魔法の設計士〜その男、有能すぎて引く手あまた〜

第44話 アリアスの上司

「えええええええええええええええ！！　なんです、そのめちゃくちゃな外交はぁあああああ！？」

　ああ、うるさい……。

　鼓膜が破れるのかと思った。

「両国間の運搬事業の立ち上げ？　運賃の独占？　全物資の流通を許可したぁあああ？　前代未聞です！！　向こうの外交官は怒らなかったのですか！？」

「まぁ、なんとか協力を得ることはできました」

「まぁ、なんともめちゃくちゃな初日ですね。運搬事業の立ち上げなど、環境省の管轄ではないですか。それを外交官にさせるなんてどういうつもりでしょうか？」

　環境省といえば、ロントモアーズではジャメル卿。

　うちの国はオババだな。

　彼女は魔研連を呼んで画策したものの、失敗して干し芋の禁止を喰らったんだ。

　環境大臣ってのは碌なのがいないな。

　そんな人間と事業の立ち上げなんてごめん被る。

「運搬事業の立ち上げは僕の案です。オババさまは関係ありませんよ」

「あなたの案？　それを国王が許可したのですか？」

「はい」

「意味がわかりません。明日、国王に抗議します」

　いや、それはまずい。

　話がややこしくなる。

「あの……。この事案は僕に一任されてますので、静観していただけると助かります」

「そうはいきません。あなたは私の部下なのですから！」

　外交官は僕だけじゃない。

　この人の下には数百人もいるはずだ。

　それをこんなにも熱く……。

　責任感が強いんだなぁ。

　それに、

「えーーと。国王からの通達でご存知だとは思いますが、僕はこの同盟事案が終われば外交官を辞任します」

　それだけの関係なんだよな。

　だから、そこまで熱くならなくてもいいんだよ。

「いいえ。例え一時だけとはいえ、あなたは私の部下なのです。部下は部下らしく上司の言うことを聞いていればいいのです」

「はぁ……」

「なんですか！　覇気の無いため息などついて！！　それでも男ですか！？」

　うう……。

　馬が合わないなぁ……。

「時にあなた。良い人はいるのですか？」

「は？」

「彼女です。いるのですか？」

「いません」

「はぁ……」

　なんだなんだ？

「そんな覇気のないため息などついているからモテないのです」

　えーー。

　なんでそうなるんだ？

「だいたい、あなたには男としての魅力がありません。皆無と言っても良いでしょう。見た目も、態度も、声さえも！　全く、どうしようもありません！」

「そうですかねぇ？」

「ええそうです！　まだまだ、子供。産毛も生えそろっていない赤ちゃんです！」

　うう。

　心底どうでもいい、実益に伴わない生産性の無い会話だぁ……。

　地獄すぎる。

「まだまだ、あなたには言いたいことがあります。あと１時間は語りますからね！　心して聞くように！」

　ひぃーー。

　神さま、願わくば僕に読書をさせてください。

「だいたい、あなたには覇気がありません！　男ならガーーーーっと自信を持って行動なさい！！　もっとドーーーーンと胸を張ってぇええええ！！」

　と、夫人が立ち上がった時。

　棚の上に置かれていた小箱が床に落ちた。

　それは平べったい箱で、開いた蓋の表面には僕の似顔絵が描いてある。

　その中には魔法石が入っていて、僕の歌声が記録されていた。

　それはオルゴールのように、蓋が開くと自動的に曲が流れる仕組みだった。

『ぼ・く・の〜〜。悲、恋〜〜。ジルベスタルゥウゥウ〜〜♪』

　これは……。

　僕が王室から強制的に歌わされた曲。

　『ジルベスタル恋慕情』だ！

　でも、どうして婦人がこんな物を持っているんだ？

　婦人は全身を赤らめた。

「こ、こ、こ、これは、その、ち、違うんですよ！！　たまたま友人から貰ったのです！！」

「はぁ……」

「ですから、ね！　その……。た、たまたま置いているだけです！！」

「そうなんですね」

　ま、じっくり聞かれても恥ずかしいだけだからな。

「も、もう夜が遅くなってしまいました。明日は研究所の仕事でしょう？」

「ええ」

「け、兼任は国王から聞いているので、もう、お帰りなさい」

「はぁ……。でも、さっき１時間は語ると……？」

「こ、こ、言葉のあやです！　も、もう、帰ってよろしい」

　なんで取り乱しているんだ？

　ま、帰してくれるなら、それに越したことはないか。

「では、ごちそうさまでした」

　家から出ると、２人のメイドが近づいて来た。

「アリアスさま。よろしければ握手してください」

「え？　ああ……。いいけど？」

「キャーー！　感激です」

　やれやれ。

　あのラジソンと戦ったイベント以来、稀にあるんだよな。こういうの。

　メイドは声を潜めた。

「奥さまはね。アリアスさまの歌声を毎日聴いてらっしゃるのですよ。ウフフ」

「え？」

　毎日……。

「もう、うっとりしてね。それはもうお気に入りなんですから。お風呂でもトイレでも歌ってらっしゃいますよ。プフフ」

　やれやれ。

　本当によくわからん人だなぁ。

　翌日。

　昼も過ぎた頃。

　僕はオッツ婦人に呼び出された。

「今から国王に抗議します」

「え？　やめといた方がいいですよ。きっと恥をかく」

「何を言うのです！　国王に正しい筋道をわからせてあげます！」

　まいったなぁ……。

　しかし、僕には止めれそうにないぞ。

　婦人の声は王室に響いた。

「国王！　どういうことなのですか！？」

「どうって？」

「アリアスさんのことです！　彼に同盟の話を一任するなんて気が知れません！」

「ああ。あなたに責任はないよ」

「そんな問題ではありません。彼は私の部下なのですよ！！」

「うん。でも、あなたに責任はないから」

「何をお考えなのか、さっぱりわかりません。こんな歴史的な外交を、彼、一人に任せるなんて」

「ははは。その方がハラハラして面白いだろ？」

「何を呑気な！！」

「ま、いいからさ。アリアスに任せようよ」

「しかし、ですね。彼はまだまだ子供です！　こんな若い人間に碌な仕事なんてできません！　国は大人が動かすモノ！　強いては王都の信用に繋がるのですよ！！」

「それは言い過ぎでは？」

「いいえ！　言わせていただきます！　アリアスさんはまだ子供なのです！　子供は大人の言うことを聞いていればいいのです！　国の為に働くなんてもっての外！　論外！　前代未聞です！　ですから、この同盟の件。大人の 私（わたくし）が責任を持って遂行させていただきます！」

「ダメだ」

「国王！」

「　国　王　命　令　」

「うう！」

「だから、ね？　わかってよ」

「うう……」

　婦人はグゥの音も出なくなって、そのままトボトボと王室を出て行った。

　……だから言ったのに。

　僕は国王から一任されているからな。

　婦人の意見が通るはずがないんだ。

　それにしても、あの肩を落とした寂しそうな背中。なんだか心が痛むな。

　でもさ、この件が落ち着いたら僕は辞任するしね。

　オッツ婦人、外務省として、もう少しだけ堪えてくださいね。

　国王は呑気に眉を上げた。

「アリアス。全部、君に任せているからな」

「はい」

「運搬事業の立ち上げ。どうなるのか楽しみにしているぞ」

「ええ。やってみます」

　よし。

　上司はなんとかなったから、運搬方法、考えてみようか！