第4話 エリートの仕事 【ざまぁ】

 私はシン・ギャラン。


 アリアスの代わりに、このロントモアーズ魔法研究所に来た期待の星である。


 こんな冴えない研究所。

 私にかかれば目覚ましい発展を遂げるだろう。

 

 私の経歴は誇り高い。


 母国ザムザでは魔法の設計のみならず、その才覚を持て囃され、この王都ロントモアーズに引き抜かれてしまった。


 いわばエリートだ。


 ククク。

 前任のアリアスとかいう輩との格の違いを見せてやろう。


 経理が書類を持ってやってきた。


 緑色の髪をした褐色肌の女。

 

 見た目はモデルのように美しい。


 キレミというのだが、話し方は中々に独特だ。

 どこか地方の出身なのだろう。


「ほなら、シンさん。これ経理の書類ですわ。よろしゅう」


どさっ!


 それは書類の山だった。


 元来、私は設計士の仕事だけをやるつもりだったのだがな。


 無能な前任者が片手間にやっていた仕事らしいので、それも引き継ぐことにした。


 まぁ、私にかかれば余裕だろう。

 

「やれやれ。アリアスは先月分を残して去っていったのか。とんだ無能だな」


 キレミは書類の山から顔を覗かせる。


「先月分?」


「ああ、この量はそうだろう?」


「違いまっせ。これ所長の経費。3日分ですわ」


「なに? なぜこんなに多いんだ?」


「アリアスはんから聞いてまへんのか。そりゃ難儀でんなぁ」


「あんな無能から仕事の引き継ぎなど受ける必要はない」


「無能……。アリアスはんが無能でっか……。まぁ、魔法暦書ばっかり読んでる変態ですからなぁ」


「ククク。そうだろう。仕事のできん奴は無能なのさ」


「仕事ができんねぇ……。うちはものごっつ助かってましたけどなぁ」


「ふん……」


 私の方が凄いに決まっている。


 こんな書類1日で片付けてやるわ!


 私の凄さを見せつけてやる!!


「せやかて、アリアスはん急でんなぁ。なんでも家の事情で退職したらしいでんなぁ」


 彼の解雇理由は不明だ。


 しかし、理由なんて便宜上のもので、無能扱いで切られたからにすぎない。


 しかし、それにしても……。

 なんだこの経費?


「国王の移動経路の視察という名目だが、やっていることは犬の散歩ではないのか?」


「ああ。それがビッカ所長ですわ。あの人、生活費を経費で落とそうとしますさかいな」


「…………」


「でも、文才だけは超一流なんですわ。文量がアホみたいに多いでっしゃろ? せやから経費の事情を誤魔化すのんが上手なんです。それが厄介なんですわ。こちらもそれに対応して却下の理由を書かんといかんのですから」


 こ、こんなものとても1日で終わらんぞ。


うちかて書類の山なんや。ビッカ所長はなにかと経費を使いたがるよってなぁ。まぁアリアスはんは3時間程度で終わらせますさかい、あんさんならもっと速いんですやろな」


 さ、3時間だとぉおおお!?


 どうやったらそんなに早く終わらせられるんだ??


「チェックは綿密にやらんと、王室に不正がバレたら研究費用の削減ですからな」


 まるで小説のように長い経費理由を読むだけでも日が暮れてしまうぞ。


「き、君の仕事はどうなっているんだ?」


うちかて経理の仕事が山のようにあるさかい。いつもはアリアスはんと2人で片付けてますわ」


「…………」


「ほならがんばって!」


 こ、こんなことで前任者に負けてたまるか!

 

 私は一心不乱で経理の仕事に打ち込んだ。






 書類の山が片付いた時には日が暮れていた。


「あら? シンはん。まだやってたんかいな」


「も、もう終わらせたさ」


「さよか。ほならよかったわ。あんさんにも本業があるさかいなぁ」


 ほ、本業……。


 そうだった、この経理の仕事はあくまでも善意の手伝いだ!


 私には魔法の設計士としての仕事があった。


「明後日は花火魔法のテストですやろ? みんな楽しみにしてるんや! 今年も綺麗な花火が見れるんかなぁ、言うてなぁ」


 くっ……。

 な、何も進んでいないぞ。

 

「帰りまへんの?」


「あ、ああ……。もう少し、仕事していくよ」


「さよか。ほんならお先にぃ」


 み、見てろよ。

 花火魔法ではみんなの度肝を抜いてやる!



