第5話 アンタなんか勇者じゃない!

 幼い頃の少女は引っ込み思案で友達が少なく、人並み程度の付き合いこそすれど、独りで本を読むのが好きな子供だった。

 8歳の時、旅の老魔術師から路銀代わりに古びた本を貰うと、なんとその後数年をかけて独学で読み解いてしまった。

 最後のページを読み終えた瞬間、少女の中で魔術の灯が点ると、魔導書は役目を終えたかのように燃え尽きた。

 ──今や本の中身は全て彼女の中にあった。12歳の頃の出来事だった。


 15歳の成人の儀で女神より天啓を授かった。

 『勇者』の適性──それは少女の手に余る代物であった。


 村の大人たちは大層喜び、あっという間に少女は祭り上げられた。我が村から勇者が出た! 辺境の田舎では、それだけで村中がお祭り騒ぎであった。

 大人たちの態度の劇的な変化に、少女は気持ち悪さを覚えた。同年代の子たちからの嫉妬の目が辛かった。

 居心地の悪さを覚えた少女は旅支度を済ますと、そそくさと街へと向かった。少なくとも元の村よりは居心地が良いことを願って。


 辺境の街へ着いてから少女は目が回ってばかりであった。

 石造りの堅牢な門をくぐると多くの人で賑わう街並みがそこにあった。武器防具の工房や、各種水薬ポーションを扱う専門店、魔術の触媒を扱う怪しげな店舗や、多種多様な料理の出店の数々など、田舎から出てきたばかりの少女にとって目に見えるもの全てが珍しく、心休まる暇がなかった。


 冒険者ギルドで登録を行い、最低限の講習を受けた後、参加者同士で即席の一党パーティーを組まされ簡単な初級依頼クエスト──ゴブリン討伐へと向かった。


 その際、自分と同じくらいの歳の少年少女との交流……と言うよりほぼ一方的な質問責めに合い、少女勇者は面食らってしまう。


 活発な少年剣士と、気の強い少女魔術師。2人の駆け出し冒険者は実際頼もしく、少女勇者が魔術を使うこともなく依頼はトントン拍子で進んだ。

 依頼も終盤に差し掛かり、そろそろ帰還を考えていた矢先に事件は起こった。


「ギェァァァーーーーーーッ!!!」


 1匹のゴブリンが悲鳴を上げた。

 誰かが仕留め損なったか、はたまた生き残りを見逃してしまったが故か、理由は今となってははっきりしない。

 だが、明確にわかることもある。悲鳴に釣られて大量のゴブリンが押し寄せて来たのだ。


 迫り来るゴブリンの群れに対し、このままでは逃げ切れないことを悟った駆け出したちは、ここで迎撃することを選択した。


 初めこそ善戦していたものの、連戦による消耗と次第に増す数の暴力を相手に3人は徐々に不利な状況を強いられる。

 剣と盾を上手く扱い果敢に前衛を張っていた少年剣士は背後から棍棒で叩き伏せられ、魔術師の少女は強力な火炎魔術を何度も放つが魔力が枯渇したところをゴブリンに群がられ組み伏せられてしまう。


 絶体絶命の状況に際し、少女勇者は意を決して魔術を行使した。覚えてから使う機会に恵まれなかった、死霊あの魔術を。

 少女の手から魔力マナが迸り、ゴブリンの屍体から肉が剥がれ落ち、ひとりでに骨格が立ち上がり戦列を成したのだ。


 そこから先は形勢逆転、数の暴力を数の暴力で押し返し始めた。途中で少年剣士も立って戦列に加わり、遂にはゴブリンの群れを殲滅した。

 少女勇者は安堵の表情で魔術師の方へ振り返る。


「ヒッ……! 化け物……!」


 恐怖を張り付けた表情がそこにはあった。


 まだ生き残りがいたのかと思い、少女勇者は周囲を警戒する。しかし、あるのは動く小鬼の骸骨のみ。


「あ、アンタ……彼に何をしたの……!?」


 魔術師の少女の震えた声に少女勇者は首を傾げた。


「何って、回復魔法を使っただけですけど……一体、何を言って……?」



「……ね゛ぇ、オデ、どうなっで……?」



 全身に刃物が刺さり首があり得ない方向へ曲がった少年剣士が歩み寄って来た。




 ──そこから先は散々であった。

 何とか街へたどり着き、剣士と魔法使いの2人は即座に治療院に担ぎ込まれた。少年剣士は見た目こそ酷い有り様であったが、幸い一命は取り留めていた。一方、魔術師の少女は軽症であったものの、相当なトラウマを負ったようで──




「アンタなんか……勇者じゃない!!」




──悲痛な叫びが、今でも少女勇者の耳に木霊する。





【Tips.】魔術について

 この世界では望めば誰でも魔術を学び習得することが出来る。

 生活に役立つ初歩的な魔術はともかく、戦う為の本格的な魔術を学ぶのであれば、魔術学院への入学や魔術師個人への弟子入り、あるいは高価な魔導書の写本を読み解くなどの手段が一般的である。


 だが、高名な魔術師はしばしば才ある者に己の魔術体系の全てを記した魔導書を託し、次代へと繋ぐことがある。

 尤も、こうした一点物の魔導書の多くは非常に難解で、読み解くことそのものが困難を極めるのだが……才を持つ物であれば、努力は惜しまないだろう。それこそ、生涯を掛けてでも。

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