第62話 国王とオッツ婦人

 魔力機関車は1時間進み。無事、国境付近の黄金駅へと到着した。


「で、では、ここで30分程度の休憩を取ります。通常時はもう少し短いのですが、今日は王室の視察が入りますので、少し長めに取りました。デヘ……デヘヘ」


 うむ。

 順調だな。


 国王は僕の肩を抱いた。


「アリアス。見事だ」


「お褒めいただきありがとうございます」


「魔力機関車とはよく考えた! 褒めて遣わす!」


 に、しては顔が近いな。


 奨励の言葉など、離れていても言えるだろうに。


「少しスカートが長いな……」


「はい?」


 国王はレージャの制服を見て目を細めていた。

 そこには彼女の細い脚が見える。


 そういえば、この制服は国王のアイデアだったんだよな。


 僕は作業のしやすいズボンを推していたんだけど……。


「膝上、20センチはデフォルトだろう。そうは思わんかアリアス」


 思わないよ。

 機能性のが大事だと思うけどね。


「あんまりセクシーにしますと、ロントモアーズの国王に引かれますよ」


「何を言う。美だよ美!」


 やれやれ。


 国王は駅を視察して回った。

 

「黄金駅というわりには岩山ばかりだな」


 名前の由来はゴールドモンスターの化石が出土したことに由来するんだ。


 ここは1億年前に神々の大戦があった場所だという。

 それ故に人も住めない荒れた土地になっている。


 でも、


「駅内には飲水がありますからね。今後は発展していくと思いますよ」


「ほう。どうやって工面したのだ?」


「井戸を掘りました。と言っても80メートルの地下ですけどね」


「そんなに深く掘ったのか?」


「魔法を使いましたから」


「ふーーむ。アリアスはなんでもできるのだな」


「地下水を見つけてくれたのは、鉄道ギルドの魔法使いたちです。僕はほんの少し手伝っただけにすぎません」


「そうは言っても、その指示を出したのは君だろ?」


「ええ、まぁ」


「……うーーむ。アリアスよ」


「はい?」


「君は王室の仕事に未練はないのか?」


「外交の仕事は楽しかったですよ。でも、僕は設計士ですからね」


「うーーん。このままいけば今日中に同盟が成立してしまうな」


「ええ。順調です。これで僕のお役も終わりですね。晴れて、普通の所長に戻れますよ。ははは」


「それは……。う、うーーん」


 やれやれ。

 なんだか嫌な空気を発するなぁ。


 念を押すか。


「言っておきますが、僕は王室に戻る気はありませんよ。魔法の研究所で尽力したいと決めているのですから」


「う、うむ……。まぁ、そ、そうだな……。うーーん」


 今の環境がベストなんだ。


 毎日、楽しく仕事をして定時で帰る。


 帰宅後はのんびり読書だ。


 たまに仲間たちと美味しい物を食べて談笑する。最高じゃないか!


 この環境を壊させてなるものか。


「しかし、だな……。君の希望する条件さえ揃えば考えてくれてもいいだろう? 例えば……」


 と、国王は提案しようとするので、更に念を押しておく。


「ちなみに、お金には困っておりませんので」


「う!」


 国王は図星を突かれたように眉を寄せた。


 先に言っておかないと、大金を用意しそうだからな。


 もう、僕にお金は必要ないんだ。


 僕は、鉄道ギルドの相談役なので、売り上げの数%が僕の口座に振り込まれる仕組みになっているんだよな。


 きっと、所長の仕事をしなくても良いくらいに稼げるだろう。


 でも、設計士は僕の生き甲斐だからな。楽しく働いて、のんびり暮らすんだ。フフフ。


 国王は大きなため息をつくと、


「惜しい……。実に惜しい」


 と言って腕を組むのだった。


 魔力機関車は黄金駅を出発した。


 残り60キロの距離。


 それを進めば王都ロントモアーズだ。


 あと、たったの1時間だ。


 社内に異常がないか巡回する。


 オッツ婦人が子供たちをあやしていた。

 ありがたいことに泣かずに済んでいる。

 

 フォーマッドさんがいないところを見ると、外交の仕事で離れているのだろう。


「アリアスさん……」


 と婦人は車窓から景色を眺めていた。


「どうかしましか、オッツ婦人?」


「少し、お話ししましょうよ。お座りなさいな」


 うーーん。

 また、怒られるのかな?


