第19話 最弱が最強

 僕の目の前にはビクターが立っていた。


 彼の最高魔力量は300。


 魔法兵団の中でも屈指の少ない魔力量だ。


「うむ。彼ならば申し分ない」


「選ばれて光栄です。でもどうして、僕なんかを選んでくれたのですか?」


 ボーバンを見ると目を逸らした。


 さては理由を言ってないな。


 彼が最低魔力量を有する兵士だからというのが理由なのだが、こんなこと彼の名誉に関わるぞ。


「僕なんか、魔法兵団の中でも最低ランクの魔力量。たった300しかありませんからね。選ばれたのが不思議です。アリアスさんのお役に立てるかどうか……」


 僕が困っていると、おヨネさんがひょっこり入ってきた。


「ビクターちゃんは魔力量300なんじゃろ。凄いじゃないかい。私なんか全然なんじゃから」


「ハハハ。ヨネル婆さんと比べないでくださいよ。僕は兵士なんですから」


「兵士だから選ばれたんじゃないのかい?」


「ああ、なるほど!」


 おヨネさんは僕にウインクをした。


 流石はおヨネさんだ。彼を傷つけることなく納得させてくれた。


 しかし、待てよ……。


「どうしたのアリアスちゃん。これから凄いことが始まるのよね?」


「おヨネさんって、昔、魔法使いだったんですよね?」


「もう随分と昔の話さね。今じゃ魔力量が50もないわよね」


 ご、50だと!?


 英雄契約は魔力量が低ければ低いほどいいんだ。


 内在する魔力量の分、英雄の力を跳ね除けてしまうからな。


 それでいて、魔法に対する適正が必要だ。


 おヨネさんは内在魔力量が50で、しかも魔法適正がある。


「い、逸材だ……」


「へ?」


「探していた者がここにいたんだよ!」


「はい?」


「ビクター。悪いが君じゃなかった! 探していたのはおヨネさんだ!!」


 みんなは目を丸くした。


「おいアリアス。悪い冗談はよせ! ヨネル婆さんが戦えるもんかよ!」


 兵士長ボーバンの言葉に、僕は眼鏡を上げずにはいられない。


「冗談なんて言うものか。英雄召喚は1度しかできないとっておきの古代魔法だからな。選抜者は厳選されなければならない」


「それにしてもだなぁ! こんなヨボヨボの婆さんに国の未来を託していいのか!?」


 それを決めるのは僕ではないんだ。


「おヨネさん。この魔法陣の中央に立てば、英雄の力を一時的に宿すことができる」


「ほえ? なんで私なの?」


「あなたが適正者だからだ」


「私が?」


「はい。でも、身体に英雄を宿す際、どんな危険があるかわからない」


 場は混乱した。


「アリアス所長、無茶です! 英雄召喚におヨネさんの体が耐えれるかどうかわかりません!!」


「そうよアリアス! おヨネさんに何かあったらどうするつもり?」


「なんやわからんけんど。アリアスはん、無茶は良くないよってなぁ。婆さんを魔法戦士にするなんてバカげたことはやめた方が得策やで!」


 僕はおヨネさんの手を握った。


「おヨネさん。僕の古代魔法があなたの身体にどれほどの負担になるのか皆目検討がつかない。でも国の危機なんだ」


「そんな時に、私の力が必要なのかね?」


「ああ。あなたが適任なんだ」


「じゃあ、やるよ。ここに立てばいいのよね?」


「「「 うわぁああ! おヨネさん!! 」」」


「大丈夫。私はアリアスちゃんを信じてるから」


「バカモン! アリアス、いい加減にせんか! ヨネル婆さんが戦士になんかなれるもんか!! ビクターを使え! 危険ならば俺の身体を使っても良い!!」


「いえそんな! 危険ならば僕がやります!! アリアスさん!!」


 丁度その時。

 外壁から、兵士たちの叫び声が響いた。



「最終段階、突破されました!! ハードアントが……!! もう間に合いません!!」



 見上げると、1匹のハードアントが壁を乗り越えてこちらに侵入していた。


 それはライオンのように大きな蟻。


 内壁を這って下に降りようとする。


 その牙は鋭く、一噛みで人間の体を分断してしまうだろう。



「アリアスちゃん。やっとくれよ。信じてるから」



 ありがとう、おヨネさん。


 脳内に古代呪文が駆け巡る。


 それは1秒間に12文字の速度。


 両腕は地面より43度をキープ。


 魔法歴書の情報は、全部僕の記憶だけが頼りだ。


 絶対に、成功させる!




「アーシャーよ! ヨネルバ・ゼレスタの元に!! 英雄召喚!!」




 魔法陣は激しい光を発した。


 ハードアントは壁を蹴って飛び上がり、みんなの頭上にまで来ていた。



『ギュイィイイイイイイッ!!』



 みんなが悲鳴を上げるより早く、ハードアントは吹っ飛んだ。




ボンッ!!




