第29話 カルナとダンスパーティー 【ヒロイン回】

【アリアス視点】


 おかしいな……。


 ここ3日。

 ロントモアーズ魔法研究所からの連絡が途絶えている。


 シンはマメな人間だから、ほぼ毎日連絡をくれていたのに……。


 連絡は魔報鳩を使っていたのだが……。


 その魔報鳩が来ない。


 研究所に何かあったのだろうか?


「どうしたのアリアス。浮かない顔して?」


「いや……。ちょっとな」


 あと1日待ってみるか。


「もしかして……。好きな人でもできたの?」


 やれやれ。


「そんなわけないだろ」


「にへへ。だと思った。読書オタクのアリアスが女の子に興味を持つなんてありえないもんね」


 むむ!


「……そうでもないかもな」


「え!? どういう意味!?」


「僕だって男だからな。好きな人くらい、いるかもしれんということさ」


「ちょ、それ本当!? 誰なのよ!?」


「さぁね」


「ちょ、ちょっと! 教えなさいよね!!」


「君に関係ないだろ」


「か、関係ないことないわよ!! えーーと。わ、私は騎士団長なんだからぁ!!」


「君の職務と僕の好きな人とは関係ないだろ」


「あ、あるわよ!! 設計士の内情の把握は国防に影響するんだからね!!」


「なんのことだよ。理解不能だな」


「と、とにかく教えなさいよね!!」


「うーーん。秘密だな」


「ちょっとぉおおお!!」


「ははは」


 そうやって揶揄っていると、カルナは涙目になっていた。


「ねぇ……。ほ、本当に好きな人……。いるの?」


「そんなに知りたいのかい?」


「べ、別に……。そういうんじゃないけど……」


「だったらいいじゃないか」


 そもそも、僕に好きな人なんて、いるわけないんだからな。


「で、でもぉ……。私の知ってる人だったらどうしよう……って」


「知ってる人?」


「ラ……。ララとかぁ」


「うむ……。彼女は美人だからな」


「ええ!? ララなの!?」


「ははは。冗談だ。好きな人なんていないよ。君を揶揄っただけさ」


「むぅ!」


ギュウウッ!!


「痛てててて! つねることないだろ!」


「ふん!」


 やれやれ。


 冗談の通じない奴だな。


「それはそうとアリアス。今晩、王室主催のダンスパーティーがあるのを知ってるかしら?」


「ああ。各所属のリーダーが参加するパーティーだろ」


「あなたも参加するわよね?」


「行くわけないじゃないか。僕はダンスなんて踊ったことがないんだからさ」


「な、なんでよぉ。今年から魔法研究所の所長が参加することになったんだから、名誉なことじゃない」


「別になんとも思わないな。参加は任意だろ? 僕は不参加で」


「ちょ、ちょっとぉ! 私は参加するんだからぁ! あなたも参加しなさいよぉ!」


「いいじゃないか。楽しんで来なよ。僕は読書を楽しんでるからさ」


「んもぉ! 読書なんていつでもできるでしょ!! ダンスパーティーは半年に1回しかないんだからぁ!!」


「そう言われてもなぁ。僕が言っても空気だよ。ダンスなんて踊らないし。きっと君が踊るダンスを見てるだけになるよ」


「そんなことないわよ。ダンスパーティーは交流会も兼ねているんだから。各リーダーと仲良くなって仕事を回してもらうことだってあるのよ」


「おかげさまで、うちの研究所はわざわざ営業をかけなくても仕事が来るからね。只今、大繁盛につき、仕事には困ってません」


「そ、そうだったわね……。じゃあ問題は私だけか……」


「問題?」


「あるのよ、問題がぁ……」


「なんの話だよ?」


「私は色々な男の人にダンスを誘われまくるのよ!!」


「ほぉ、自慢ですか。流石はジルベスタルのアイドル。良きかな」


「良くないわよ! 好きでもなんでもない男と踊るダンスなんて地獄よ!!」


「じゃあ君も不参加でいいんじゃないの?」


「そうもいかないのよ。7つある騎士団の団長は全員参加するの。第二騎士団長の私が参加しないわけにはいかないわよ。部下に面子が立たないもの」


「ふむ。面倒なしがらみだな」


「でしょ! 私も困ってるの。だから、ね! 一緒に行きましょうよぉ」


「それでどうして僕が参加しないといけないんだ?」


「だってぇ……。アリアスと一緒ならダンスに誘われないじゃない」


「なんだそんな理由か。僕を使ってダンスの誘いを断るつもりか」


「えへへ……。そうなのよね」


「じゃあ、ダンスが上手い人を誘えばいいじゃないか」


「別にダンスがしたいわけじゃないわよ。アリアスは話し易いじゃない。一緒にいたら楽しいし。だからね。お願い」


 確かに、僕も彼女となら気を遣わないからどんな場所でも気軽ではあるな。


 それにしても、


「誘われるダンスって、そんなに嫌なもんなのかい?」


「あなたは知らないのよ! いやらしい目で見てくる男たちを!! 鼻息を荒くして顔を近付けてくるんだから!!」


「ふむ……。それは確かに厄介だな」


「でしょでしょ! 私を守ると思ってお願い! 一緒に来てぇえ!」


「うーーむ」


「タルティ屋の卵タルト買ったげるからぁ!」


 お、それは甘くて美味しいヤツだ。


「仕方ないな。2個だぞ」


「あは! やったぁ! 2個でも3個でも買ったげるわよ!!」



 こうして、夜に待ち合わせをすることになった。


 研究所の仕事は、5時の定時にキッチリ終わるのでパーティーに行く準備ができる。


 ダンスパーティーなんか行ったことはないが、タキシードを着て、正装するのがマナーのようだな。


 僕は魔車を出して彼女を迎えに行った。


「お待たせ〜〜」


 現れたのはピンク色のドレスに身を包んだカルナだった。


 ほぉ……。


「似合ってるじゃないか」


「あ、ありがとう。えへへ。あーーコホン! あ、あんたも似合ってるわよ。とっても素敵」


「ありがとう。じゃあ行こうか」


「ええ」


 魔車の前輪に魔力を注いで動かす。


ギュゥウウウウウウウウウウウウン!!


