第18話 我が宿願の為に

 勇者たちは警戒しながら森へと歩を進める。

 獣人勇者が先行し、持ち前の鼻と野伏力で瘴気の発生源の方角を探った。


「……おかしい。静か過ぎる……森の獣がいないぞ」


 途中、獣人勇者が違和感を口にする。


「この瘴気で逃げ出した、とか……?」

「だとしてもこれは不自然だ。強い瘴気は獣を狂わせる。魔猿や魔猪などが出てもおかしくはない。けどこれは……」


 "白骸"も魔術で探りを入れると、さらに厄介なことが判明する。


「……駄目です、付近に屍体もありません。……こんなの異常です」


 死霊術師によって既にアンデッドにされたか、はたまた持ち去られたのか、蘇生できる屍体が周囲に無かったのだ。──これでは"白骸"の魔法が機能しない。

 "白骸"は申し訳無さそうに頭を下げる。

 現状、肩に乗せた骨鼠くらいしか戦力になるものが無いのだ。


「お役に立てずすみません、皆さん……」

「謝らないでください"白骸"の。……こんな状況をも想定出来なかった、私の落ち度です」

「なぁに、俺たちが戦って倒した奴を"白骸"の嬢ちゃんが片っ端から骨にして行けばいいさ」

「任せろ、私と師匠で片っ端から薙ぎ倒してやる」


 "鬼謀"の優しさと"暴勇"師弟のフォローが頼もしかった。

 気持ちを引き締め直した勇者たちは、再び森の奥へと突き進む。

 しかし、勇者たちの警戒を嘲笑うかのように道中邪魔は一切入らなかった。

 不気味な静けさと次第に濃くなる瘴気が冒険の終わりを雄弁に物語っていた。



「……なんだぁ、こりゃあ……?」


 開けた場所に出た一行の目に飛び込んで来たのは、大量の瘴気を止めどなく吐き出すドス黒い色をした沼と、それを囲むように横たわる巨大な竜の亡骸であった。


「あれは……!?」


 沼の畔に立つ黒いローブを羽織った男の姿が見えた。

 男は呪文を詠唱しながら沼から湧き出る瘴気を一身に吸い込こんでいるようだ。

 勇者たちの存在に気付いた男は、詠唱を止めこちらへと向き直る。胸元に鴉の意匠の装飾が煌めいていた。


「……何奴」


 深淵の如く濁った暗い眼でこちらを見据える。


「テメェが動屍体騒ぎの元凶だな?」

「……そうでもあるし、違うとも言える。だが、死に逝くものに多くは語るまい。……我には些か時間が無いのだ」


 男が手を振るうと、森の奥から何かがこちらへ向かって来た。



 大鹿の角、虎の頭、大猿の腕、大鷲の翼、蝙蝠の羽根、熊の脚、大蛇の尾……まるで無数の獣を継ぎ接ぎにしたかのような名状しがたき異形の怪物が姿を現した。


「ま、まさか、キマイラ……!?」

「いえ、これは……獣の身体の部位を継ぎ接ぎにした……動屍体です!」

「さしずめキマイラゾンビってところか……!」


 "鬼謀"の指摘は正しい。よく見ると各部位は歪に継ぎ合わされ、朽ちかけ腐乱している。

 さらに"白骸"は、動屍体の朽ちた部分を穴埋めするかのように、人間や小動物などの身体の部品が取り込まれていることに気が付いた。

 あまりに冒涜的で悍ましい所業に"白骸"は吐き気を催した。


「まさか……森の獣が居なかったのは、この為に……!?」


「こんなっ……こんなことの為に森の獣たちを殺したとでも言うのか!?」

 獣人勇者が怒りを露にする。


「掛かる火の粉を払ったまでのこと……下等な獣ごときが、我が宿願の礎になれるなら本望であろう?」

「貴様ぁ!! ……がぁっ!?」


 獣人勇者は男に斬りかかる。が、キマイラが大蛇の尻尾を振るい弾き飛ばした。


「全ては我が願望、我が宿願の為に……死ぬがよい、冒険者ども」

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