第10話 戦乙女

 ──翌日。

 予定通り午前中に日用品の買い出しを済ませた一行は街外れの林に来ていた。

 ここはかつて"暴勇"とその一番弟子である獣人の少女勇者、"緋月"が修行に使っていた場所だ。その後も、剣の修行や魔法の実験の際に度々利用しており、いつの間にやら同盟の隠れた修練所と化していた。


「遠慮は要らねぇ、何処からでもかかって来な」


 馴染みの武具店の店主に用意させた刃引きの剣の感覚を確かめながら"暴勇"は令嬢勇者へと向き直る。


「……行きます。はあぁぁっ!」


 対する令嬢は愛用の宝剣を両手で構え斬りかかる。傍目から見ても美しい剣筋に誰もが感嘆の声を漏らした。


 事前に遠慮は無用と言われてるだけのことはあり、令嬢は容赦なく首や関節などの急所を狙っていた。しかし、その悉くが"暴勇"に届くことは無く紙一重で躱されるか、いなされていた。


「……なるほど、大体理解した。……ゥラァッ!」


 大振りの一撃で令嬢を弾き飛ばし距離を取る"暴勇"。


「嬢ちゃん、お前さんの剣は騎士仕込みだな?」

「……流石ですわね、数合打ち合っただけでそこまでわかるものとは」

「首や関節などの甲冑の隙間を狙う、対人に特化した剣筋だ。腕も悪かねぇ。王都の剣術大会にでも出りゃ、上位にだって食い込めるだろうよ」


 だがな、と"暴勇"は付け加える。


「そりゃあくまでもでの話だ。……要するに魔物バケモノ相手じゃ同じようにはいかねぇ。それにお前さんの場合、自分より上背のある相手と一対一タイマン張るならそこそこやれるだろうが、小兵との多対一はまだ不慣れと見た。こっちは単純に経験不足だろうがな」

「……仰る通りですわ」


 令嬢は苦い顔をする。実際、古城での戦いでは多数の小柄なゴブリンに囲まれ自慢の剣術を発揮しきれなかった。


「それと、腕の立つ相手に対しちゃこういう剣術ってのは逆に足枷になる。極端な例えだが、お前さんに剣を教えた師に同じ剣術で挑むとしよう。どうだ、勝てると思うか?」

「それ、は……相手はわたくしの技や癖、全てを知り尽くしている訳ですから……わたくし自身が相手の力量を上回らなければ、難しいでしょうね……」


「よくわかってるじゃねぇか。手の内が割れてるということは、そういうことだ。だが、何度も言うように腕は悪くねぇ。要は

「出来ることを、増やす……?」


 首を傾げる令嬢に、横から眺めていた"鬼謀"が質問を投げ掛ける。


「直剣の腕前は、よくわかりました。ところで、他の武器もしくは魔術の心得はありますかな? 使える技術は積極的に取り入れて行くのが良いかと」

「使える技術……そうですわね、魔術に関しては素人ですが……他の武器でしたら、槍と盾も少々嗜んでおりますわ」


 令嬢はそう言うと目を瞑り魔力を手に流す。右手に持った剣が姿を変え、刀身は短く鋭く、逆に柄は伸び、宝剣の意匠を残した見事な小槍スピアと化した。さらに、令嬢の左腕には鎧と同様の意匠が施された金属製の円盾が現れたではないか。

 まるで神話に登場する戦乙女を彷彿とさせる姿に思わず見惚れる一同。


「おお、これはなんと……素晴らしい!」

「ほう、面白ェじゃねぇか! よぉし、そっちの腕前も見てやる。かかって来な!」


 "暴勇"は再び剣を構えた。

 令嬢はそれに頷き応えると、盾を構えてジリジリと間合いを図る。間合いに入ろうとした"暴勇"に鋭い突きを3連続で見舞った。紙一重で突きを躱した"暴勇"からの反撃が迫る。あれをまともに受けては身体が持たぬ。令嬢は迫り来る剛剣を円盾で受け流すと、再び間合いを取った。


「はっ! やっ! せぇいっ!」


 今度は槍のリーチを生かし、突きだけでなく横薙ぎの払いを織り込む。


「悪かねぇな……だが単調過ぎる!」


 "鬼謀"は突き出された槍を剣で弾き飛ばした。宝槍が宙を舞う。返す刃で盾の守りもたちまち崩されてしまった。

 やられる……、そう思った令嬢は目を瞑った──


「諦めんなッ!!」


 "暴勇"に檄を飛ばされハッとした令嬢は、咄嗟に得物を生成すると"暴勇"の懐に飛び込み斬り抜けた。


「……んだよ、やりゃあ出来るじゃねぇか」


 不敵に笑う"暴勇"の鎧に、真新しい切り傷が刻まれていた。


「……素晴らしい。やはり私の見立ては正しかった」



「はっ、はぁっ……わたくしは何を……これは、一体……?」


 息を切らす令嬢の手には、が握られていた。

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