 瞬く間にパーティー会場に到着した。


「う、馬が無い? この馬車どうやって動いたんです??」


 会場の受付は馬車の置く位置を指示するのだが、僕の魔車は収納魔法で亜空間に入れるから問題はない。


「え? 馬車が消えた!?」


 と目を見張る。


 ふむ。


 この国にはまだ収納魔法が無いんだったな。


 今度、何かの会議で提案しようか。


 それにしても、この人の量……。


「随分と多いな」


「まぁね。諸外国の貴族もいるからね。数千人は来てると思うわ。ちょっとしたお祭りよ」


 ふぅむ。

 これでみんなの前でダンスを披露するのか……。


 気がしれんな。

 読書をしている方が数億倍、有意義に過ごせる。


ペラリ……。


「ちょっとアリアス! ここに来て読書はないでしょ!!」


「ああ……。つい癖で」


 僕は魔法暦書を亜空間にしまった。


「美味しい料理が食べ放題よ。高いお酒も飲み放題だからね。そっちを楽しみましょうよ」


 ほぉ。


「それは楽しみだ」


 聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「やや! これはアリアスとカルナ騎士団長ではないか!!」


「やぁ、ボーバン」


 褐色肌のアフロヘア。第四魔法兵士団長のボーバン・ノーキンだ。


 僕を見てニヤつく。


「ほぉ……。馬子にも衣装か」


「君だって着慣れていない雰囲気があるぞ」


「ふはっ! まぁな!! 正装より鎧の方がマシだ」


「君もダンスを踊るのかい?」


「当たり前だ! 諸外国の淑女が集まっているのだぞ! 今から体がうずくわい! ムフーー!!」


 カルナはボソボソと耳打ちした。


「ボーバンは彼女を作る為に張り切ってるのよ」


「へぇ……」


 ボーバンのダンスねぇ。


 パーティー会場は騒がしかった。


 ダンスの音楽が流れるまでは社交場と化す。


「ねぇアリアス。あっちに美味しそうな果物が沢山あるわよ!」


 向こうの肉類も美味そうだ。


 カクテルは30種類以上もある。


 会場オリジナルカクテルは飲まざるを得ないな。


「よし。手分けして皿に盛ってこよう」


「了解!」


 うむ。

 中々楽しいな。


 豪華な食事が無料というのはいい。


 しばらくすると音楽が変わった。


「き、来たわ」


「何が?」


「ダンスよ」


 ああ。これか。


「カルナ騎士団長。ダンスをお願いできますかな?」


 見たこともない男が彼女を誘う。


 それは貴族の男たちだった。


 軍法会議に参加している各所属のリーダーもカルナを誘う。


 その度に、


「あはは。今日は連れがいるのでぇ……」


 と僕を手差して断るのだった。


 断られた男は肩を落として去って行く。


 時には「カルナ様に彼氏ができたのか? くぅうう」と泣いている男もいた。


 うーーむ。


 複雑な気分だなぁ。


 そんなことを思っていると一瞬で空気が変わる。


 それは爽やかな男の声だった。


「カルナ騎士団長。お手合わせできますかな?」


 男は複数の衛兵に囲まれていた。


 30代のイケメンである。


 何度も会議の席で見かけた。


 この国の中心人物。


 天然パーマで垂れ目が印象的な、


 ジルベスタル国王だ。


「も、申し訳ありません。既にパートナーが決まっています」


 国王は優しそうな垂れ目で僕のことを睨んだ。


「ほぉ……。これはこれは。まさかカルナ殿のお相手がアリアス所長だったとは」


 やれやれ。

 カルナの人気は凄まじいな。


 一介の騎士団長が国王にまで目を掛けられているのか。


 国王は他の女性を誘いに行った。


「いいのかい? 国王の誘いを断って」


「いいのよ。ダンス中に妾になる話しをされるんだから! 溜まったもんじゃないわよ!」


 妾……。

 つまり愛人か。


 国王の女好きの噂は予々聞いている。


 カルナの気持ち、わからんでもないな。


 音楽は大きな音に変わり、優雅な旋律となった。


 会場のみんなは男女が一対になってダンスを踊り始める。


「よっ! はっ! とっ! とりゃぁあ!!」


 ボーバンは美しい女性と踊っていた。


「なぁ、カルナ。彼はダンスが上手いのかい?」


「去年、一緒に踊ったんだけどね。物凄い恥をかいたわよ。女の人はみんな嫌がっているわね」


 うん。

 だろうね。


「とりゃぁあああああ!!」


 ふふ……。

 まぁ、お祭りだし、楽しんでればいっか。


 会場にはジルベスタルの新聞記者が大勢来ていた。


 ダンスの状況をスケッチしたり、文章に書き起こしている。


「このパーティー。王都の新聞に載るのか……」


 その時、僕がその記事に取り上げられるとは思いもよらなかった。

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