第42話 アリアスの外交 【ざまぁ前編】

ーーアリアス視点ーー


 今日は僕の初めての外交職だ。


 ロントモアーズの官僚たちと会議をするわけだが、変な感じだな。


 官僚といえば、去年までは魔法設計の関係で携わっていた人種なんだ。


 遠い席にいた人たちが、こんなにも近い席にいて、僕の話しに耳を傾ける。


 しかも、僕は他国の人間なんだぞ。


 人生ってわからんもんだな。


「何!? 物資の運搬事業を立ち上げるだって?」


 ロントモアーズの外交官を勤める。フォーマッドさんが眉を上げた。


 彼は40代で、奥さんと子供が3人もいる、気の良さそうなお父さんだ。


 僕と同じ黒髪なのも好印象。

 

 特に髭の濃さがな。毎日綺麗に剃っているのだろうけど、顎が青く見える。


 タレ目と合わさって、なんとも愛着の湧く顔なんだ。


 まだ、少ししか接していないが、人の良さそうな話し易い雰囲気がある。


 さて、そんな人が驚いているからな。


 説明をしてあげようか。


「ロントモアーズとジルベスタルでは距離があります。徒歩なら3日。馬なら2日はかかるでしょう。そんな状況下で同盟を結んでもあまり旨味がありません」


「しかしだな。同盟を結ぶのは歴史的快挙。まずは難しい事業の話しより、互いの条件を煮詰めようじゃないか」


 互いの条件ねぇ……。


 この用紙に羅列して書かれた条件がそうだが……。


 今は平和な世の中だからな。


 僕たちの住むエクセリオン大陸には内戦がない。


 戦いといえば、モンスターの襲撃くらいだ。


 しかし、魔法の進化が著しい昨今、早々苦戦も強いられない。


 だから、国同士の応援要請を呼びかけることは、そんなにないんだよな。


 つまり、同盟を結ぶとは、国を豊かにする物資の流通を促進するだけに過ぎないんだ。


 それで、この条件になるわけだが……。


 やれやれ。

 輸出したい物資が山のように書かれているぞ。


 しかも、どれもロントモアーズが有利な物資ばかりだ。


 市場を独占するつもりか?


 この条件をそのまま受け入れたのでは、我が国がロントモアーズの商品で埋め尽くされてしまうよ。


 これじゃあ同盟を結んでも足を引っ張り合うだけだな。


「この条件ってフォーマッドさんが考えたのですか?」


「私が? まさか。私にそんな権限はありませんよ。私は一介の外交官だよ。王室会議で決まったことをあなたと交渉するだけさ」


 それは良かった。


 業突く張りな人だったら失望しているところだ。


 と、なると、彼の顔も立てなくてはな。


 おおよそ、王室からは、この条件で交渉するように厳しく言われているのだろう。


 流通許可が、希望数に達しなければ話しは決裂だ。同盟の話はなかったことになる。


 そればかりか、フォーマッドさんはクビになってしまうかもしれんな。


 そんなことは避けたい。


 そうなると、許可を出す数だが、


 物資にもよるが、互いの国の条件を揃えるわけだからな。半分くらいが定石か。


 ロントモアーズ側だって、この羅列した、自国に有利な条件がそのまま通るとは思っていまい。


 だから、





「全部、許可します」





 僕の言葉にフォーマッドさんは目を見張る。


「え? 全部!? そ、そんな条件で良いのか?」


「ええ。勿論」


「ま、待ちたまえ! そんなことをすれば……」


 ふふふ。

 ご丁寧に教えてくれなくとも、承知してますよ。




「ええ。ジルベスタルが不利です」


 

 

 会議室は騒ついた。


 ロントモアーズの官僚たちは好条件に目を輝かせる。


 急かすように話を進めようとした。


 待て待て、まだ続きがあるんだよ。


 僕が話そうとすると、フォーマッドさんは顔を近づけて、他の官僚に聞こえないように声を潜めた。


「君ぃい。若いから心配していたんだ。外交の仕事は自国を有利に進めることだ。ジルベスタルが全部を受け入れてくれても、我が国はそうはいかないよ。輸入規制は厳選して厳しく取り締まるんだ。そちらの要求は半分も飲めないかもしれない。それでもいいのかい?」


