第14話 魔剣と魔鎧と

「薄々そんな気はしてましたが、やはり魔剣でしたか……」


 "鬼謀"はしげしげと"暴勇"の剣を観察する。

 禍々しい黒い刀身には、渇いた血と見紛うようなドス黒い刃文が薄っすら揺らめいていた。──何度見ても、勇者の持ち物とは思えない不気味さであった。

 こういった曰く付きの品は、得てして強力な力をもたらす代わりに代償を要求するものと相場が決まってるが──


「持ってて気分悪くなったりはしないんですか?」

「いや全く、この通りピンピンしてるぜ。ただまぁ、魔法耐性かぁ……そりゃ付与魔法が効かねぇ訳だぜ」


 "暴勇"はかつて共に戦場を駆けた付与魔法使いを思い出していた。彼の付与魔法が効かず、戦闘に難儀していた時期もあったが、まさか自分の魔法耐性が原因とは思いもよらなかった。


「……なるほど、道理で首輪が畏れる訳ですわ。何せ天敵なんですもの」


 魔法耐性持ちにとって魔力障壁などあって無いようなもの。魔力で編まれた令嬢の鎧や剣も、"暴勇"の持つ魔剣で斬られればたちまち霧散させられてしまうことだろう。


「ふむ……思わぬ弱点が露見しましたが、そこは適材適所。苦手な相手には他の者が対処すれば良いだけのこと。寧ろ土壇場でこの弱点が発覚するよりは遥かにマシと考えるべきかと」

「そうしますわ。……それにしても、今日一日でこの鎧のことが理解出来た気がしますわ」


 己の力への理解は自信に直結する。先程よりも良い顔をするようになった令嬢勇者を、"鬼謀"は満足げに眺める。


「はは、それは重畳。得手不得手や特性を理解すれば、対処や応用は幾らでも利きますからね。特異な能力を理解しないまま使い続けるのは、能力の真価を見出だせず活用の幅を狭めるだけでなく、思わぬ危険が潜んでいるかも知れません。……"暴勇"が良い反面教師になってくれましたね」


「チッ……それを言われちゃ返す言葉が無ぇわな……。それと、日頃の鍛練も怠らねぇようにしねぇとだな。折角得た力だ、伸び代があるのに伸ばさねぇのは、そりゃってことだ。……そいつぁ、一生後悔することになるからな」


「いやはや、全くもってその通り……"暴勇"の、貴方やはり頭が良いのでは?」

「買い被り過ぎだ。俺はただの戦馬鹿なだけよ」


 謙遜しつつも満更でもないようで"暴勇"は頬を掻いた。


「ははは、それにしても魔剣に魔鎧に死霊魔術ネクロマンシーとは。端から見たらヤバい連中の集まりですよ、これ」

「「「いや、お前が言うな」」」


 楽しそうに笑う"鬼謀"の勇者思考がヤバい奴に鋭くツッコミを入れる3人。これには思わず全員笑ってしまった。



 ──日も暮れかけた頃、一行は鍛練を切り上げ街へ戻る。

 約束通り"鬼謀"は夕食後にデザートを振る舞い、令嬢は大層上機嫌で眠りに就いた。



 ──その夜、令嬢は夢を見た。

 絵物語の勇者に憧れた幼き日の自分と、今は亡き祖父の姿。

 夢を語る少女に祖父が見てくれた伝来の宝剣……思えば、あれが愛剣との初めての出会いであった。


 そして迎える15歳の誕生日。勇者の天啓を得たことで旅立ちを望み、反対する父上と大喧嘩したのは苦い思い出だ。……母上の説得で渋々折れたものの、結局父上とは面と向かって和解せぬまま飛び出してしまったのが悔やまれる。


「こんなことになるなら──」

「なんだ、帰りたくなったか?」


 背後から声がする。咄嗟に振り向くと見知らぬ青年が立っていた。否、よく見れば面影に見覚えがある。


「貴方は……あの時の……!」


 そう、魔鎧を手に入れた日に出会った少年の面影がそこにあった。声もよく聞けば、頭の中に響いたあの声そのものだ。


「……そうですわね、帰りたくないと言えば嘘になりますわ」

「だったら──」

「けれど、わたくしにはやるべきことがありますの。──残念ですけど、この程度の誘惑には屈しませんわ」


 青年の言葉を遮り、令嬢は決意の籠った眼差しで言い放つ。青年はニタリと笑った。


「ヘッ……そうかい。でも良いんだぜ? 諦めてくれてもよ。その方が、俺も自由になれて助かるんだが……」

「お生憎様、諦めが悪いのがわたくしでしてよ」

「ああ、そうかよ。なら精々足掻くといいさ」


 青年はそのまま踵を返して去ろうとする。


「待って、これだけは言わせてくださいな。──助けていただき、本当にありがとうございます」


 令嬢は青年に向き合うと深々と頭を下げた。


「……礼はいらねぇよ、仕事だからな」

「貴方のことは何と呼べば?」

「悪いが、契約者以外に真名は明かせねぇ。俺のことは好きに呼べばいいさ」

「そう……では好きに呼ばせていただくわ。"鎧"の悪魔さん?」


 図星を突かれたのか青年はバツの悪そうな顔をする。


「チッ……お見通しって訳か。まぁいいさ。その力は、俺の歴代契約者から引き抜いた技術ものだ。あんたが心折れて諦めるまで、貸しといてやる。上手く使えるかはあんた次第だがな。後は、あんたの自由にやりな。それが契約者の願いだからな……」



 "鎧"の悪魔はそれだけ言うと黒い靄のようになって霧散してしまった。



 ──目が覚める。まだ日も昇らない時間であった。


「あ……残念、もう少しお話したかったんですけど。ふふっ……今度会う時は、お友達になれれば良いのですけど」


 そんなことを考えながら、令嬢は夢の続きを見るべく瞼を閉じた。

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