 婦人のお叱りは僕にとって無価値なんだよな……。


「この機関車……。あなたが作ったのですよね?」


「ええ……。まぁ」


 開会式の時は機嫌が悪かったからな。


 何か小言を言われそうだぞ。

 逃げる話題を考えておかないと……。



「素敵な乗り物です」




 え?



「はい?」


「ですから、素敵な乗り物だと言ったのです」


「はぁ……」


 褒められたぞ?


 婦人が僕を褒めるなんて珍しいな。


「私には息子が一人おりました」


「そ、そうなんですね。今は何を?」


「……魔物の討伐に参加しましてね。3年前に命を落としました」


 そうだったのか。


「すいません。変なことを聞いてしまいましたね」


「いえ。構いません。私は止めたのですけどね。国の為にと、自ら討伐に志願したのです。まだ17歳だというのに……バカな子です」


「そんな風に言っては可哀想ですよ。勇敢だと思いますけどね」


「子供が親より早く死ぬなんて親不孝者です」


「……彼は、国の為に命をかけたんです。認めてあげればいいじゃないですか」


「それができれば苦労しません。私を置いて逝くなんて……。生きていればあなたと同じ歳でしょうか」


「……」


 こういう時ってどんな会話をしたらいいんだろうな?


「真面目で正義感の強い子でしたが、きっと、こんな機関車は作れない……」


「は……。はぁ……」


 それは……。そうだと思うけど、婦人は何が言いたいんだ?


 彼女は僕の手を握って微笑んだ。


「アリアスさん。あなたと仕事ができて誇り高い気持ちです」


 え?


「しかし、開会式では機関車ができたことを嘆いておられたのでは?」


「懐古主義の悪いところが出ただけですよ。横にはフォーマッドがいましたしね」


 うん?

 心の中では僕を褒めてくれてたってこと?


 この人の考えがよくわからないなぁ。


「外交官の仕事が終わっても、時々は私の家に遊びに来なさいな」


 参ったな。

 できれば2度と行きたくない。

 ガミガミと説教を喰らうのはごめんなんだ。


 婦人は顔を赤らめた。


「あーー。えーーと。今までは上司でしたから、その……。す、少し厳しく言いすぎました。もう同盟が結ばれたら関係はなくなるわけですし。その……。口うるさく言うのもなんですから……」


「はぁ……?」


 うーーん。

 気持ちがわからん。


「フォーマッドにも注意を受けましたしね」


「……何をですか?」


「あ、あなたにキツく当たり過ぎていると……。もっと、その……。あなたは自由にやっているほうが輝くからと……。言われました」


「ははは……」


 流石はフォーマッドさんだ。

 僕のことをよくわかってくれている。


「で、ですから。外交官を辞めても。遊びに来なさい」


 うーーん。


「研究所の仕事が忙しいのですが……」


「べ、別にあなたお1人じゃなくても良いのです。お友達を連れて来なさいな。美味しい料理をご馳走しますから」


「……では、お言葉に甘えて。その時を楽しみにしています」


「自慢のローストビーフをご馳走しますよ。大盛りにしますからね!」


「でも、お叱りの言葉はあまり盛らないでくださいね」


「も、盛りません!」


「ははは」


 婦人は料理が上手いからな。

 ふふふ。楽しみだ。




キキキキキィイイイイイーーーーッ!!




 突然、機関車が停車した。


 どうしたんだろう?


 運転席からレージャが飛び出してきた。


「アリアス所長!! 線路に大岩があって進めません!!」


 おかしいな。

 線路の外側には魔法壁を作って遺物が入らないように結界を張っているのに?


「きゃああああッ!!」


 オッツ婦人が車窓を見て叫んだ。


 そこには大勢の人の姿が見えた。

 それは黒装束を着ていて、顔は見えない。


 何者かはわからないが、状況はよくなさそうだ……。


 その者らは、岩山の影から現れて、ゾロゾロとこちらに向かって来た。


 千人以上はいるな……。


 ダマンデウスは大きな1つ目をギョロリと動かした。


『2145人だな』




ドォオオオオン!




 車体に衝撃が走る。


 攻撃を受けたのか!?


 カルナが叫ぶ。


「アリアス大変よ! ファイヤーボールで攻撃されてるわ!!」


 こちらの勢力は国王を守る数人の衛兵。

 カルナとボーバンたちを合わせても100人足らずだ。


 2千対100か……。


 やれやれ。

 とんでもない事態になったな。

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