おじゃったもんせ、かごしま

週末、九州新幹線さくらで鹿児島へ向かった。

数年ぶりの帰郷。きっかけは、しばらく会えていなかった祖父が、私の知らないうちに手術を受けていたことを親戚から聞かされたことだ。


前日は飛行機で博多入りして、友人としこたま酒を呑んだため、久しぶりの新幹線も終着駅まで下車予定がないのをいいことに爆睡してしまった。


九州新幹線はトンネルが多くインターネット通信も不安定と知っていたので、それで何も後悔はなかった。

ただ子供の頃に乗った特別列車「つばめ」のローカルな雰囲気が好きだったことを思い出し、時間を優先せざるを得ない会社員であることを、少し寂しくも思った。


帰郷といっても、私が住んでいたのは3年間だけ。仕事の関係で転校を繰り返していた私を心配した母が、祖父のいる鹿児島県内という条件で、寮がある高校を探してくれた結果である。



終点、鹿児島中央駅に着いた瞬間、独特の訛りが耳に入ってくる。

色々な地方の方言を使いこなしていた私も、鹿児島弁だけは馴染むのに時間がかかったことが懐かしい。


鹿児島の方言はイントネーションから不思議で、街を歩きながら「今日は外国人観光客が多いなあ」なんて思っていても、「よくよく聞いてみれば日本語だった」なんてことはザラ。


住み始めた頃に最も苦労したのは、慣れない勉強でも、寮生活でもなく、先生方や友人の話を聞き取ることだったのだから、相当である。


そんなストレス故かもしれないが、そこにいるだけで、急にものすごく田舎の人になったような気がして「ここは世界が狭い」とか失礼なことも思っていた気がする。

(恐れずいうと、本当に、the田舎であることは事実だ)


それでも高校卒業の頃には、鹿児島自体が大好きになっていたし、県外で出会った鹿児島弁使いに親しみを覚えて話しかけるくらいには、その環境に馴染んでいた。


だから私は、駅に降り立っただけで「ああ、帰ってきたのだな」と思える、あの空間が好きだ。


コンビニ定員も、タクシー運転手も、居酒屋のおっちゃんも。

皆が知り合いみたい、友達みたい、家族みたい。


旅の目的だった祖父の健康状態も心配するほどではなく、幸いにも大好きな場所に帰る理由はまだ残っている。


そんな空間がいつもそこにあることが、15歳で親元を離れた私への一番のプレゼントかもしれない。


鴨の羽

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