第19話 魔弾

「キエェェェアァァァァァッ!!!」


 殺意を込めた咆哮と助走の勢いを乗せた大剣の一撃を以て、"暴勇"は自分が無視できない脅威であることを敵に印象付ける。

 新手の登場に際し、ゴブリンナイトがすかさず前に出て盾で受け止めるものの、"暴勇"の膂力に押し負け僅かに体勢が崩れる。

 "暴勇"はすかさず追い討ちをかけようとするも、2匹の魔狼の横槍に阻まれた。


「何だこいつら!? チッ、面倒臭ぇ……!」


 魔狼からの攻撃を捌きながら"暴勇"は違和感を覚えていた。過去、己が斬り捨てて来た魔獣たちとはどうにも勝手が違う。攻撃の正確性も然ることながら、明らかに今、魔狼が鎧を着たゴブリンを援護したかのように見えたのだ。これではまるで、ゴブリンを守っているような──


「ゴブリンテイマーです! 魔獣を従えてるのは、そいつです!」


 "暴勇"の疑念を取り払うかのように、"鬼謀"は狙うべき相手を──後ろに控えた狼上のゴブリンを指し示した。


「あの魔狼の上の奴がそうか! ……って、おい"鬼謀"の、お前その傷はどうした!?」

「なぁにこの程度、名誉の負傷というものですよ……!」


 心配は無用、と"鬼謀"は笑って応えるも、既に多量の失血で青い顔をしていた。


「っ……ご、ごめんなさい……! わたくしを庇ったせいで"鬼謀"殿が負傷を……! わ、わたくし……どう償って良いか……!」


 それを見た令嬢は己の不甲斐なさを悔いていた。

 "鬼謀"の腕だけではない。元を辿れば、全て己の未熟がこの事態を招いた訳なのだから。

 最早、死んで償うしか──


「──ハハッ! だったら尚更、生きて帰らねぇとだなァ!」


 だが"暴勇"は笑っていた。こんな絶望的な状況にも関わらずだ。


「"鬼謀"に借りが出来たんだろ? だったら生きて返せ! 後悔すんのは、やるだけやって死んでからでも遅くはねぇからなァ!」


 なんとも"暴勇"らしい、荒削りでシンプルな理論で叱咤される。──だが、それが不思議と心地好かった。

 全てを諦めかけた令嬢の心に、一条の光が射したように思えた。


「……ふふ、全く"暴勇"らしい。ですが、私も同意見です。後悔や懺悔など、後でいくらでも聞きますとも。先ずは目の前の敵を殲滅しましょう!」

「……はいっ! 必ず、生きて帰りますッ!!」


 令嬢の目に再び闘志が宿った!



「ウオオオオォォォァァァァッ!!!」


 まるで獣のような咆哮をあげながら"暴勇"は駆ける。2匹の魔狼の爪牙を掻い潜り、ゴブリンテイマーへと肉薄する。

 乗騎の魔狼ごと両断するべく振るわれた大上段は、それを察知したゴブリンナイトの盾に再び阻まれた。


「チィッ、またテメェか! ……うぉぉっ!?」



 ──だが、今回は先程とは勝手が違った。


 ゴブリンナイトは"暴勇"の剣をただ受けるのではなく、盾の上を滑らせではないか!

 偶然? 否、この戦いの中でゴブリンナイトが経験を積み成長したとでも言うのか。見よう見まねとはいえ、盾による受け流しをやってのけたのだ。


 ──如何な手練れの冒険者とて、一時の油断や不運ファンブルによってその命を軽々と散らすことになる。


 己の勢いを利用され体勢を崩された"暴勇"に、ゴブリンナイトの凶刃が迫る……!




「(不味ヤバい、避けられねぇ。死──)」






 ──その時である!



 ゴブリンナイトの横っ面に、白く巨大な塊が勢いよく衝突する!

