第5話 ジルベスタル魔法研究所

 僕は騎士団長のカルナに連れられて王都ジルベスタルを歩いた。


 目指すは魔法研究所である。


 しかし、それにしても目に入ってくる情報量が多いな。


 普段なら魔法暦書を読みながら歩いていたからな。


 どうも手持ちぶたさだ。


 カルナは相当に人気があるらしい。


 街の男たちはみんな顔を赤くして見惚れていた。


「えーーと。確かこの辺だったのよねぇ。花火屋さんは」


 花火屋ではない。


「魔法研究所、な」


「あーー。そうそう。そんな名前」


 機能していないのか?


 騎士団長が知らないなんて……。


 研究所は税金で運用される公的機関なんだがな。

 

 カルナは細い路地に入った。


 そこは人、1人が通れるほどの幅だった。


 両壁に紐が掛けてあり、洗濯物がぶら下がる。


 ベッドのシーツを捲って飛び出して来たのは子供たちだった。


「うわーーい! オバケ、オバケ〜〜!」


 キャッキャッとはしゃぎながら去って行く。


 ベッドのシーツを手で避けて潜ると、開けた空間に出た。


 屋敷の中庭みたいだな。


「中々、お洒落じゃないか」


「そう? ここが研究所よ」


 丁度、見上げたタイミング。


 緩い風が吹くと、補強板がドスンと剥がれ落ちた。

 

「ふむ……」と眼鏡を上げる。


 茶けた壁。


 苔のついた屋根。


 凄まじい老朽化。


 今にもオバケが出そうだな。


 さっきの子供たちはここを見てはしゃいでいたのだろう。


 ここが研究所などとは誰も思うまい。


 中に入ると、1人の女が老婆に食事を与えていた。


「はい。おばあちゃん口開けてぇ〜〜」


 壊れ掛けのロッキングチェアに座っている老婆が「んあ〜〜」と口を開ける。


 僕たちは中に入った。


「邪魔するわよ」


「ここはオバケ屋敷じゃありませんからね!」


 カルナは眉を寄せた。


「あーー。えーーと。あなた誰だったかしらぁ? 見たことはあるんだけどねぇ」


「あ! これは騎士団長! 失礼しました!! また子供たちが入って来たのかと勘違いしてしまいました」


「あなた名前はぁ?」


「私はララ・ミルヴァーユです!」


「あーーそうそう。ララだったわね。ちょっと新人が来たからさ。面倒見てあげてよ」


「し、新人?」


 ララと名乗った女は温和そうな美人だった。


 茶髪の長い髪で、細くスラリとした体型。


 胸は大きく、その形は服の上からでもハッキリとわかる。


 瞳は琥珀色の美しい色をしていた。


 僕の存在に目を細める。


「団長。申し訳ありませんが、お断りします」


「は? なんでよ?」


「見てください。ここに人を雇えるほどの余裕があるとお思いでしょうか!?」


 ララは両手を広げた。

 

 壊れ掛けのロッキングチェアがわずかに揺れてキィキィという音だけが虚しく響く。


「ふむ」確かに余裕はなさそうだ。


「しかしだなララ。ここは、えーーと、花火屋じゃなかった……えーーと」


「魔法研究所」覚えろよな。


「そうそれ! 研究所だ! 研究員が欲しいでしょ?」


 ララは目に涙を溜めた。


「お婆ちゃんのお世話をするだけで大変なんです!!」


 うーーむ。

 鬼気迫る感じだな。


「確かに人手は欲しかったですよ! でも王室に申請したら、100歳を超えるお婆ちゃんが来たんですから!!」


 凄まじい嫌がらせだな。

 そんな老婆を面倒みながらこの研究所を支えてきたわけか。


「僕はアリアス・ユーリィ。君とお婆ちゃんがここの研究員かい?」


「ええそうです。アリアスさん。せっかく来てくれて申し訳ないのですが、ここには設計士は必要ありません。どうか他の国に当たってください」


「設計士が必要ないだって? そんなバカな。君も設計士なら、その必要性を理解しているはずだ。魔法の設計は世界を変える」


「そ、それは……。だって……」


 ララは大粒の涙をポロポロと流した。


「だってだってだってぇえええええ!! がんばったって、成果を出したって、国は認めてくれないんだものぉおおお!!」


 なるほど。

 相当に辛い境遇だったのだな。


 彼女を少しでも楽にしてあげたい……。


 僕はチョークを取り出した。それを使って床に魔法陣を描いた。


「な、何をしているんです? そんな大きな魔法陣?」


「うん。少しな。みんな悪いが魔法陣から出てくれると助かる」


 お婆ちゃんは僕が椅子ごと移動させた。


 ララには、ある程度の見当がついているようだ。


「これって、もしかして構築の魔法ですか? それにしては大きすぎると思うのですが? こ、こんな魔法陣、見たことありません!」


 僕だけ使える古代魔法だからね。


「他の設計士は使ったことがないだろうな」


「だったら危険ですよ。そんな大きな魔法陣! 失敗したら大爆発です!!」


「は!? ちょっとそれ本当!? アリアス! 危険なことはやめなさいよね!!」


「安心しろ。余裕をもって設計するからな。それが設計士さ」


 僕の詠唱が始まると、魔法陣は淡い光を放った。



「リビルド!」



 研究所が光に包まれる。



ピカーーーーーーーー!!



