第18話 落胤

 現れたのは装飾の施された板金鎧プレートメイルを纏った金髪の屈強なゴブリンであった。


「そ……その鎧は……っ!?」


 令嬢勇者が驚くのも無理はない。目の前の大柄なゴブリンが着ている鎧は、かつて己の率いた一党の騎士が着ていた板金鎧であったからだ。

 さらに、その手には腕の立つ冒険者から奪ったのであろう見事な直剣と盾が握られており、醜いゴブリンでありながら騎士のような高貴さを醸し出していた。──差し詰めゴブリンナイトと言ったところか。


 鎧を纏ったゴブリンの後ろからさらにもう1体、同じく金髪のゴブリンが3匹の魔狼を伴って現れる。此方の個体は体格こそ一般的なゴブリンより一回り大きい程度だが、その身に獣の毛皮や骨の装飾を纏っており、胸に掛けた護符タリスマンからは怪しげな気配を漂わせていた。


 恵まれた装備や佇まいから察するに、彼らがこの群れを纏める上位種と見て間違いないだろう。

 2体の上位種と魔狼たちは、運良くこの毒の煙を吸わずに済んだのか、或いは耐性を持ち合わせているのか、いずれにせよ他のゴブリンや魔獣のように幻覚にかかっている様子は見られない。

 大柄なゴブリンナイトは煙の発生源を見付けると、その大きな足で踏みつけて消火してしまった。



「っ……不味いことになりました。一先ず奴らは無視して、急いで"暴勇"らと合流しますよ、令嬢殿。……令嬢殿?」



 "鬼謀"が指示を出すも、令嬢勇者は固まったまま動けずにいた。


 恐怖に竦んだ訳でもなければ、拘束の魔術を受けた訳でもなかった。



 ただ、令嬢はのだ。





 この2体の上位種がいずれも金髪──




 思考が、理性が、を導き出すことを必死で阻んだ。認めたくない。知りたくない。何かの間違いであって欲しい。

 ……しかし、ゴブリンナイトが纏う鎧のことも合わさり、パズルのピースが噛み合うように残酷な答えが導き出される。





「ぁ、あぁ……嘘、そんな……ぉ、お前は……は……まさか、わたくしの……っ!?」






 





 一度その事実に気付いてしまったら、もう手遅れであった。思わず口から溢れた現実が引き金となり、様々な感情や思考、罪悪感が津波のように頭に押し寄せ、時間の流れを鈍らせる。

 鼓動の音が喧騒を掻き消し、何も耳に入って来ない。


 

「ぁ……あぁっ……!」


 ゴブリンナイトが剣を振りかぶる。

 避けなくては。しかし、身体が動かない。

 死が、ゆっくり迫り来る──




「──危ないッ!」




 令嬢の身体に横から衝撃が加わり弾き飛ばされる。

 "鬼謀"に突き飛ばされたお陰で令嬢は間一髪難を逃れた。


「"鬼謀"殿……っ!? ……ぁ、ああ、そんな……わたくしの為に……!?」


 衝撃により正気を取り戻した令嬢は"鬼謀"へと向き直り、目を見開く。


 "鬼謀"の腕から真っ赤な血がドクドクと滴っていた。どうやら令嬢を庇った際に避けきれず、刃が掠めたらしい。傷は骨にまで達しており、太い血管を断ったのか鮮血が止めどなく流れ出していた。──これでは自慢の弓も使えない。


「っ……正気に戻ったなら結構。先ずはこの場を切り抜けることを最優先に考えてください。いいですね?」

「っ……は、はい!」


 気を持ち直した令嬢は改めて武器を構える。

 ──この上位種たちは、何としてでも自らの手でカタを付けなくてはならない。今はその使命感だけが、かろうじて彼女を奮い立たせていた。


 小柄なゴブリンが魔狼に飛び乗り、令嬢勇者へと襲い掛かる。

 事前に"暴勇"から魔獣との立ち回り方を教わっていたお陰で多少は凌げていたものの、令嬢は3匹と1体の連携を前に攻撃に転じられず攻めあぐねていた。魔狼に乗ったゴブリンが、まるで騎兵のように曲刀サーベルを振り回し、獣特有の直線的な攻撃の隙を補っていたのだ。さらに魔狼同士が連携し、一撃離脱の波状攻撃を繰り返すことで退路を塞ぎながら令嬢の体力を着実に削いでいた。──多数の魔獣を手足の如く扱うその技量、ゴブリンテイマーと呼ぶべきか。


「だったら……!」


 令嬢は突進してくるゴブリンテイマーに合わせて得物を小槍スピアと盾に持ち換えると、盾を構えてゴブリンテイマーを迎え撃った。盾の上を鋭い爪が滑る。ゴブリンテイマーの振るう曲刀が迫り来る。が、令嬢の鋭い槍の一撃が先に届き、ゴブリンテイマーは馬上ならぬ狼上から突き落とされた。


 令嬢は地面を這いつくばるテイマーに止めを刺すべく接近を試みるも、間髪入れずゴブリンナイトが割って入り、そうこうしている間に再びテイマーの魔狼への騎乗を許してしまった。


「くっ……やはり1人では、限界が……!」


 1人で上位種2体と魔獣の相手をするなど一筋縄どころの話ではない。令嬢は体力の消耗に伴い、次第に攻撃が捌ききれなくなってきた。


 手負いとなった"鬼謀"は、投擲などで多少の支援はできるものの、殆ど戦力には数えられない。腕には手持ちで一番良い回復の水薬ポーションを振り掛けたものの、即座に動かせる程度に回復する訳ではない。


 最早、万事休すか……令嬢の顔に絶望の陰りが見え始めていた。



「ええ……ですが、悪い話ばかりでもありませんよ。我らが最大戦力の参戦です」



 "鬼謀"が村の中心を見据え口角を上げる。

 大型の魔猪を両断したばかりの"暴勇"が、凶悪な笑みを浮かべながら此方へと向かって来ていた。



「待たせたなァ! 真打ち登場だぜェ!」

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