第30話 アリアスのダンス 【ざまぁ】


 1回目のダンスが終わると音楽が静かになった。


「また社交時間?」


「そうね。これを繰り返すのよ。踊って会話して、また踊る」


 なるほど。

 男女の交流プラス商談か……。


「出世にも影響があるみたいなのよね」


 参加者が多くなるわけだ。


 ま、僕は食事を楽しむだけだがね。




 それは5回目のダンスが終わった頃だろうか。


 国王が、再び僕たちの元へとやって来たのだ。


「カルナ騎士団長。楽しんでいないようだが?」


「あは……。あはは! そんなことはありません。美味しい食事を楽しませていただいております」


「それにしては踊っていないではないか。君が踊らないのでは記者たちも困るぞ」


「あは……。あはは……。そんな、私なんて全然です」


「そんなことはない。君はジルベスタルでも1、2を争う人気者だ。みな、君と踊りたいと思っている」


「あはは……。で、でも今日はパートナーがいるのでぇ」


「パートナーねぇ……。率直に伺うが、君たちは婚約しているのかい?」


 なに!?


 そんなわけないだろ!


 カルナは真っ赤な顔になって黙った。


「ふん……。婚約者候補にしろ、ダンスの一つも踊れないんじゃあ、みっともないな」


 ダンスなんて微塵も興味はないが、こう煽られてはな。


 僕の険しい顔つきに、国王は不敵な笑みを浮かべた。


「アリアス所長は、ダンスを踊れるのかい?」


「こ、国王! 彼は私が誘ったんです。2人で会場の雰囲気を楽しんでいました。会話が弾んでしまって、ダンスどころではなくなったのです!」


 国王は、カルナの話しを聞いていないようだ。


 顎を上げ、僕を見下した。




「君……。ダンスを踊れるのかい?」




 やれやれ。


 この国の歴史にはまだ疎いが、ダンスは成人男性の通過儀礼とでもいうのか。


 ここで、踊れない、なんて言おうものなら高笑いされそうだな。


 カルナは目に涙を溜めて申し訳なさそうに震える。


「アリアスゥ……」


 ふぅ……。

 そうなると、こう言うしかないよな。





「踊れますよ」





 国王は目を細めた。



「ほぉ……。是非、拝見したいものだな」



 彼が片手を上げると、音楽がダンスの旋律へと変わった。



パンパンッ!!



 同時に手を叩いてみんなを注目させる。



「さて、会場の皆さま、注目だ! 国内1の人気者、カルナ騎士団長がダンスを披露されるぞ!」



 会場は騒ついた。


 国王の呼びかけに期待が高まったのだ。


 みんなは手を止めて僕たちに注目した。


 やれやれ。

 とんでもないことになったな。


 カルナはボソボソと話した。


「ちょ、ちょっとアリアスゥウウ! あなたダンスなんて踊れるの?」


「踊ったことはない」


「ええーー!! そんなんじゃ笑われちゃうわよ!! みんな私たちを見てるのよ!」


 ふむ。

 こんなに大勢に笑われたんじゃ、生涯背負うトラウマになるだろうな。


 しかし、


「さっきからダンスを見ていたからな。大丈夫だ」


「見てたくらいじゃ覚えられないわよ!」


 僕たちはホールの真ん中に立たされた。


 カルナはブルブルと震える。


「あああ……。お助けください大賢者さまぁ」


 と、ペンダントに付いた魔宝石を握り締めた。


 その大賢者さまは目の前にいるのだがなぁ……。


 周囲の騒つきは更に大きくなった。


 新聞記者たちはこの状況を克明にスケッチする。


「し、新聞にも載っちゃうわよアリアスゥウウ〜〜。王都中の笑い者にされちゃうわぁああ」


 うーーむ。

 目立ちたいわけではないのだがなぁ。


 音楽は大きくなった。


 いよいよダンスの始まりである。


スーーーーッ。


 と、移動したのは僕たち。


 僕はカルナの体をリードした。


「ああ、もうお終いよぉ!!」


 彼女の泣き顔は、僕のリードで音楽に乗った。


スーーーーッ。


「え?」


「次はターンだ」


クルリ!


「え? えええ??」


 その優雅な回転を見て、会場からは拍手が沸き起こった。


「おおお! なんと優雅な!」

「カルナ騎士団長も素敵だけど、あの殿方は誰かしら?」

「美しい……。完璧なダンスだ」


 僕たちの体は音楽に乗り、クルリクルリと回りながらホールを舞う。


「ア、アリアス! あ、あなた経験者だったの!? 初めから言ってくれれば良かったのに!」


「いや、初めて踊るが?」


「そんな!? 嘘つきなさい! 完璧なダンスよ!」


「君を揶揄う時以外、嘘はつかないさ」


「じゃ、じゃあ……。本当に見て覚えちゃったの?」


「簡単なアルゴリズムさ。体の角度、移動、両手両足の動き、その全ては365のパターンで構成されている」


「え??」


「加えて、指の動き、首の角度、顔の表情を変化させれば尚、優雅に見える」


クルリ!


「す、凄い……」


「笑われずに済んだな」


 音楽が終わったのと同時。



タンッ!



 と、踵を床に付けて、最後のポーズを決めた。


パチパチパチパチパチパチーー!!