「ええ。勿論です。自国に不具合があった物資は、輸入してから相談しますから」


「そ、それにしてもだよ! そちらが不利すぎるのではないか? 自国に不利な条件下での同盟は、君の安否に関わるぞ? 国の不利益で、君は極刑に処されるんだ」


 ふふふ。

 やはり優しい人だな。


「確かにそうかもですね」


「悪いことは言わん。全部はやめなさい。せめて3分の2とか、やり方ってのがあるでしょうが。もう少し交渉をしっかりと考えなさいよ」


 残念ながら、僕は天使じゃないだよな。


 実益を大事にする男なんだ。


「安心してください。条件がありますから」


「じょ、条件?」


 僕はみんなに聞こえるように声を出した。


「先ほども言いましたように。こちらの同盟条件は、そちらの希望物資を全て受け入れること。それと、物資の運搬事業を立ち上げることです」


「そ、その物資の運搬事業とはどういったものなんだい?」


「互いの国を行き来するのに、日帰りできるようにするのです」


「日帰り!? 馬でも2日はかかる距離だぞ!? どうやって!?」


「それはまだわかりません」


「はぁあああ!? 案もないのに提案したのかい!?」


「ええ。でも、それがこちらの同盟条件です」


「そ、それは王室の意向なのかい?」


「いえ。僕の考えです」


「ちょ、ちょ。待ちたまえ! 外交官とはそんな存在ではないだろう!! 君、正気か!? 王室の意向を聞きかせてくれたまえ!」


「ええ。ですから。全物資の受け入れと運搬事業の立ち上げです」


「き、君なぁ……。それは君の考えなんだろ?」


「はい。でも、一任されていますから」


「はいーーーーーーーーーーーー!? 一介の官僚が外交を一任されてるぅう!? そんなバカな!?」


「ええ。でも、国王は本気ですよ。僕の考えには同意していましたからね」


「き、君は……。一体何者なんだい?」


「今は外交官ですね。国に帰れば設計士にもなりますが」


「……そ、それは事前に聞いていたが、兼任で外交をするのも前代未聞だが、国王に一任されている外交官なんて聞いたことがないよ」


「安心してください。ジルベスタルにも有利になるように考えていますから」


「どう有利なんだね?」


「利用料をいただきたい」


「り、利用料? 運賃のことかい?」


「そうです。運搬事業が上手くいけば、その運賃を取りたいんです」


「ほぉ……。それって……。我が国が払うのかい?」


「勿論──」


 この質問に、眼鏡を上げざるを得ない。






「利用料金はジルベスタルで独占します」





 場は静まり返った。


 輸入物資がいくら増えようが、その分、運賃が貰える仕組み。


 この条件なら、僕の責任追求はないだろう。


 フォーマッドさんは腕を組んだ。


「ふふふ……。なるほど。よく考えているな……。もしも、運搬事業が成功して機能し始めたら、ジルベスタルの方が儲けるかもしれん」


 お、やはり気づいたか。


 そうなんだよな。


 輸入物資の量に比例して運賃収入がジルベスタルに入るから、うちは食いっぱぐれがないんだ。


「しかしだなぁ。それは運搬事業が上手くいったらの話しだろ? 今は目処が無いわけで、その事業の担当はどなたがやるんだい?」


「……言い出しっぺなんで、僕ですね」


「ふむ……。君は博識なようだし、なんとかなるのか……。開発はそちらでやるのかい?」


「ええ。運賃を独占したいので」


「しかし、それは両国間を行き来する運搬システムの話だから、こちら側も開発に携わった方が便利じゃないか?」


 うーーん。


 利権が絡むからなぁ。


 こちら側、というか僕1人でやりたいが……。


 彼の顔も立てるか。


「では、協力してくれますか?」


「じゃあ、うちも開発には携わるから、その開発費用は折半だな」


 ふふふ。そう来たか。


 製造には業者が絡む。ロントモアーズでその仕事が取れればそれだけでも利益になる。

 食い込むのが上手いな。

 

 そうなってくると、運賃の独占にまで介入して来そうだぞ。


 釘を刺すか。


「ただし、運賃の独占は変わりません。そこが揺らいだ時、この同盟条件は破綻します」


「う、うーーむ。……で、ではこういうのはどうだ? その運搬システムを考えついた方が運賃の割合を決めるというのは?」


 どうしても運賃が欲しいようだな。


 自国の有利が最優先。

 それが外交の仕事か。


 優しい人だが、仕事はきっちりやるタイプだな。


 嫌いじゃないが、負けませんよ。


「僕より、良い案を出していただければ、運賃を両国間で割ってもいいですよ」


「うは!! わはは! 聞いたぞ! 約束したからな!! おい書記官、記録しろ!」


 やれやれ。

 僕より良い案が出せればね。

 

「うーーむ。そうなると、この事業展開は環境大臣の管轄か……」


 と、ジャメル卿を見つめた。


 そういえば、環境大臣ってジャメル卿なんだよな。


 いつだったか、僕を連れ戻しに来て、大金で買収しようとした奴だ。

 殺人未遂の証拠を掴んで追い払ってやったがな。


 それにしても、随分と大人しい。


 さっきから全く発言しないし、僕と目を合わそうとしないから気がつかなかったよ。


 フフフ。

 また、目を逸らした。

 

 よほどバツが悪いんだろう。

 

 とはいえ、こんな奴と仕事をするなんてありえないな。


「あなたがやってくださいよ、フォーマッドさん」


「わ、私がぁあ!? しかし、私は専門じゃないんだぞ。君のように魔法設計もできないし。やはりジャメル卿の担当かと……」


 と、フォーマッドさんの言葉に、卿は反応して体がビクン浮き上がっていた。


 ふ……。

 安心しろよ。僕だって嫌なんだ。


「この国にはどれくらい住まれています?」


「生まれてずっとだから45年になるな」


「じゃあ、土地勘はありますね。それだけで十分ですよ。僕だって4年は住んでましたから、困ることはありません」


「し、しかしだなぁ。運搬なんてさっぱりだ」


「ハハハ。まぁ、なんとかなりますよ。やってみましょう」


「うーーん。君にはいちいち驚かされるよ。まったく凄い外交官が来たもんだ……」


 そんなこんなで会議は終わった。


 初日にしては有意義な時間だったな。


 すると、ジャメル卿が会議室を足早に出ていくのが見えた。


 やれやれ。

 会議中は散々無視されたからな。


 挨拶しておこうか。


 

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