 大質量の直撃を受けたゴブリンナイトは跳ね飛ばされ、巨体が地を転がった。


 間一髪で難を逃れた"暴勇"は視線を上げる。衝突で散らばった骨が再構築され、巨大な魔猪の骨格が目の前で組み上がった。



「やっと来たか……"白骸"の!」



「遅くなってすみません! 雑魚の掃討に手間取ってしまって……! それと、捕虜となっていた人達も無事保護できました!」


 多数の魔獣の骸骨を伴って"白骸"の勇者が駆け付けたのだ。

 村中に蔓延はびこっていた魔獣と小鬼どもは悉く殲滅され、最早敵に残された手勢は3匹の魔狼のみとなっていた。

 勇者たちの目に希望が灯った。


「でかした! へへっ、これで形勢逆転だな!」

「ええ、これならば……! "暴勇"殿は、テイマーの方をお願いします! わたくしは、あの騎士もどきをやりますわ!」


 令嬢は得物を愛用の宝剣に切り替え構えた。

 一騎討ちであれば、令嬢の得意分野であった。


「おう、任せたぜ嬢ちゃん! 思う存分ぶち殺してやれ! "鬼謀"の、お前また無茶しやがって……だが、よく耐えた! 後は俺たちに任せて物陰にでも隠れて休んでな!」

「ええ、遠慮無くそうさせていただきます。正直、割りと限界でしてね……すみません皆様、御武運を……!」

「おうよ! "白骸"は俺について来い! 吶喊するぞ、合わせろよォ!!」

「はいっ! 援護します!」


 骨の魔獣と人の姿をした暴力が、目の前の獲物に狙いを定める。

 最早、狩る側と狩られる側の立場は逆転していた!


「チェェェストオオオォォォォオォォオオッッ!!!」


 "暴勇"の鬨の声で火蓋が切られた。

 テイマーが率いているとはいえ、これだけの戦力差の前では多勢に無勢。数の暴力の前に、魔狼は連携を発揮できぬまま1匹、また1匹と"暴勇"に首を落とされていった。


 一瞬で不利を悟ったゴブリンテイマーは踵を返し、森へと逃げ去ろうとする。流石は魔狼の脚力と言うべきか、既に"暴勇"が走って追い付けるような距離ではなかった。



((のろまな人間どもめ。魔狼イヌってのはこう使うんだ。お前らの脚では追い付けまい!))


 森に逃げ込んだゴブリンテイマーは内心ほくそ笑んだ。ここまで逃げれば、奴らも諦め──




「──逃げられると思ったんですか?」




 ゴブリンテイマーの背中に痛みが走る。矢か何かが刺さったようだ。


((グッ、おのれ小癪な人間め! だが、傷は浅い。この程度で俺は死なな──))




 突如、狼上のゴブリンが内側から爆ぜた。



 己の体内から無数の骨の槍が次々と突き出し、胸に掛けた護符タリスマンをも貫いた。

 自分の死因を理解せぬまま、金髪のゴブリンは肉片となって果てた。




「……お、おい、"白骸"の。何だよ、今のは……?」


 "暴勇"は恐る恐る目の前の少女を見る。

 "白骸"が人差し指を向け、何かを飛ばしたかと思えば、木の間を縫うように奇妙な軌道を画いて着弾した瞬間、狼上のゴブリンが破裂したのだ。


「……魔弾ガンドです。大量の骨を親指大にまで圧縮して、着弾と同時に開放したんです。呪いと霊魂による自動追尾ホーミングで、当たるとあんな感じで刃状に形成される骨が相手を内側から破砕します。……燃費の改善が、今後の課題ですかね……」


 鼻血を垂らし魔力欠乏になりながら、さらっととんでもないことを宣う"白骸"。アレが魔弾ガンドだと? お前のようながあってたまるか。しかもその口振りから察するに、将来的にはこんなものを連発するつもりらしい。


「お前ェ……えげつねぇことするな……」


 こいつ本当は堕落してるんじゃないのか? "暴勇"は訝しんだ。

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