモンスターが出現する"ダンジョン"があり、そのダンジョンを攻略する事で様々な資源を得ているという。


 しかも特殊な事に、ダンジョンは国から指定された貴族が管理する決まりであり、ヴィター家は先祖代々ダンジョンを管理する一族であるとの事。


(ダンジョンを管理する貴族は、侯爵階級なのか)


 つまりヴィター家は侯爵家なのである。


(とんでも無いところに転生したな……)


 貴族というだけでも色々と面倒事が多そうだというのに、侯爵家の令嬢とかどう考えても面倒事まみれの予感しかしない。


(貴族転生で悠々自適……とは行かないか。どう見ても)


 もし悠々自適な状態だったなら、ボクは彼女に転生していないだろう。なぜならボクがキャロルに転生してしまった原因は多分、彼女が取った行動に深く関係しているからだ。


 その原因とは――恐らく自死・・


 彼女の日記を見て直ぐに分かった。

 キャロルは生まれてから今まで、非常に厳しい環境に置かれて来た。


 物心つく前に母親とは死別。

 父親は職務に対し非常にストイックな性格で、家族をかえりみない。

 キャロルには兄が一人いて、その兄に対しては劣等感を抱いている。


(兄である"オリバー・L・ヴィター"は生まれながらの秀才。優秀過ぎて人の気持ちが分からないタイプか)


 それ以外にも名家に生まれた者としての責任と重圧。

 キャロルは兄とは違い才能に秀でてはいなかった。

 それが故に劣等感を増長させ、自分を責め、追い詰めてしまった。


(悩みを共有できる友人もいなかったんだな……)


 その孤立感はよく分かる。

 なぜならボクも彼女と同じだったから。


 ――Highlyハイリ― Sensitiveセンシティブ Personパーソン.


 日記を見る限り、キャロルにはその傾向が見て取れる。

 生前ボクもそうだった。そしてそれは今も変わっていない。

 繊細な感覚に悩むHSPにとって、人間関係は非常に疲れ易く覚束おぼつか無い。


(追い詰められた彼女は昨日の夜、眠剤で自死を図った……でも死にきれなった。だから魂だけになったボクが、自我を失った彼女の肉体に転生した……のか?)


 脳死状態になった彼女の身体に偶々たまたまボクの魂が憑依した。

 そう考えばとりあえず辻褄は合う。


 ……正直、オカルト過ぎて現実味が湧かないけど。


(とにかく今はやるべき事がある)


 彼女が絶望して自死を図った原因。

 それが一週間後に訪れる。

 今はその対策を何とかして見つけなければ成らない。


 その対策とは、とある試験の対策。


 ――後の人生を決定付ける、とある学園への入学試験・・・・の対策だ。

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