 2日後。


 ビッカ所長をはじめ、研究所のメンバー全員が外に出ていた。


 総勢22名。


 みな、テスト用に放つ、私の花火魔法に興味津々である。


 ククク。


 見て驚け。


 通常の花火なら3種類の色が限界だろう。


 なにせ、花火魔法とはファイヤーボールの応用にすぎないのだからな。


 そもそも色を付けること自体が難しいのだ。


 ククク。

 私はそれを4色も出すことができるのだ!


 その鮮やかさに腰を抜かすがいい。


 私は大空にファイヤーボールを放った。



「弾けて魅せろ!!」



パァーーーーーーーーーーン!!



 

 赤、青、緑、黄。


 それは色鮮やかな炎の魔法。


 ククク。


 どうだ?


 こんなに美しい花火魔法は見たことがないだろう。


 経理の仕事に追われて不眠不休になってしまったが、みんなが私の実力を賞賛するならば報われるというものだ。


 しかし、

 みんなは冷ややかに笑っていた。


 おかしいな?

 もっと、大歓声がおきてもいいのだが?


「キレミさん。私の花火はどうだったかな?」


「え? あ、ああ。ものすご綺麗やったわ」


「ははは。まぁそうだろうね」


 おいおい。

 綺麗ならもっと絶賛せんか! 

 

 この田舎娘が!!


「王都の誕生祭前に花火を見れるんは役得ですわ」


「ふふふ」


 そうだろうそうだろう。


 しかも、見たこともない花火魔法なのだぞ。


 もっと称賛してもいいのではないか? 


 なんなら私に惚れてしまっても良いのだ。


 田舎娘でも見た目は美人だからな。


 彼女にしてやってもいい。


「ほいで、シンはん」


「なんだ?」


「本番用の花火はいつできはるんです?」


「ほ、本番用とは?」


「ははは!」


「は、ははは……」


 なんのことだ?

 これが本番用の花火なんだが?


 キレミの言葉に他の研究員たちも口々に声を上げた。


「シン。本番用の花火はいつ完成するんだ?」

「シンさん。本番用は期待してます!」

「もう一度、テストをするんですよね?」


 ど、どういうことだ?


 この花火じゃ満足できないのか?


 去年の花火はどうだったんだ?


「キレミさん。去年はアリアスが花火を設計していたんだよな?」


「そうですなぁ。ごっつぅ綺麗な花火でしたわぁ」


「ま、まぁ……。無能の作る花火なんて1ミリも興味はないがな。その……。さ、参考までに、どんな花火だったか教えてくれないか?」


「そりゃあ綺麗な花火でしたでぇ。赤、青、緑、黄、に加えましてな。紫、白、ピンク、オレンジと、合計8色の色彩なんやぁあ!」


「はっ……!?」


 8色ぅううううううッ!?


 どうやって出した?


 自然魔力の計算はどうやったんだ?


 どうやって4色の壁を超えたんだぁあああああああ!?


「いや、待てよ……」


 圧縮すれば可能かもしれんぞ。


 魔力量を3倍にして……。


 その場合、花火の大きさが手の平サイズになってしまうが、それならば6色くらいまでならなんとか……。

 

 キレミは去年の花火を思い出して笑う。


「それになぁ。アリアスはんの花火は大きいんや」


「へ?」


「とにかく大きくて煌びやかでなぁ。もうほんまに思い出に残る花火なんやぁ」


「そ、そのう……。参考までに教えて欲しいのだが……。さっき打ち上げた私の花火を基準にしてどれくらい大きいのだ?」


「そうやなぁ……。10倍くらいかな?」


 10倍ぃいいいいいいいいいッ!?


 

 無理無理無理無理ィイイイイイイイイイイイイイイイ!?



「あはは……。城が隠れるくらいやから、もっと大きかったかもしれんわ」


 

 し、城を隠すほどの巨大花火だとぉおお!?


 絶対に無理ィイイイイイイイイイイイイイイイイ!?


 作れない!


 作れるはずがない!


 8色のデカイ花火魔法。


 そんな花火が設計できるもんかぁああああああ!!



 空を仰ぐ私を、ビッカ所長は睨みつけた。



「シン。新人だからといって気楽にやられては困るぞ。もっと真剣に取り組めよ!」



 私は真っ白に燃え尽きた。

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