第15話 魔獣
──翌日。
辺境の街から東側に位置する小村に同盟一行は向かっていた。
"鬼謀"曰く、このところ東部で魔獣の出没が多くなり近隣に被害が出ているらしく、実地調査も兼ねた狩猟依頼を受けて来たようだ。それも指名依頼であった。
「私たち、何度も指名依頼が来る程度にはギルドに貢献してますけど……この頃何だか体よく面倒事を押し付けられてませんか?」
"白骸"が眉をひそめる。
指名依頼はありがたいものの、如何せん調査依頼ばかりなのだ。それだけ受け手が少ないか、或いは好き好んで調査なんてするのは自分たちくらいなものか……いずれにせよ複雑な気持ちになる"白骸"であった。
「なぁに、調査報告の正確性と依頼の達成率でお墨付きを貰ってるようなものです。これもまた、適材適所という奴ですよ」
「まぁ、そうかも知れませんけど……」
「いいじゃねぇか、魔獣なら腕試しに丁度いいしな。それに魔獣の素材は高く売れる。強ェ奴と戦えてしかも金になる。文句の付けようがねぇぜ!」
何とも戦好きの"暴勇"らしい意見であった。
とはいえ実際、魔獣の素材は一般的な獣の素材と比べて高値で取引されているため、実入りは悪くない。強靭な皮や骨は主に防具に、硬くて鋭い角や爪牙などは武器や装飾品に、内臓は魔法の触媒や薬などに加工されるのだ。
さらに、一部の魔獣は肉も食用として需要があり、市場に出回ることがある。尤も、こちらはあまり日保ちしないので大半が現地で消費されてしまい、一部が干し肉などに加工され珍味として流通しているに過ぎない。新鮮な魔獣肉──これを味わえるのは、冒険者の特権というものだ。
ここまで魔獣の素材の有用性を説いたが、有用性がある分、楽に勝てる相手ではない。魔獣とは、単に凶暴化した獣という訳ではないのだ。
混沌の瘴気に晒され変異したその姿、その膂力、その知能は、我々の知る獣の粋を逸脱している。魔獣を普通の獣と同列に扱い、返り討ちにされる冒険者が後を断たないのだ。
有名なところでは魔猪などその最たるものだろう。瘴気に侵された猪が変容したこの魔獣は、黒く染まった硬い毛皮を纏い、巨大な牙を備えた突進は英雄すらも屠り、歳を経た大魔猪に至っては存在そのものが災害に匹敵することもある。……尤も、大概はそうなる前に発見され駆除されるのだが。
ともかく、脅威であることには変わりない。油断は禁物ということだ。
「お、早速おいでなすった!」
感覚の鋭い"暴勇"が敵の接近に気付く。
現れたのは数匹の狼の群れと、それを率いる黒く凶暴な個体、魔狼であった。
魔狼が吼え、襲撃が開始される。
「オオオオオオォォオォォォォオォオッ!!!」
大剣を構えた"暴勇"が、負けじと殺意を込めた咆哮を上げながら吶喊する。狼が1つ、また1つと首になる。
されど狼とてやられっぱなしではない。魔狼の合図で"暴勇"を取り囲むと、一匹が背後から襲い掛かる。
「しゃらくせぇ!」
が、それを察知した"暴勇"は紙一重で躱すと手斧で狼の脚を叩き斬る。
囲まれながらもまるで苦にならないかのように次々と各個撃破していく。あっという間に、残るは魔狼のみとなった。
ジリジリと間合いを図る両者。先に動いたのは魔狼であった。飛び掛かる魔狼を"暴勇"はヒラリと躱すと、大剣を下から斬り上げるように振り上げ魔狼の首を跳ねた。
「一丁上がりだ」
魔狼の身体が倒れ込む。"暴勇"一人で魔狼とその群れを完封してしまった。
「す、凄い……」
「狼とか四足の獣を相手する時はな、間合いを詰めてやればいい。奴らは懐に入られると人間みたいに下がることが出来ねぇからな。初手で相手の戦意を挫いてやるのも有効だ」
なるほど、あの吶喊にも意味があるのか。令嬢勇者は感心して聞き入っていた。
「それから、獣の攻撃ってのは大概直線的だ。牙だの突進だのは特にそうだな。直線を意識して立ち回れば被弾は避けられる。俺みたいに上手く躱せるようなれれば完璧よ。今回は俺が手本を見せたが、次は嬢ちゃんにもやってもらうぞ」
「わかりました、やってみますわ」
令嬢勇者への説明もそこそこに一行は魔狼の皮を剥ぎにかかる。"暴勇"が一撃で仕留めたため皮に傷が少なく、大きさも質も見事なものであった。残るは肉と骨だが、残念ながら肉は食用に適さないため捨て置くことに。骨は"白骸"が死霊魔術で使役し連れていくことにした。自力で歩いてくれる戦利品というのは、実際有り難かった。
「(ふむ、それにしてもこんな街道沿いにまで出てくるとは……何やら不穏な気配がしますね……)」
そんな"鬼謀"の予感は直ぐに的中することになる。
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