 拍手喝采。


「ブラボー!! 2人とも最高だぞ!!」

「アリアスさま素敵ぃいい!!」

「カルナ騎士団長、最高!!」


 ふむ。

 ダンスは中々面白いものだな。


 国王は僕たちを睨んだ。


「アリアス所長……。いや、アリアス。中々のダンスだったぞ」


「お褒めいただき光栄です」


「フン……」


 と、つまらなさそうに去って行った。


 ふふ。

 僕たちを笑い者にしたかったみたいだが、当てが外れたな。


「あは! アリアス! さっきは凄かったわ!!」


「大したことじゃないさ。覚えたことを実践しただけに過ぎない」


「普通はそう簡単にはできないんだけどね」


 筋力を使う戦闘技術はそう簡単にはいかないがな。


 ダンス程度の動きならなんとかなるさ。


「うぉーー! 心の友よぉおお!! あんなにダンスが上手いとは驚いたぞぉおおお!!」


「ははは。まぁ、なんとかなったな」


「俺にお前のダンスを教えてくれぇええ!!」


 ふむ。

 ボーバンが踊れるようになれば、彼女ができるかもしれないか……。


「よし。カルナが相手をするから特訓だ」


「え? ちょ、ちょっと聞いてないわよ!」


「男の僕がボーバンの相手はできないだろ?」


「うぉーー! カルナ殿、恩にきるぅうう!!」


「ひぃーー」


 僕たち3人はダンスを楽しんだ。


 ボーバンのダンスが優雅になった頃、パーティーは終わった。


 ふふ。

 次のダンスパーティーが楽しみだな。


 僕はカルナを家に送る為、魔車を走らせた。


「今日は楽しかったわねぇ」


「ああ。ダンスがあんなに楽しいとは思わなかった」


「元々、才能があるのよ」


 才能か。

 それより、カルナとボーバンがいたからだと思うがな。


「それにしても……。ふふふ」


「なんだよ? 変な思い出し笑い」


「……アリアスのダンスって完璧だったわね」


「それ、嫌味かい?」


「んーー。そうかも」


「なんだよ。ピンチを切り抜けたのにさ」


「えへへ、ごめんね。そういんじゃないんだけどさ」


「なんだ? 何か言いたいことがあれば言ってくれよ」


「ふふふ……」


「気になるなぁ」


「えへへ。なんかねぇ。アリアスのダンスって完璧過ぎて、人形と踊ってるみたいな時があるのよ」


 ほぉ、僕が人形……。


「それは興味深いな。どうしてそんな風に感じたんだい?」


「うーーん。私もハッキリと答えはわからないんだけどね。おそらく……。なんでも計算とか記憶で処理しちゃうじゃない。そういう冷たい感じかなぁ?」


「ふむ。それのどこがいけないんだ?」


「だってダンスは相手がいるのよ。相手のリズムがあるじゃない」


「ふむ。しかし、優先すべきは音楽のリズムに合わせて踊ることでは?」


「確かにそうだけど。音楽のリズムって幅があるじゃない。その幅の中で互いに遊べる時間があるのよ」


「ふむ……。つまり、決まっていない動きがあるということかい?」


「うーーん。まぁ、そうかな?」


「ダンスのアルゴリズムに加えて、ランダムの動きを加算すれば良いわけだな」


「んもぉ! また、そんな風に考えるぅ」


「ダメなのかい?」


「なんていうのかなぁ……。ダンスっていうのはね──」


 カルナは優しく微笑んだ。



「心と心なのよ」



 心と……心?


 うーーむ。


 つまり、


 それは……。


「思いやり、とかそういう気持ち、だよな?」


「プフゥッ! アハハ!!」


「な、なんだよ! 人が真剣に答えを出そうとしているのにさ」


「だってぇ。アリアスって凄く頼りになる人だけどさ。どこか冷たい所があって事務的なのよね。だから、困ってる感じがおかしいのよ。フフフ」


「なんだよそれぇ……。質問に答えてくれよな」


「フフフ。思いやりの気持ちに似てるんだけどね。もっとこう……。お互いを感じ合うっていうのかな?」


「えらく抽象的だな」


「でも、ニュアンスは伝わるでしょ?」


「心と、心……か」


「そう。心と心よ」


 彼女は僕の手を握った。


「私の温もり……。伝わるでしょ?」


「ああ……」


 カルナの手は温かいな。


 それに僕の手とは全然違う。

 小さくて、スベスベだ。


 彼女といると心が安らぐ。


 ぎゅっと握り返すと、また少し温かい。


 一瞥すると、優しく微笑んでくれる。


 心と心……。


 相手の心と繋がって……。



 踊る……。



 ふむ。



 悪くないな。


「まさか、教わることがあるとは思わなかったな」


「はぁ!?」


ギュウウウウウゥッ!!


「痛ででででっ!!」


「親しき仲にも礼儀ありです。バカにしすぎ」


「ご、ごめん」


 魔車はカルナの家の前に着いた。


「今日はありがとうね! とっても素敵な夜だったわ!」


「こちらこそありがとう。おやすみ」


「また明日ね! おやすみ!」


 遠ざかるカルナの背中を見る。


 心と心か……。


 フフフ。


 良い響きだな。




 次の日。


 ジルベスタルの王都新聞にはとんでもない記事が載っていた。


 てっきり、カルナとのダンスのニュースが掲載されるものだと思っていた。


 まさか、どうしてこうなった!?


 記事の見出しはデカデカとこう書かれてある。



『国家の反逆者! アリアス・ユーリィ』



 やれやれ。

 原因追求が必要だな。

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