 ララは状況が理解できない。


「え!? な、何が起こったの!?」


 魔法陣の中央には1人の女性が立っていた。


 それは美しい女。


 紫色のサラサラの長髪を振り乱す。


 細い身体にはスライムのような巨大な胸が揺れていた。



「「「 誰!? 」」」



 ボーバンは全身を赤らめた。


 揺れる胸と、艶やかに露出した腿に視線が釘付けである。


「あ、あなたは!? どこから現れた!?」


 女は笑った。


 その笑顔がまた、女神のように美しい。


 白く整った歯が、日の光に反射してキラリと輝く。


「いやだよボーバンったら。私は私じゃないかい」


「そ、その喋り方は!?」


 うむ。


 どうやらコスチュームはオリジナル仕様の動きやすい服装になるようだな。


 僕の書いたオリジナルの設計式が作用しているのかもしれない。


 見た目は別人だが間違いないな。




「成功だ」




 僕の言葉にみんなは察した。



「「「 おヨネさん!? 」」」



 ハードアントは外壁を乗り越えて次々と宙を舞う。



「ファイヤーボール!!」



 おヨネさんの放った火球は、瞬時に5体のハードアントを燃やし尽くした。



「何ィイイイ!? ギガ級のファイヤーボールを瞬時に5発だとぉおお!?」



 ボーバンの驚きにおヨネさんは眉を上げるだけ。



「私が生まれ育ったジルベスタルを侵攻するなんて許さないんだから」



 彼女がヒョイと飛び上がると、見上げるほどに高く舞った。


 50メートル以上もある外壁にあっという間に乗り上がる。


「うぉおいアリアスゥウウ! これはどういうこっちゃい!?」


「うむ。アーシャーが彼女に若さと魔力を与えているんだ」


「じゃあ、あれが本当にヨネル婆さんかよ!?」


「ああ! みんなで彼女の活躍を見に行こう!」


 僕たちは外壁の上へと登った。



チュドドドドドーーーーーーン!!



 一瞬の豪風。


 それはおヨネさんが放ったファイヤーボールの連射だった。


 爆発とともに数100匹のハードアントが破壊される。


「婆さん凄すぎでんなぁ……」


 ボーバンは汗が止まらない。


「信じられんあのヨネル婆さんが……」


 外に出ていた兵士たちは全員撤退。


 外にいるのはおヨネさんだけである。


「ボーバン兵士長! あの方が凄いんです!! たった1人で王都に近づくハードアントを蹴散らしてしまいました!! それで邪魔だからとみんな引き上げて来たんです!!」


「す、すげぇ……」


 おヨネさんは軽々と宙に舞う。


 それはスキップでもしているように。


「さぁ〜〜。害虫駆除の始まりだよぉおお」


 彼女が両手を上げると大空に無数の火球が現れた。


「アリアス所長! あれ見てください!! S級魔法の流星メテオです!!」


 内在している魔法適正で可能なんだ。


 おヨネさん自体がやり手の魔法使いだったからな。


 しかもただの流星メテオじゃないぞ。


 アーシャーの力が加算された、


「何100倍も強化された、スーパー流星メテオだ」


「あ、あれが本当におヨネさんなんですね……」


 やり手の魔法使いと英雄の力が合わさって……。



「最強の魔法戦士の誕生さ」



ドドドドドドドドドドドーーーーーン!!



 流星メテオは大地に炸裂した。


 地面が見えないほどに群れを成していたハードアントは塵と化す。



「まだまだぁ!! 流星メテオォオオ!!」



ドドドドドドドドドドドーーーーーン!!



 やれやれ。

 軽々と流星メテオの乱発ですか。


 100万匹以上いたと思われるハードアントは1匹残らず退治された。


 煙りが立ち込める中、立っていたのは1人の老婆だった。


「ああ、アリアスちゃん。久しぶりに大暴れできて、なんか気持ち良かったわ」


 みんなはおヨネさんの周りに集まった。


「英雄だぁああ!! このお婆ちゃんが王都を救ったぞぉおおおおおお!!」


 兵士たちは大歓喜。


 おヨネさんを胴上げした。



「「「 ありがとう救ってくれて! あなたは英雄だぁあ!! ワーーッショイ! ワーーッショイ! ワーーッショイ!! 」」」



 ふむ。

 最高の勝利だな。


 やれやれ、ララまで胴上げに参加か。


「おヨネさん! とっても凄かったです!! 私、感動しちゃいました!!」


「ちょ、ちょっと待っとくれよ。私ゃ、大したことはしてないんだよぉおお!! アリアスちゃんの古代魔法でねぇえええ!!」


「「「 ワーーッショイ! ワーーッショシイ!」」」


 みんなの歓喜は止まらない。


 フフフ。

 おヨネさんの活躍は歴史に名を刻むことになったな。


「ア、アリアスさん……」


 この声、シンか?


 振り返ると全身が傷だらけのシンが立っていた。

 

 ハードアントの群れの中にいたのか!?


「つ、伝えたいことがあるのです……」


────────


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