「ぎゃあああ!! 爆発するぅうう!! お婆ちゃんは私が持つから、ララは1人で逃げなさい!!」


 

 カルナは老婆を抱きかかえて外に出た。


 振り返って研究所を見上げる。


「え……。嘘……」


 内装はまぁまぁだ。


 外観はどうだろうか?


「うむ。中々、立派じゃないか」


 そこには綺麗に改装された研究所が建っていた。


「こ、これって……。あんたがやったの?」


「まぁな」


「す、凄い……」


 ララはピカピカの柱を触った。


「さ、再構築の魔法……。こんなに大規模な魔法の設計ができるなんて……」


 古代魔法だからな。

 今の時代で使えるのは僕だけ。


「内装とか気に入ってくれたらいいが」


「と、とっても素敵です! ねぇ、お婆ちゃん!?」


「ああ……。綺麗になったねぇ……」


 ふむ。 

 喜んでくれて良かった。


「基本構造しかいじってないからな。家具はそのままにしておいたよ」


 お婆ちゃんは目を輝かせた。


「でも、この椅子は座り心地が良くなってるねぇ」


「それは目についたからね。魔法で再構築したんだ」


「いい男だねぇ〜〜」


 ララは目を瞬かせた。


「あなた……。一体何者なんですか?」


 ふっ……。

 そんな質問、無粋だな。





「僕は魔法の設計士。君と同じさ」


 



 彼女は空いた口が塞がらなかった。





 

 研究所には新しい台所が設置されていた。


 ララは上機嫌でお茶を入れる。


 みんなはテーブルに座って茶を飲んだ。


「さっきは……。その……。ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって」

 

「ああ。気にしてないよ。厄介になるのは僕なんだ」


「厄介だなんて……。あなたは、ボロ屋だった研究所をこんなに素敵にしてくれました」


「じゃあ、僕は採用でいいかな?」


「採用だなんておこがましいです! こちらから是非、お願いします!!」


 カルナはパチンと手を叩く。


「はい! んじゃあ丸く収まったわね。良かったわねアリアス。頑張りなさいよ」


「ああ。ありがとう」


「それじゃあ、私は仕事に戻るから、これで」


「いや、まだだ」


「え?」


「君とは長い付き合いになる」


「はぁ? 何言ってんの? ちょっと調子に乗り過ぎじゃない? あんたみたいな冴えない男と付き合う気なんてないんだけど?」


「私的な付き合いはしなくても結構だ。あくまでも仕事の付き合いでいい」


「えーー? なんで私が設計士と付き合わないといけないのよ? 私は騎士団長なのよ!」


「だからだよ。魔法の設計は国の防衛に役立つんだ」


「はぁ? 祭りの時に花火を打つだけでしょ?」


「それは公務の一環にすぎん。設計士の仕事は多岐に渡る。成果を出せばそれそうおうの資金をいただきたい」


「成果って言われてもねぇ」


 この研究所は貧乏すぎる。


 きっと真面な公務費用を貰えていないのだろう。


「ララ。ここの収入はどうしているんだ?」


「年に数回ある祭りの花火を設計しています。今はそれだけが収入源です」


「やはりな」


 その程度の額じゃ人も雇えまい。


 仕事量が少なければ王室も金を出さないだろう。


 ましてやお婆ちゃんの面倒をみるなんて、尚更、仕事ができなくなる。


「カルナ。この国の魔法の戦力はどんな状況なんだ?」


「どんな状況って言われてもねぇ……。訓練はみんな真面目だし、なんの問題もないわよ? 花火屋が兵力に口を出すなんてお門違いじゃない?」


 やれやれ、何もわかっていない。


「僕を訓練場に連れて行ってくれ」


「ええ? 何するつもりよ? 私、忙しいんだけど??」


「公務の一環だ。君にも関係がある」


「んもぉお。なんだか面倒くさいわねぇ」


 まずは設計士の知名度を上げる。


 そのためには騎士団長に認められなければならない。


 僕たちは訓練場に向かった。

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